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地王伝:第一部外伝  作者: 蓮葉橋架
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外伝第十二話:白亜の毒、二人の獅子

本伝第十六話のサイドストーリー

地王暦前16年の物語

外伝第十二話:白亜の毒、二人の獅子


元老院の最高権力者であり、議長の座に君臨するコンスタンティンは、かつてその白銀の甲冑で数々の軍功を立て、「誉れ高き聖騎士」と讃えられた男であった。しかし、その内実は決して清廉潔白とは言い難い。

本来、神聖タルカ法国の聖騎士団は、民から徴収された税によって運営され、個々の騎士が直接の報酬や金品に触れることは厳格に禁じられている。

それが神への純粋な奉仕の証だからだ。

だが、若き日のコンスタンティンは、救った大富豪から「個人的な謝礼」として手渡された一袋の金貨を、懐へと滑り込ませた。

一度染まった毒は急速に彼を侵食し、次第にその額は膨らみ、やがて彼は供物を受け取ることを当然の権利として認識するようになっていった。

そしてある夜、領地を安堵された貴族から、謝礼としてそのうら若き実の娘を差し出された時、コンスタンティンの内なる神聖は完全に潰えた。

快楽に身を委ねた瞬間、彼の肉体から「聖王力」の光が永遠に消失したのだ。

光を失ったコンスタンティンは、武勲の道を捨てて政治の世界へと這い上がった。

元老院議員となってからの彼は、もはや隠そうともせず莫大な賄賂を貪った。

大金を積んだ貴族の放蕩息子には、安全で豊かな後方の領地を宛がい、逆に自らの権勢を脅かす者や、意に沿わぬ実直な騎士たちは、生きては戻れぬ最前線の死地へと容赦なく送り込んだ。

だが、それが異常とされることはなかった。

元老院に居並ぶ老いた議員たちは皆、似たり寄ったりの暗い影と醜い秘密を抱え、互いの尾を噛み合って共生していたからだ。

(なぜ、天王族はこの悍ましい堕落を放置しているのか……)

若き議員となったシーザーは、白亜の議事堂を見渡しながら常にその疑問を抱いていた。

しかし、地天使ディーリの言葉を経て行き着いた答えは、至極簡単で、そしてあまりにも冷酷な事実だった。

「天使は邪気を嫌う。ただそれだけのことだ」

高潔なる天王族にとって、地を這う人間の倫理や政治などどうでもよかった。

彼らはただ不浄な悪意を嫌悪して距離を置いているだけで、人間がどれほど強欲に溺れようが知ったことではない。

少なくとも、彼らを崇める聖職者と権力者が共存し、法国としての体裁が保たれてさえいれば、それ以上の介入を望むことはなかったのである。

神の沈黙とは、慈悲ではなく、徹底的な無関心であった。


ところが、その腐りきった元老院の調和を乱す、極めて融通の利かない男が現れた。新参の議員でありながら、圧倒的な民衆の支持と確固たる意思を持つ男――シーザーである。

コンスタンティンは、自らの聖域を脅かすシーザーを失脚させようと、常にその動静を監視し、毒を盛る機会を窺っていた。

しかし、シーザーの私生活はあまりにも潔白であり、若き英雄としての非の打ち所がない名声が邪魔をして、どうしても付け入る隙が見つからなかった。

そんな折、コンスタンティンは格好の火種を見つけ出した。

かつての遠征でアンクール王国の国王の座に就いた男――アレクサンダーからの、法国への年貢(貢ぎ物)が滞っているという事実である。

コンスタンティンは脂ぎった顔に狡猾な笑みを浮かべ、議事堂の壇上からシーザーを見下ろして、その「調停」を命じた。

「かつて共に戦い、あの荒々しい猛将と渡り合えるのは、元老院において君をおいて他にいない。シーザー議員、法国の威信をかけ、直々に調停に赴いてはくれまいか?」

仰々しくおだてるコンスタンティンの腹の内を、シーザーは冷徹に見抜いていた。

実際、アレクサンダーの不穏な噂は、すでにシーザーの耳にも届いていた。

王女レイミアを娶って以降のアレクサンダーは、かつての愚直な正義感を失ったかのように、まるで人が変わって暴政を敷いているという。

もし、かつての戦友を咎め、その目を覚まさせる任務であるならば、コンスタンティンに言われるまでもなく、シーザーは自ら進んででも引き受けるつもりであった。

コンスタンティンにしてみれば、この調停の結末などどちらでも良かった。

かつての親友同士が憎み合い、殺し合って共倒れになってくれれば上出来。

仮にシーザーが怒り狂ってアレクサンダーを討ち果たしたとしても、疲弊したシーザーが軍をタルカへ向けたなら、その時は「反逆者」として大義名分を持って討伐すればよい。

なんなら、アレクサンダーの元へ密使を送り、莫大な賄賂を握らせてシーザーを挟み撃ちにするという陰険な策略さえ、彼の脳裏には浮かんでいた。


しかし、事態はコンスタンティンの予想を上回る速度で動いた。

アレクサンダーがタルカへの完全な従属を明確に拒否し、法国の使者を追い返したのである。

これにより、元老院は大義名分を得て、大規模な「アンクール討伐軍」を編成した。

その総大将の座に就いたのは、他でもないシーザーであった。

「我らが若き獅子、シーザー将軍に神のご加護を!」

「シーザー様万歳!」

聖都の峻厳な大門を出陣する際、整列した聖騎士団は割れんばかりの歓呼の声を上げ、その剣を天へと掲げた。

かつて遠征の不祥事で一度は剥奪された聖騎士団の指揮権。

それを政治の力で、そして再び自らの手へと完璧に取り戻したことに、シーザーは冷徹な満足感を覚えていた。

馬上のシーザーは、風に翻る純白のマントを揺らしながら、遥か大聖堂のバルコニーから見下ろしているコンスタンティンを一瞥した。

(お前の下卑た企みなど、百も承知だ、老いぼれめ)

シーザーは、これがコンスタンティンの仕掛けた破滅への罠であることを完全に理解した上で、敢えてその渦中へと自ら飛び込んだのだ。

政治の泥に塗れると誓ったあの日から、シーザーの視線は元老院の老人たちなど見ていない。

彼はこの遠征を利用して軍権を完全に掌握し、腐敗した元老院ごと、タルカの因習を根底から叩き潰すための「大義」を手に入れようとしていた。

かつて荒野の焚き火の前で背中を預け合った友、アレクサンダー。

いまや暴君へと堕ちたとされる彼と、再び戦場で刃を交えることになる。

その哀しき宿命の糸に手繰り寄せられながらも、シーザーの青い瞳には、タルカを真の光で照らすための、冷酷で迷いのない王者の光が宿っていた。

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