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地王伝:第一部外伝  作者: 蓮葉橋架
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外伝第十七話:狂宴の至聖所、神魔の終焉

外伝第十七話:狂宴の至聖所、神魔の終焉


元老院議事堂の最深部、通常であれば最高位の聖職者しか立ち入ることを許されない神聖なる間「至聖所」。

白木蓮の彫刻が施された高い天井と、黄金の燭台が並ぶその厳かな空間は、今や醜い恐怖と狂気で満たされていた。

「ひぃ……、何故だ、何故聖騎士団は来ない……! 兵どもは何をしている!」

議長コンスタンティンは、かつての威厳を完全に失い、脂汗で顔を恐怖に歪ませながら、部屋の隅でガタガタと震えていた。

その背後には、退路を断たれ、互いの顔色を窺いながら狼狽する数十人の元老院議員たちがひしめき合っている。

コンスタンティンは、背後に縛り付けたアンクール女王レイミアをチラりと盗み見た。

最悪の事態になれば、この女を人質にして暴徒どもと交渉し、この都を脱出する――それしか彼の頭には残されていなかった。

だが、彼らは気づいていなかった。

恐怖に駆られた老人たちが放つ、どす黒い「自己保身の執着」が、至聖所の中に濃密な精神の毒気となって充満していくのを。そしてその狂気は、見えない蜘蛛の糸のように、すべてレイミアの妖艶な肉体へと吸い込まれ、彼女の糧となっていった。

「ふふ……、あはははは!」

静寂を破り、突然レイミアが鈴を転がすような高笑いを上げた。縛られていたはずの彼女の身体から、紫黒の細い邪気の糸が伸び、縄をボロボロと腐らせて解き放つ。

漆黒のドレスを翻し、彼女は狂乱の老人たちを見下ろした。

「皆様、退屈しのぎに、素敵なゲームをいたしましょう?」

レイミアの紫の瞳が、爛々と怪しい光を放つ。

彼女が歩を進めるたび、床の絨毯が黒く変色していく。

「我が最愛のアレクサンダー陛下がここへ来れば、皆様は全員首を跳ねられますわ。……でも、もし私が欲しければ、命が惜しければ、今ここで『お互いに殺し合う』のです。最後の一人として生き残った殿方に、私のすべてを、そしてアンクール王国の全権を捧げましょう!」

その声は、男たちの脳髄を直接掻き回す、極上の甘い毒薬だった。

「さあ――! おやりなさい、醜い仔豚たち!」

レイミアの鋭い一喝と同時に、元老院議員たちの目が血走った。

「レイミアは私のものだ!」「死ね、老いぼれめ!」

次の瞬間、つい先ほどまで国政を語り合っていたはずの老議員たちが、牙を剥いて隣の男に掴みかかった。

ある者は黄金の燭台を振り下ろして同僚の頭を叩き割り、ある者は隠し持っていた短剣で友の喉を掻き切る。

「おおおおお!」

かつて「聖騎士」と呼ばれたコンスタンティンでさえ、その理性を完全に吹き飛ばされ、血塗れの殺戮の渦へと飛び込んでいった。

床は瞬く間に老人たちの生血で赤く染まり、肉を裂く音と断末魔が響き渡る。

返り血を浴びながら、レイミアはその狂宴の中心で、かつて世界を恐怖に陥れた魔王母メルフェレーンを彷彿とさせる、あまりにも妖艶で、残虐な笑みを浮かべていた。彼女の身体から、世界を破滅に導くほどの「邪王力」が、潮のように溢れ出し、至聖所を闇へと染めていく。


その極上の邪王力の高まりに引き寄せられるように、至聖所の空間が歪んだ。

冷たい闇の風が吹き荒れ、血の海と化した床の上空に、影が這い出てくる。それは、溢れる邪気を全身で浴び、恍惚とした表情を浮かべる魔王母メルフェレーンその人であった。

「ああ……、良い匂いだわ。私の可愛い、愛しいレイミア……。またその身体を、その魂を、私の中でじっくりと味わい尽くしてあげましょう」

メルフェレーンは蛇のように妖しく身体をくねらせ、無防備に立つレイミアをその悍ましい闇の腕で抱きしめようと、鋭い爪を伸ばした。レイミアの瞳に絶望が過った、その瞬間――。

キィィィィィンッ!!

