暁斗と泰基と光魔法
夜、暁斗は湯船に浸かりながら、昼間のことを思い出していた。
あの後、最初は二十匹ほどだったゴブリンが、どんどん押し寄せてきた。最終的にどの程度の数だったのか、暁斗はもう分からなかった。
最初に大山猫と対峙してその命を奪ったとき、肉を切った感触と血の匂いの気持ち悪さで嘔吐してしまった。
そのときの、リィカの背中を撫でてくれた手と優しい声が忘れられない。あのとき、暁斗は安心した。この世界の人たちには分かってもらえないだろうと思っていたあのときの気持ちを、リィカが分かってくれていたことに、心から安堵した。
その後「戦う」と言えたのも、リィカのおかげだ。
慣れというのは恐ろしいもので、数え切れないくらいのゴブリンと戦った結果、最初に感じた「気持ち悪さ」はあっという間にどこかに消えてなくなった。この世界で魔王を倒すと決めた以上、それはきっと悪いことではないと思っている。
(でも、なんでリィカは分かってくれたんだろう?)
アレクもバルもユーリも、きっと何も分かっていなかった。三人とも驚いて戸惑っていた。魔物がいてその命を奪うことは、この世界では「当たり前のこと」なのだ。
だからこそ、分かってくれるリィカを、不思議に思うのだ。
※ ※ ※
泰基は、隣室のドアの開く音がして、暁斗が戻ったことに気付いた。
部屋はそれぞれ一部屋ずつ与えられていて、それぞれに廊下に繋がるドアがある。ただ、内側でも扉一枚で繋がっているので、わざわざ廊下に出ることなく部屋の行き来ができるのだ。
「暁斗、長風呂だったな」
「うん、考え事してた」
声をかけると、心あらずな声が返ってきた。ボーッと一点を見つめている暁斗の様子に、泰基は目を伏せる。
「……昼間のことか」
初めての実戦。初めて魔物と対峙して、その命を奪った。やはりまだ高校生の暁斗には荷が重かったのかと後悔した泰基だが、当の暁斗は不思議そうにして、すぐに「あ」と言った。
「ううん、いや昼間のことと言えばそうなんだけど、そうじゃなくて」
暁斗の話の要領が得ない。
「……ねぇ父さん、リィカのこと、どう思う?」
「リィカ?」
「うん。……オレが吐いたとき、なんであんなに優しかったのかな。分かってくれてたのかなって思って」
泰基は動揺しそうになった。暁斗のその疑問に、泰基にはある予想が……確信に近いものがある。けれど、それは言えない。少なくとも暁斗には話せない。悩んで……結局一部だけ話すことにした。
「暁斗、お前が好きな話にはさ、異世界転移もあれば異世界転生もあるだろ?」
「え? ……って、ええっ!?」
やや迂遠な答えだが、暁斗はすぐに驚きの声を上げた。
「それって、そういうことっ!? リィカが転生してるってこと!?」
「それなら説明できるだろ? 日本人だった記憶を持って転生しているなら、俺たちの気持ちだって理解しやすい」
「ええー……」
暁斗は懐疑的な表情だ。
「ホントにそんな人いるのかなぁ」
「実際に異世界転移しておいて、何を今さら」
「そうだけど、それとこれとは別っていうか。大体、父さんが小説と一緒にするなとか言ったくせに」
「それこそ別問題だ。参考にできることがあれば、すればいいだろう」
「……うーん」
暁斗は口をへの字にした。
「ホントにそんな記憶あるんなら、オレたちには話してくれてもいいんじゃない?」
「普通、自分には前世の記憶がありますとか、言わないだろ。そんなことをいきなり言われたら、俺なら正気を疑うぞ」
「だったら、なんで転生したとかって思うの?」
「……っ」
一瞬、泰基は言葉に詰まった。が、何とか動揺を見せずに口を開く。
「単に状況から推測して、そういう可能性もあると思ってしまっただけだ。――そうだな、現実的に考えるなら、リィカ自身ももしかしたら、魔物を殺したことで気持ち悪くなったとか、そういう経験があるのかもしれないしな」
「うーん、そっかぁ」
考える暁斗に、泰基は笑う。どこかごまかすような笑みだったが、暁斗は気付かない。
「まぁあまり気にするな。仮説にもならない妄想のようなものだからな。――いいから今日はもう休めよ」
「うん、寝る」
お互いに「お休み」と挨拶をして、泰基は自分の部屋へ戻る。
戻った泰基がベッドへ横になって考えるのは、やはりリィカのことだ。
リィカは似ている。色々な表情や仕草、話し方が、いちいち渚沙を思い起こさせる。自分の外見に無頓着で興味がないところまで同じだ。
無自覚に男を引き寄せるところまで似ていないといいなと思っているが、果たしてどうなのか。あの可愛い顔だと、期待薄かもしれないが。
転生なんてあり得ないと思っている。生まれる前の記憶があると言われても、信じるはずがない。だがもし今言われたなら。
「――信じるだろうな」
無意識に声が漏れた。
だからこそ、暁斗には話せない。もしかしたら転生かも、なんて話をするのが限界だ。
渚沙の死の、一番の被害者が暁斗だからだ。知ればきっと、暁斗はリィカと一緒にいられなくなる。今のように、素直に甘えることができなくなる。
暁斗の為に、今は黙っていることが正解のはずだ。だがそれだけではなく、泰基自身の迷いがあることも理由の一つだ。
(俺は、リィカをどう思ってる?)
