手紙の内容
ユーリと一緒に謁見の間を出ていくルバドール帝国の一行に、国王は不思議そうにした。
「一体どういう関係だ?」
知り合いとは聞いた。リィカに一目惚れしたことも聞いた。だが、バルやユーリとの関係もそれなりに深いという話は聞いていなかった。
「おれは単に殿下と約束したことがあったというだけです」
国王に視線を向けられて、バルは苦笑しつつ返す。
バルの持つ魔剣フォルテュード。その魔剣を、ルベルトスの父親であるルバンザムに見せてほしいと頼まれた。ただそれだけだ。
「ユーリは、ルベルトス殿下に魔法……というか魔力の使い方を教えたんですが……」
アレクが話を続ける。あのとき、チラッと教えている光景を見た。一度見ただけで、それ以降はなるべく近づかないようにしていたのだ。
「容赦なくユーリがルベルトス殿を叱っていたので……。苦手意識でも植え付けられたんじゃないでしょうか?」
おそらく緩衝材になってくれていただろう泰基も、もういない。できるならルベルトスはユーリに近づきたくなかったのではないか。先ほどの態度から、アレクはそう思う。すると、国王が笑った。
「なるほど。では時々ユーリッヒに顔を出させるか。それで牽制にもなりそうだ」
ルベルトスがリィカに惚れていることは、あの場を見ただけで分かった。リヒトーフェンの動きにも国王は注意していたが、ルベルトスが助けを求めるまで動きはなかった。リィカへの積極的な働きかけもない。アレクの言うように、高確率でリィカを諦めたのだろうと判断して良さそうだと思う。
「それで、手紙には何が書いてあったんだ?」
国王の視線が、今度はリィカへと向かった。「う」とか「え」とか赤い顔でリィカは呻いたが、それでも持っていた手紙を素直に差し出す。
読んでいいのかと思いつつ、その手紙を受け取った国王は一瞥する。中身は短い。
『あの夜に話したことを覚えているわよね? とっても素敵で幸せな時間だったわ。あなたにも、いつかそんな時間が訪れますように』
のぞき込んできたアレクに手紙を渡してやりながら、国王はリィカを見る。やはり顔が赤い。
「何を話した?」
この内容を読んだだけでは、リィカが赤くなる理由が分からない。だからこそ、リィカもあっさり手紙を見せたのだろう。となると、その原因は『あの夜に話した』という内容だ。
「ひ、秘密です……じゃダメでしょうか」
「できれば教えてほしいのだが」
そう返しつつ、国王はリィカの言葉が意外だった。なんやかんやと言いつつも、リィカは国王の言葉を受け入れている。「秘密」と言われるとは思わなかったのだ。
そこまで言いたくないことなのかとは思うが、ルバドール帝国が関わっているので、聞くだけでも聞いておきたい。問題がなければそれでいいのだ。
だが、リィカはやはり「うー」と唸るだけだ。よほどのことなのかと、余計に警戒したくなる。
「アレク、もしくはバルムートは知っておるか?」
「いえ、知りません。リィカは何度かルシア皇女に呼ばれて、夜一緒に休んでいるので、おそらくはそのときに話したのではないかと思いますが」
なるほど、と思う。それでは他者は知りようがないだろう。
「そのくらい拒否できなかったのか?」
リィカを一人で皇女の元へ行かせるなど、どんな話をして言質を取られたかが分からない。拒否しようと思えばできたはず。そう国王は言うが、アレクの目が泳いだ。
「その、あのときは、色々ありまして……」
「何があったんだ」
そう言いつつ、国王の言葉には諦めが強い。リィカに続いて、アレクまでごまかそうとしている。言いにくいことでも、アレクなら必要があると思えば言うだろう。その程度には、息子のことを信頼している。それを言わないということは、言うほどのことではないということだ。
「それで、リィカはどうなのだ?」
「……ええっと、コソッと、耳打ちしても、いいですか」
「構わぬぞ」
リィカの、やはり赤い顔で言われた言葉に、国王は鷹揚に頷く。アレクやバルに知られたくないのか。普通であれば、そこまで接近を許すのは良くないのだが、リィカなら問題ないだろうと判断する。
近づいたリィカが、国王の耳に囁いた。
「……その、皇女殿下に、男の人と、ベッドを共にした感想を聞かれまして」
「ほ?」
「ないと答えたら、驚かれまして」
「……ほう」
「結婚を控えてるから、どんな感じか知りたかったと、言ってたんです」
「……聞いて悪かったな、リィカ」
国王は心から謝罪した。リィカの赤い顔の原因が分かった。そして、全然秘密で問題ない内容だった。言わせてしまったことが心苦しい。そして、それが分かれば手紙の内容も分かる。同時に、そんな手紙を書いてルベルトスに持たせ、その目の前で読ませた理由について想像する。
(皇帝が関わっているのかまでは分からぬが、少なくとも皇帝の妹は、リィカをルベルトスの妃にとは、望んでいないということか?)
