ルベルトスの到着
それから結婚式に向けて、様々な準備を行うこと、一ヶ月。
最初にアルカトル王国へ到着したのは、ルバドール帝国の一行だった。
場所が遠方であるが故に、余裕を持って出発したのだろう。そして道中何もなければ、余裕を持っての到着となる。それは分かるが、それでもアレクはツッコんだ。
「ルベルトス殿、結婚式はまだ三週間も先だぞ。いくら何でも早すぎる」
「そう言うな、アレクシス殿。遅刻するよりはいいだろう?」
「その間の面倒を見なければならない、我が国の苦労を分かってくれ」
「……本当に申し訳ありません、アレクシス殿下」
早すぎる到着にまったく悪びれない第二皇子のルベルトスに、その部下であるリヒトーフェン公爵が頭を下げて謝罪した。
「私も早すぎると言ったのです。道中何があるか分からないとは言っても、殿下がいる限り心配する事態に陥る可能性は低いので、もっとゆっくりと何度も言ったのですが……」
謝罪の言葉は、途中からルベルトスへの恨みの言葉へと変化した。それにルベルトスはそっと視線を逸らす。それを見て、アレクはため息をついた。
「……まぁ来てしまったものは仕方がない。国王陛下が待っているから、中へ入ってくれ」
話をしているここは、王城の門である。ここまでアレクが出迎えたのは、相手への敬意を示すためである。久しぶりに会ったからと、長話する場所ではないのだ。
「リィカ嬢はいるか?」
「……殿下っ」
ルベルトスの問いかけに、リヒトーフェンが小さく叱責する。アレクが顔をしかめて、口を開いた。
「ご存じだとは思うが、リィカは俺の婚約者だ」
「……ちっ。旅が終わって、そのまま別れてくれれば良いものを」
「あいにく、そちらの思うようにしてやる道理はない」
「ふんっ、まぁいい。それで、いるのかいないのか?」
「……いる。陛下と一緒に待っているぞ」
最初はリィカもここに来ると言ったのだ。それを止めたのはアレクと国王だ。ルベルトスやリヒトーフェンが、リィカに対して今どう思っているのか。リィカと顔を合わせる前に、それを確認したかったからだ。
(おおよそ、予想通りか?)
アレクはそう判断する。リヒトーフェンは、すでにリィカを帝国へ引き入れることを諦めているのだろう。リィカの今の立場を考えれば、そう判断するしかない。それで諦められるのは、リヒトーフェンはあくまでも理性で考えていたからだ。
対するルベルトスのリィカへの思いは、あくまでも感情によるものだ。理屈で分かっていても、感情では納得いかないということか。
「そうか。楽しみだ」
嬉しそうに笑うルベルトスを、アレクは睨んだのだった。
※ ※ ※
ルベルトスは、アレクの案内に従って王城内を歩く。そして謁見の間に入り、そこに見えた恋しい人の姿に顔を緩める。――だが、同時に会いたくなかった人物の姿も見えてしまい、顔が引き攣った。
だが、すぐにルベルトスは下を向いた。玉座に向かって頭を下げる。後方のリヒトーフェンは膝をついたが、ルベルトスは皇族だ。相手が国王だからといって、膝はつかない。それでも頭を深く下げ、国王から声がかかるのを待つ。
「よくぞお越しくださった、ルベルトス殿、リヒトーフェン公爵。少々早い到着ではあるが、歓迎しよう。結婚式までゆっくりと過ごされよ」
「……は」
微妙に当てこすりの雰囲気がある。アレクに対しては飄々と返したルベルトスだが、国王に対してまで同様の態度はとれない。
「遅刻せぬようにと思ったとはいえ、早くに到着してしまったことを謝罪いたします。その上での歓迎を感謝いたします。結婚式当日、花婿と花嫁にお会いできることを楽しみにしております」
ルベルトスにとって苦手分野ではあるが、それでも他国へ出向いた皇族としての責務は心得ている。この程度の言葉遣いくらいは問題ない。
そして最後の一文を付け加えた理由は、この場に王太子と思われる人物がいないからだ。
結婚する当人だ、おそらく忙しくしているのだろう。何も言わないと、王太子も挨拶に訪れて、早くに到着してしまった帝国一行をもてなさなければならない。
だが、そんな必要はないという意味も込めて「結婚式当日」と言ったのだ。兄のルードリックに「そう言え」と言われたことではあるが。
「それはお心遣い、痛み入る。ご滞在中、何か不便があればアレクシスに言って下されば、可能な限り便宜を図らせて頂こう」
「……感謝いたします」
国王の言葉に、一瞬の間をあけてルベルトスは返答した。まさかここで「リィカ嬢がいい」と言うわけにはいかない。
「ふむ。さて、勇者一行の者たちがルベルトス殿たちと面識があるということで、同席させた。よろしければ挨拶などいかがだろうか」
国王との話は終わりということだ。ルベルトスは頷いて、嬉々として口を開いた。
「リィカ嬢、お久しぶりだ」
「……は、はい、ルベルトス殿下。お久しぶりです」
戸惑った様子を見せながらも、リィカはドレスのスカートをつまんで挨拶をした。以前会ったときには見られなかったカーテシー。その綺麗な仕草に、ルベルトスは頬が紅潮するのを感じた。