その答えが、泰基の中でまだ出ていない。渚沙が生まれ変わって、その記憶があるかもしれないリィカ。そのリィカへの気持ちがどんなものなのか、泰基には分からない。
渚沙の記憶があるのならばと、思ってしまう気持ちはある。だが、リィカの年齢は暁斗と変わらないという事実も、泰基は分かっている。それらが泰基の中でごちゃ混ぜになっていて、明確な形にならないのだ。
(まぁいいか)
結局、泰基は結論を先送りにした。こういうものは、考えたところで結論が出るものではない。
「――さて、少し魔法の練習でもするかな」
気持ちを切り替えるように、口にした。
生活魔法と初級魔法を習得した。そして無詠唱での発動も問題ない。それならば、次へ進んでも良いだろう。
『次は中級魔法だね』
初級魔法が使えるようになったと告げたとき、当たり前のようにそう言ったリィカに、泰基は首を横に振った。
『いや、次は支援魔法だ。《回復》を覚える』
『えっ、なんでっ?』
『リィカが使えないからじゃないですか?』
驚くリィカに、ユーリが冷静なツッコミを入れる。まさしくその通りなので、泰基もうなずくだけだ。回復するための魔法だ。使い手が何人いたっていい。
黙り込んでしまったリィカの顔を思い出すと、泰基の口元が自然と綻んだ。アレクやバル、ユーリには明らかに遠慮がちな態度のリィカが、泰基や暁斗に対しては気兼ねしている様子がない。
その態度の違いを、バルやユーリは様子見しているようだが、アレクは明らかに不満を持っている。暁斗がリィカと話しているとよく睨んでいるし、泰基も視線を感じることが多い。その様子から、リィカに気があるのは確かなようだが、ユーリ曰くアレク自身は無自覚であるようだ。
「とりあえず練習するか。『水よ。彼の者に癒やす力を与えよ』――《回復》」
気を取り直して、水魔法の《回復》を詠唱する。淡く青い光を放つ。その結果を見て、泰基は息を吐いた。
「どうやら詠唱での発動は、問題なさそうだな」
無詠唱で発動できるようになるためのイメージでの練習を行う前に、普通に発動できるようになっていた方が効率が良い。初級までの練習をする上でそれを感じた泰基は、最初は通常の魔法の練習方法である、「とにかく詠唱を繰り返す」練習から始めるようにしている。
だがそれももう問題なさそうなので、今度はイメージしての練習を始める。思い浮かべるのは、淡く青い光。そして魔法により傷が回復していく様。だが。
「――っ!?」
泰基は目を開けた。イメージが途中で遮られた。ここまで魔法の練習をしてきて、イメージができなくなるなど初めてだった。
「……もう一回やってみるか」
つぶやき、イメージする。傷を回復させるための魔法。そう思ったとき、雑念が交じった。
(この力があれば、渚沙を助けることができたんだろうか)
そんなことができるはずがない。泰基が連絡をもらったときには、すでに渚沙の息はなかった。たとえ魔法であろうと、死んだ者を生き返らせることができるはずがない。それでも、と思った瞬間。
「『光よ。彼の者を癒やす光となれ』――《回復》」
泰基の口から出た詠唱は、水魔法ではなく光魔法の《回復》だった。




