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マルクス殿が涙を袖口で拭う様を私は呆然と見ていた。
私の知る未来ではマルクス殿は自ら退位を公言し、自身に妻子が居ない事から次期帝王にはこの件での功績からクライブ殿が相応しいと、近衛やクライブ殿本人の反対を押し切ったのだから。
ロビー様とマルクス殿が軽い冗談を交えて会談が進んで行く・・・・・
相手は違うが結果としてはロビー様とマルクス殿の会談は上手く行きそうだし、グランバート帝国との和平と言うか同盟が成るのは変わらないのだろうけど・・・・・
未来とは確かな物ではない、だから違わぬように私が生まれた筈。私は私が知る未来の通りに行動したし赤竜もおかしな行動はしていなかった。
私達が止めた後のロビー様の行動も問題無かった。だと言うのにマルクス殿の行動が変わってしまった。
何故か解らない。何か別の要因が有ったのか?時の流れを変える程の何かが―――
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「ではロビー殿、近い内に正式な文書をお持ちすると言う事で宜しいでしょうか?」
マルクス殿との会談も終わりに差し掛かった時、マルクス殿が不可侵、通商、同盟の文書を作成して持って来ると言ったが俺はそれを断った。
「文書にする必要はありません。私は直接言葉を交わしてみてマルクス殿が口約束だからと反故するような人物だとは思いませんでしたから」
「いや、そう言って下さるのは有難いのですが・・・・・」
マルクス殿が言いたい事は解る。でもね、それを破ると言う事は俺達を敵に回すと言う事なんだ。
俺はマルクス殿から目を離さずに右腕だけ真後ろに向けて魔法を発動した。
魔導核から魔導回路を通って圧縮魔力が掌の特殊魔法陣へと注ぎ込まれ、俺達の背後に横幅5m程の鋼鉄製の鏃が出現する。そして次の瞬間、木々を薙ぎ倒しながら先日作ったばかりの壁へと向かって飛んで行った。
衝撃波が地面や木々を吹き飛ばし、轟音と共に鏃が壁へと突き刺さり大穴を開ける。
グランバート帝国側だけでなく赤竜さんまであんぐりと口を開けたまま呆けていたが、俺はそのまま次々と魔法を発動していった。
先ずは開けた大穴を整えて扉を作り特殊魔導錠を付け、扉からこの拠点までの道を整備する。
「これが私の答えになります」
俺はそう言ってマルクス殿の前に5cm角の七色に光る水晶を差し出した。
「・・・ぁ・・・あの、こちらは・・・・・」
「あの扉の鍵です。扉にある凹みに其方を填め込めば扉が開きますので何か有ったら其方をお使い下さい。複製は私以外に出来ないでしょうけど、余程強い衝撃を与えない限り壊れる事も有りませんから安心して下さい」
恐る恐る水晶を手に取ったマルクス殿に簡単に説明をした。
「・・・解りました、ロビー殿の信用を裏切らないよう努めると誓います」
「そう重く取らなくていいですよ。帝都に帰って大臣方に反対されたら使わなければいいだけですから」
人の気持ちは移ろいやすいものだと俺はよく知っている。グランバート家は子爵家として王家に立てた忠誠の誓いを破り王家を討ち国を乗っ取った。それが例えウォルタードの計略だったとしてもだ。
「あ、そう言えばウォルタードの最後を聞かせて頂けますか?それだけは聞いておきたいんですよ」
「え?いや、ウォルタードは現在行方不明で罪人として捜索中なのですが・・・・・」
「・・・・・え?」
ウォルタードの最後を聞いた筈なのに何を言って・・・・・
「クライブ、何か新しい情報は入っておるか?」
「いえ、副長からは何も入っておりません」
行方不明?捜索中?奴が生きているのか?そんな筈は・・・・・
「ちょっ!ちょっと待って下さい!奴が、ウォルタード・グランバートが生きているんですか?!同名の別人じゃなくてグランバート教の開祖の事ですよ?!如何言う事ですか?!」
「は?ああ、あ奴は不老不死ですか―――」
「なんだって?!不老不死?!有り得ない・・・一体如何やって・・・・・」
「ロビー様!落ち着いて下さい!魔力が漏れています!」
「お・・・あ、有難うマリア。マルクス殿、取り乱して済まなかった。それで奴は何時から不老不死なのですか?」
マリアに注意されて我に返り、聞いておきたい事をマルクス殿に訊ねた。
「私の知る限りでは建国以前からで・・・確かグランバート教の教会を建てた後に全能神様から授かったと聞かされましたな」
建国以前?そんな筈がない。俺の記憶転送時にはグランバート王国になっていた筈だし・・・教会を建てた後って・・・・・
「・・・・・まさか所長か?!奴が高度な魔導技術を使えるなら所長以外いない!!」
「ロ、ロビー殿・・・その、所長とは何方の事でしょうか?」
「あ、し、失礼。所長とはですね、魔導工学研究所の所長でベルモンドと言います。その、行き倒れていた私を助けてくれた恩人なんです・・・・・」
「ふむ・・・誰か聞いた事は有るか?」
「いえ、私は聞いた事がありません」
「私もです、魔導工学研究所と言うのも始めて聞きました」
「そ、そうですか・・・その、申し訳ありませんが、ウォルタードを捕らえたら此方に引き渡して頂けないでしょうか?」
「勿論ですとも。国内のみならず、可能な限りの周辺国にも手配書を送っておきます」
「宜しくお願いします」
現状では何も情報がない以上は奴を捕らえて貰うしかないと、マルクス殿に頼むと赤竜さんが口を開いた。
「申し訳ないが、そ奴の見た目を教えて頂きたい。ロビー殿の仇敵であるなら我等も知っておくべきだと思うのだ」
「うむ、赤竜殿の言う通りであるな。クライブ、奴の似顔絵を赤竜殿にお届けするように」
「はい、畏まりました。ですが赤竜殿は既にご存じかと。先日ご助力頂いた折に右腕で掴まれた者がウォルタードに御座います」
ご助力?ああ、何か野盗を倒したとか言ってた奴かな?って何で野盗?ん~・・・クライブさんが途中で説明を諦めたとかかな?
「ああ、あの喧しい者か。あ奴なら見た目も魔力も覚えておる。次に会った時は殺さずにロビー殿へお届け致しましょう」
「宜しく頼むよ、赤竜」
赤竜さんなら多少離れてても見付けられるし、彼が見知っているなら心強いな。
「では大至急似顔絵の方を用意致しますので、少々お待ち下さい」
「ご協力感謝します。本日の会談はとても有意義な物でした。これからはお互い良き隣人として在り続ける事を願います」
「はい。此方に有益が過ぎるのが少々心苦しいですが、少しづつ返してゆきますので宜しくお願いします」
本当に有意義だった。特に奴が生きていると言う事実は俺にとって僥倖以外の何物でもなかった。
席を立ち、グランバート帝国の面々に軽く頭を下げて赤竜さんの背に乗って皆の待つグリム山山頂へと帰った。
ここまで読んで頂き有難う御座います。




