実験
これはトーナメント大会の、およそ二週間ほど前。
リィカはアレクやバル、ユーリといったいつもの面々と、王都アルールの街から出ていた。街を出て南へ行くと、森がある。暁斗や泰基が、リィカ達と一緒に初めての実戦を行った森だ。
リィカたちはその森の中を通り、さらに南下する。森の中は人と遭遇する可能性があるが、森を越えるとその可能性はほとんどゼロになる。
行ったことがないのでどんな場所なのかは分からないが、騎士団長によると「手入れのされていない草原」とのことなので、これからやる実験には十分だろう。
「なるほど、確かに荒れ放題だな」
森を抜けた先、その光景にアレクは苦笑した。騎士団長が言った、そのままだ。
こんな場所を通る人はいない。道もないので自然のまま。雑草が伸び放題で、しかし魔物がいるからか、あちこち荒らされている。
王都の南にも街はあるため、そこへ繋がる道もある。しかし、街があるのはもっと東側のため、まっすぐ南下したこの場所に道はない。ちなみに南下する道をずっと進んで行くと、リィカの故郷であるクレールム村の近くまで行ける。
「それで、何をするんだ?」
アレクはリィカとユーリを見た。この二人に「実験に付き合ってほしい」と言われて、ここまで来たのだ。
具体的な実験内容までは聞いていないが、アレクやバルが実験台にはならない、ということだけは確約をもらっている。「別になってもいいですよ?」とユーリに言われて全力で拒否したので、大丈夫だと思いたい。
「そうですね。とりあえず……あの岩で実験してみましょうか」
ユーリが指さした先にあるのは、人の背丈ほどもある大きな岩だ。魔物がぶつかっているのか、あちこち壊れている。もしかしたらもっと大きな岩だったのが、魔物の攻撃を受けてここまで小さくなったのかもしれない。
「では始めましょうか」
「うん」
そう言いつつ、ユーリが懐から二つの魔石を取り出した。そのうちの一つを、岩のちょうどくぼんでいる部分に置く。そしてもう一つをアレクに差し出した。大きさから見たら、Dランクの魔石だろうか。
「これを持ってください」
「……待て、実験台にはならないはずだろう」
「ええ。それを持って立っていればいいだけです。そのくらいはいいでしょう?」
「……本当に大丈夫なんだろうな」
かなり不安だが、それでも受け取る。なにを実験するのか、さっさと聞いておけば良かったと思う。
「さて、リィカ」
「うん」
リィカが岩から少し距離を開けて立っていた。右手を前に出して、いきなり魔法を唱えた。
「《水蒸気爆発》!」
岩に向かって、魔法が放たれる。一体何をとアレクが思ったところで、手に持っている魔石が突然光った。
「なんだっ!?」
驚きつつ、リィカの魔法を目で追うと、岩に置かれた魔石も光っているのが見えた。そして何かに遮られたかのように、リィカの魔法が岩のすぐ手前で止まり、そしてかき消えた。
その結果にユーリが満足そうに頷き、リィカが微妙に残念そうにした。
「……防がれちゃった」
「リィカ、なぜ残念そうなんですか。目的を達成したんですから、喜んでください」
「そうだけど悔しい……」
リィカとユーリのやり取りは、相変わらず意味が分からない。
「これはなんだ? 一体何をしたんだ?」
リィカの《水蒸気爆発》を防ぐほどの力。何かの魔道具なのだろうが、一体何をしたのか想像もできない。
「一言で言えば《結界》の魔石です。それを少し弄っただけですよ。さて、魔法以外でも試してみたいので、まずはバル、岩に向かって攻撃してもらっていいですか? 可能な限りの威力を込めて。――ああ、アレクを攻撃してもいいですよ。先ほどのように防いでくれるはずですから」
「お断りだ」
アレクが言い返した。防いでくれるのかもしれないが、そんな危ないことにわざわざ身を晒すつもりはない。
バルは引き攣った顔で、岩の前に立った。いっそ、本当にアレクを攻撃してみようか、と思わなかったわけではない。
だが、ユーリはさきほど「まずは」と言った。ほぼ間違いなく、この後アレクとバルの役目が入れ替わるだろう。もしアレクを攻撃したら、今度はバルが攻撃される。そんな危険な目にはあいたくない。
バルは剣を抜こうとして、ふと考える。ユーリの言う「可能な限りの威力」とはどのくらいなのか。
「魔剣、使った方がいいか?」
「ああ、そうですね。使ってもらっていいですか?」
「分かった」
バルは、おおよそ「実験」の内容を掴んでいた。二つの魔石と《結界》。そこから考えられるのは、アークバルトとレーナニアを魔族の攻撃から守るための手段だ。遠慮のない攻撃が仕掛けられるだろうと思えば、魔剣で試した方がいいと思ったのだ。
「《土の付与》」
まずはエンチャント。バルの持つ魔剣フォルテュードが、土に覆われる。そしてそこから水の魔力を流すと、土が鋭い刃の形を作る。そして、一歩前へ踏み出しつつ、剣技を発動させた。
「【獅子斬釘撃】!」
土の直接攻撃の剣技。それが岩に命中する寸前、再び二つの魔石が光を放った。そしてバルの剣をしっかり受け止める。《結界》が発動したのだ。バルはそのまま押し切ってみようとするが、《結界》はビクともしない。
「こんなに威力あるのか?」
ユーリの《結界》は強力だが、使用している魔石はDランク。そうそう威力を込められるとは思えない。不思議に思いつつ、壊すのは無理だと判断してバルは攻撃をやめる。