空間がガラスのように激しく割れ、その亀裂の隙間から、凄まじい純白の閃光が飛び出してきた。

「――この時を、待ちかねたぞ、魔王母ぉぉぉ!!」

絶叫と共に現れたのは、かつてシーザーを導いた、時空の超越者アウグストゥスであった。

シーザーのアレクサンダーをあえて奴隷に落とすという苛烈な計略も、すべてはこの一瞬のため。

レイミアという極上の餌をここに置き、それに引き寄せられて姿を現すメルフェレーンの「虚」を突く、ただそれだけのために、彼は数十年もの間、時空の狭間で牙を研ぎ続けていたのだ。

「何だと……!? 老いぼれがっ!」

メルフェレーンが驚愕に顔を歪めるが、すでに遅い。

アウグストゥスは、数十年という果てしない時間の中で、己の肉体と魂に貯め込み、極限まで圧縮し続けた純白の「聖王力」を、一気に解放した。

「いけぇぇぇぇ!」

アウグストゥスの身体から放たれた光の激流は、巨大な白銀の鎖となってメルフェレーンの四肢をがんじがらめに縛り付け、その肉体の深奥へと容赦なく神聖な光を注入していく。聖王力と魔王力が激突し、至聖所が爆発的な輝きに包まれた。

「あ、あああ、あァァァァァァァ――ッ!!」

この世のものとは思えぬ断末魔の悲鳴を上げ、光の毒に内側から焼かれたメルフェレーンの肉体が、パチパチと弾け、霧のように霧散して宙へと消え去っていく。

しかし、その相打ちに近い衝撃の余波は凄まじかった。

「ぐはっ……!」

アウグストゥスもまた、凄まじい衝撃波によって大理石の柱へと叩き付けられ、激しく血を吐いた。

身体を構成する光が、ボロボロと崩れていく。

「仕留め切れ、なんだか……。やはり、魔王母の核は深い……」

メルフェレーンを完全に消滅させるには至らなかったことを、アウグストゥスは自らの消えゆく感覚の中で実感していた。

だが、致命傷に近い一撃を与えたのは間違いない。

当分の間、あの魔の女王が歴史の表舞台に現れることはないはずだ。


ドゴォォォンッ!!

至聖所の重厚な大扉が、凄まじい質量によって粉々に粉砕された。

硝煙と瓦礫の向こうから姿を現したのは、返り血を浴び、大剣を肩に担いだ「地獄王」アレクサンダーであった。その琥珀色の瞳は、血の海の中心で一人佇む最愛の女、レイミアの姿を捉える。

「レイミア……! 迎えに来たぞ!」

「陛下……っ!」

その荒々しい突入の響きを聞きながら、大理石の柱の影で半透明になりつつあったアウグストゥスは、満足そうにフッと微笑んだ。

(これでいい……。世界を破滅から救う戦いは、もう、ワシら老兵の仕事ではない……)

聖王力を失いながらも、政治の泥を被って国を新生させようとするシーザー。

そして、泥塗れの最強の剣と怒りを以て、最愛の女を奪還せんと吼えるアレクサンダー。

二人の若き獅子が、これからの荒れ狂う時代を、新しき世界を創り出していくのだ。アウグストゥスは、二人の間に交わされたあの「愛の宇宙」の予感を思い出しながら、誰にも気づかれることなく、静かに時空の隙間へと姿を消した。

「アレクサンダー陛下ぁ!!」

レイミアが叫び、血塗られた殺戮の舞台を駆け抜け、アレクサンダーの強靭な胸へと飛び込んでいく。

崩壊するタルカ元老院の、その文字通りの血の終焉の中で、二人の抱擁だけが、不気味なほど激しく、美しく輝いていた。

新世代の混沌の歴史が、今、産声を上げたのである。

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