リィカがアレクの婚約者となったことは承知しているはず。ベッドを共に云々などという話をしたのなら、手紙を読んだときのリィカの反応も、ルシアはおそらく予想できたはず。その反応を、あえてルベルトスに見せたのだ。
「リィカ。では皇女……ではなく公爵子息夫人に、手紙を書いて返答しなさい」
「わ、分かりました」
リィカがコクコクと頷く。さらに告げた。
「それと悪いが、不機嫌な顔をしている息子の相手をしてやってくれ」
「え?」
リィカが耳打ちしているときから、まるで射殺しそうな目で見ているアレクを、国王は示したのだった。
※ ※ ※
「へぇ、いいじゃないですか」
ユーリは、本当にルベルトスたちと一緒に街の外へ出て、その成長具合の確認をしていた。
ルベルトスは光の剣を作り出すユニーク魔法を持っているが、魔力の調整が上手くできていなかった。それを泰基とともに教えていたのだ。
「最近は剣を補助に使わなくても、これだけで戦える時間が増えてきた。感謝している」
ルベルトスは、そうユーリに告げる。怖いし苦手だが、それでもルベルトスが自らのユニーク魔法を以前よりも使えるようになったのは、ユーリのおかげだと分かっている。
「剣を使わなくなったら、サムさんが残念がりそうですけどね」
「そうでもないぞ。絶対に使いたいと言わせてやると意気込んでいる」
「……それはそれは」
ルベルトスが魔力の消費を抑えるために補助として使っていた剣は、父親のルバンザム、通称サムが作った剣だ。剣の作成に並々ならぬ執念のようなものが見えていたサムは、相変わらずのようだ。
「そういえば、父に機会があれば聞いてくれと言われたのだが。タイキ殿が帰られて、魔剣はどうなった?」
「……ああ」
サムが泰基のために作った魔剣デフェンシオ。当然、それがどうなったのか気になるだろう。
「魔王との戦いの終盤で壊れました。もう跡形も残っていません」
「……そうか、分かった。父にそう伝える」
「ええ、そうしてください」
サムからしたら、自らが追い求めた夢が叶った魔剣であるから、壊れたと聞けば落ち込むだろう。だがユーリからしたら、隠さなければならない事実でもなんでもない。それにきっと、あれが人の手で作られた魔剣の、限界だったのだろうと思っている。
「さてユーリッヒ殿、もう良いな? 戻るぞ」
「そうですね。殿下の成長具合を見ることができて良かったです。宿泊される離れにご案内しますよ」
ルベルトスたちは、長旅をして到着したばかりである。本来なら、国王との謁見が終わった時点で、とっくに離れへ入っているはずだ。そういった意味では配慮が足りなかったとユーリは思いつつ、足を向ける。
だが、ルベルトスは動かない。
「殿下?」
「ルベルトス殿下、行きましょう」
ユーリが不思議そうにして、リヒトーフェンが促す。だがルベルトスは動かず、うつむいている。
「リィカ嬢はまだ王宮にいるか?」
「リィカはアレクの婚約者です」
ユーリはきっぱり告げる。
「二人の間に割り込まないで下さい。邪魔するのでしたら、国際問題にさせて頂きます」
「――っ!」
ルベルトスが唇を強く噛んだ。手が強く握られたのが、ユーリにも分かる。だからといって、何かフォローしてやるつもりもない。
「行きましょう」
「……ああ」
今度はルベルトスもユーリについて動き出す。だが、顔はうつむいたまま。それを見て、ユーリはため息をつく。
(どこかでリィカと話をさせて、きっぱり拒絶された方がいいんですかね)
その方が諦めもつくかもしれない。アレクなんかは反対しそうだが、このままではルベルトスはズルズルとリィカのことを引きずってしまう。ウジウジしているだけならいいが、何かしらの実力行使にでも出られたら、その方が面倒だ。
国王に話をしてみようかと思いつつ、まずは彼らが宿泊する建物への案内をしたのだった。