だがユーリはそれに答えず、さらに指示した。
「では今度は、アレクが攻撃してみてください。……ああそうだ、どちらの魔石でも問題ないことを確認したいので、バルは岩に置いた魔石を持ってもらっていいですか?」
何も言わず、バルは岩にある魔石を手に取り、アレクは持っていた魔石を岩に置く。
アレクもなんの実験なのかを理解していた。アイテムボックスから魔剣アクートゥスを取り出して構える。
「《風の付与》」
エンチャントを唱えると、剣の周りに風の渦ができる。アレクはそこからさらに集中する。このままだとアクートゥスの能力を邪魔しかねない。だから、できるだけ風の力を剣に密着させるようにイメージする。
「――っ!」
見ていたリィカたちは息を呑んだ。アレクの唱えたエンチャントが、魔剣に吸収されて一体になった。剣に緑色の魔力が満ちる。
「アクートゥス!」
剣の銘を言いつつ、横凪ぎに振るう。岩を一刀両断するかと思われた瞬間、バルの持つ魔石と岩に置かれた魔石が光った。同じ現象だ。
(なるほど、たいした威力だ)
アレクはそう思いつつ、さらに剣に力を込めてみるが、やはりビクともしない。……いや。
パキィンと軽い音が聞こえ、光が消滅する。同時にアレクの剣を受け止めていた力も消滅して、岩はあっさりと真っ二つになった。
「あれ?」
「ここらが限界でしょうかね」
リィカが首を傾げ、ユーリが苦笑する。
魔石は二つとも、見事に真っ二つに割れていた。
「三回かぁ。あんまり長持ちしないね」
「最初の一回を防いでくれればいいわけですから、十分ですよ」
「それもそっか」
その会話を聞きつつ、アレクは壊れた魔石を見る。途中で壊れてしまったものの、それまでは完全にアレクの剣を受け止めていたのだ。正直、ユーリが普通に張った《結界》であれば、壊せるくらいの威力は込めていたつもりだ。
「何をしたんだ?」
「ああ。普通、Dランクの魔石に込められる威力じゃねぇだろ」
「大変だったんだよ。――ユーリが」
アレクとバルの疑問に、リィカが笑って答える。ユーリがリィカを睨んだ。
「いいですよね、リィカは。ただ見てるだけで」
「アイディア出したの、わたしだよ!」
「ええそうでしたね。後は全部僕にぶん投げてくれましたけど」
「だって、わたしにできることなかったし」
その言い合いに、アレクとバルは視線を交わした。そしてお互いに、「珍しいこともあるもんだ」と思っていることを確認する。
これまで作った魔道具の大半は、リィカが主力だった。ユーリもできることは協力していたが、リィカじゃないと作れない魔道具がほとんどだったのだ。それがまさか「できることがない」とは。
リィカの能力が攻撃に寄りがちで、防御はユーリの方が長けていることを考えると、順当なのかもしれないが。
「どうやって作ったんだ?」
興味本位のアレクの質問。だが、ユーリの口の端が楽しそうに上がったのが見えて、アレクはその瞬間に後悔した。
「使ったのはCランクの魔石です。まずはそれに《結界》の魔法をかけてから石を二つに割ったんですが、この順番がどちらがいいのかがまず難航しました。そもそも魔法を掛けてから石を二つに割ることができるのか、あるいは二つの石に割ってから《結界》をかけたとして、二つの石の力は連動してくれるのか。それらを試すところから始めたんですが、どちらも技術的に難しく、実際に試してみるまでに非常に時間がかかりました」
「……聞いて悪かった」
説明されてもまったく分からない。それはリィカのときに分かっていたはずなのに、聞いてしまった。いい加減学習しようと思いつつ、それでも先ほどのユーリの説明で分かったことを口にした。
「二つが連動しているのか」
攻撃されたのは岩だけなのに、アレクやバルが手に持っていた方まで反応したのだ。あり得ないと思うくらいの防御力は、その連動が作用しているのだろうか。
「ええ、そうです。王太子殿下とレーナニア様、お二方の分が必要になりますからね。連動させて相互作用で効果が強くならないだろうか、というリィカの案です」
「うまくいって良かったね」
「ええ。僕が大変でしたけどね」
「……まだそれ言うんだ」
いい加減リィカが疲れた顔をした。きっと何度も言われているんだろうが、しつこいときのユーリはとことんしつこい。それを分かっているから、アレクが動こうとすると、その前にバルが動いて、ユーリの頭を叩いた。
「――いっ!? 何するんですか、バル!」
「いい加減にしろ、ユーリ。魔封じの枷んときは、リィカだけが大変だったんだ。それでも文句なんか言ってなかっただろ」
「……悪かったですね」
言われたユーリは、ややバツが悪そうだ。フーと息を吐いて、リィカに向き直る。
「リィカ、すみませんでした」
「あ、ううん、いいよ。実際、大変だったと思うし。もう一つのもあるし」
「そうですね、そっちも大変でした。……ということで、アレクとバル、まだ実験にお付き合いくださいね」
ユーリがしおらしくなったのは一瞬。すぐ元の調子に戻り、「実験」を口にする。まだやるのかと思ったアレクだが、気を取り直す。これは、アークバルトとレーナニアのための実験なのだ。
「分かった、何でも言ってくれ」
「そうですか? そうしましたら、ちょっと実験台に……」
「それは嫌だ」
速攻でアレクは断り、ユーリは不満そうにする。バルが苦笑して、リィカが楽しそうに笑う。
四人の実験は、まだしばらく続いたのだった。