「その挨拶を、姉に習ったと聞いたのだが」
「はい、ルシア皇女殿下にはお世話になりました。……あ、いえ、今はもうご結婚されたと伺いましたが」
「ああ。今はリヒトーフェンの義理の娘だ」
そこまで言って、ルベルトスは大切なことを思い出した。
「そうだ。姉からリィカ嬢への手紙があるのだが、ここで渡してもいいだろうか?」
「手紙?」
リィカが不思議そうに首を傾げる。そんな仕草も可愛いと思う。
兵士が近づいてきたので、手紙を渡す。直接手渡したいのだが、この辺のしきたりは、どこの国も同じようだ。位の高い者が、わざわざ動く必要はないということだ。
そんなことを思いながら、兵士からリィカに手紙が渡るのを見る。そしてさらに口を開いた。
「申し訳ないが、この場で読んでくれないか? 姉上から返事を聞いてきてほしいと言われていてな」
またもリィカは不思議そうにして、アレクを見る。読んでいいかどうかの確認のためだろうか。アレクが無言で頷き、それにリィカも答えるように頷いて手紙を開ける。
その二人のやり取りが、ルベルトスにとっては、たまらなく悔しい。
――が、手紙を読んだリィカの反応は、そんなルベルトスをさらに突き落とした。
「もうっ、だからっ……!」
リィカの顔が、真っ赤に染まった。小さい声で怒ったようにつぶやきながらも、どこか恥ずかしそうな様子を見せる。その視線がチラッとアレクに向いたのを、見逃さなかった。
手紙の内容をルベルトスは知らない。だが、明らかに今のリィカの反応は「恋する女の子」だと思う。そして、その相手が間違いなくアレクに向かっていることも分かってしまう。
「…………」
何かを言おうとして、言葉が出てこない。ルシアへの返事を聞かなければならないのに、それを聞くことすらできない。
愕然としているルベルトスに、冷ややかな声がかけられた。
「ルベルトス殿下。リィカだけで僕たちにはお声をかけて頂けないのでしょうか」
「……申し訳ない、ユーリッヒ殿」
皮肉たっぷりな言葉に、ルベルトスは口の端を引き攣らせつつ、口にした。
ここは王宮という公式の場。本来であれば、下の身分であるユーリから声をかけることはマナーに反するのだが、相手は勇者一行の一人である。そして、それだけではなくルベルトスにはユーリに頭が上がらない理由がある。
「挨拶が遅くなった。久しぶりだ、バルムート殿。約束通りに父と会ってくれて感謝する。とても喜んでいた」
「とんでもありません。たいしたことはしておりませんので」
爵位はユーリよりバルの方が上。だから、ルベルトスが先に声をかけたのはバルだ。決して間違っていない。怖いから後回しにしたというわけではない。
そして、約束したことも確かだし、それをバルが果たしてくれたことも確か。それについての感謝だって必要だ。だが、できればこの話を長引かせたいと思ってしまったことは否定しない。
けれど、バルは最低限の言葉を述べたのみで、これではこれ以上の話はできない。仕方なく最後の一人、ユーリへと顔を向けた。
「……ユーリッヒ殿も久しぶりだ。いつぞやは世話になった」
「お久しぶりです、ルベルトス殿下。その後、調子はいかがでしょうか?」
「あ、ああ……」
ユーリは笑顔なのだが、それが何となく怖い。そう思ってしまうのはルベルトスの錯覚なのかなんなのか。
「まぁ何とかというか……。教わってから以前よりも長く具現できるようにはなったし、無駄も少なくなったのではないかと……」
落ち着かないルベルトスの目が、助けを求めるように後方のリヒトーフェンへと向かう。ハァとため息をついたリヒトーフェンが立ち上がった。
「ユーリッヒ殿とタイキ様には感謝しております。お二方に魔力の使い方を教わって以降、殿下の魔法の持続時間が増しております。やり過ぎてしまうことも減ったようです。ありがとうございました」
そう言って、頭を下げる。ルベルトスは「そんなにやり過ぎたことないだろう」とブツブツ言っているが、声は小さい。
ユーリがにっこりと笑った。
「それは良かったです。もし良ければ、この後殿下の魔法を見ましょうか? 僕もどの程度成長したか、ぜひ拝見したいのですが」
「い、いやそれは……」
「願ってもないことです、ユーリッヒ殿。ぜひお願いしたい。――よろしいですね、殿下?」
しどろもどろながらも断ろうとしたルベルトスの言葉を遮って、リヒトーフェンが了承の返事をしてしまう。それに対して、ルベルトスは「あー」とか「うー」とか言いながらも、視線をチラリとリィカへと向けるが、諦めたように肩を落とした。
「わ、分かった……。頼む……」
もう少しリィカといたいし、話をしたい。ユーリが怖いから、できれば近づきたくない。
それでも、この場は我を押し通せる場所ではない。ルベルトス自身の魔法能力向上は、ルバドール帝国という国の観点から見て、悪いことではない。
そう考えると、ここは頷くしかなかったのだった。




