実戦練習
泰基の治療が終了した数日後、そろそろ旅に出るという話が出た。
すると、アレクが「旅に出る前に、六人で魔物の討伐をしよう」と言った。はっきりとは言わなかったが、召喚された勇者二人の実戦練習だ。
その翌日、王都郊外の森へと出かけることになった。リィカが平民クラスの生徒たちと一緒に、魔物と戦った場所だ。
この世界に来て初めて城の外へ出た勇者の二人は、城を眺めていた。泰基は何も言わなかったが、暁斗が「うわぁ、お城だー」と言って、アレクが不思議そうにしていた。
森へと向かう途中、リィカは泰基と暁斗の顔を伺う。二人とも緊張した顔をしているが、それだけだ。けれど、実際にその場面になったらどうなるか、心配になるのだ。
アレクからは、勇者二人の様子に注意するように言われてはいる。その内容は、「相手の殺気に萎縮して戦えない可能性があるから」ということだった。
確かにそれもあるかもしれないとは思う。けれど、問題はそれだけではない。
日本人が殺し合いに慣れているはずもない。たとえ相手が魔物であっても、その命を奪うことができるのか。そして、その場に充満する血の匂いに耐えられるのか。きっとアレクたちは想像もしていないその問題に、気をつけることができるのはリィカだけだ。
※ ※ ※
「よし、では中に入るぞ」
アレクが先頭に立って森の中へと入る。そのまったく足取りに迷いがなく、それはバルもユーリも一緒だ。
今さらだが、この三人は一体どこで実戦練習をしたのだろうかと、リィカは疑問に思う。魔王が誕生したときの戦いぶりから、三人は一緒になって戦った経験があるはずだ。だが、いつそんなことをしたのだろうか。
第二王子と騎士団長の息子と神官長の息子。甘やかされて傅かれていてもおかしくないはずなのだが、そんな様子はない。貴族の事情などリィカにはまったく分からないが、子どものうちから実戦練習をさせられるものなのだろうか。
(そういえば、ダスティン先生とも知り合いっぽかったけど……)
学園での魔物討伐終了後、ダスティンがアレクたちと話をしている姿を見たのだ。それがずいぶん親しそうに見えた。平民であるはずのダスティンと、王子や貴族のアレクたちとどういう接点があるのか、リィカには想像もつかない。
森の奥への道を迷いなく進むアレクたちを見る。リィカは最初、自分が先頭に立つべきかと思っていたのだ。まさか、アレクたちが森の中に詳しいなど、思ってもいなかった。
「止まれ」
アレクが小さく言った。指示で木の陰に隠れる。アレクが指を指した先にいたのは、大山猫だった。
※ ※ ※
魔物とは、体の内側に「魔石」と呼ばれる石がある生き物のことを指す。その種類は、大別して二種類に分けられる。魔王が生み出したとされる魔物と、動物が大量の魔物を吸収することで変化した魔物だ。
魔王が生み出したとされる魔物は固有名がついているが、動物が変化した魔物は、その動物名で呼ばれている。大山猫もその一つだ。魔物の分類としては、一番弱いEランクに分類される。
ちなみに、森にはヤクルスというヘビに似た魔物と、ゴブリンという人を小さくしたような形の魔物がいる。これらは魔王が生み出したとされる魔物で、同じEランクだ。
という説明は、ここへ来る前にアレクたちが泰基と暁斗に行っている。全体的な魔物についての説明はともかく、森の中の魔物についてもとにかく詳しくて、正直リィカも知らなかった事も多かった。
なぜそんなに詳しいのか疑問に思うのだが、アレクたちはそこは何も説明しようとしなかった。
「リィカは一人で倒せるよな」
アレクに声をかけられて、リィカはハッとする。魔物がすぐ近くにいるのに、違うことを考えてしまったと思いつつ、リィカはうなずく。
最初に遭遇した魔物がEランクだったのは幸いだ。数も少なくて、五体のみだ。もっと上のランクだったり数が多かったりすると面倒だが、初めての実戦としては悪くないと思う。
「そうしたら、俺とバル、ユーリ、リィカで一匹ずつ倒すから、残った一匹はアキトとタイキさんの二人で倒してくれ」
「……う、うん」
「……分かった」
暁斗も泰基も表情が強張っているが、それでもうなずいた。
「では、行くぞ」
言ってアレクが飛び出して、バルが続く。
リィカは木の陰から飛び出して、その場で魔法を使った。火の初級魔法《火球》だ。大山猫に命中し、その場で倒れる。
それとほぼ同時に、アレクが、バルが、一匹ずつ魔物を倒す。血だまりに倒れる魔物に、泰基か暁斗か分からないが、息を呑んだ音がリィカの耳に届いた。
「《光球》!」
ユーリも魔法を唱えた。光の初級魔法、無詠唱での発動だ。生活魔法の《光》から始まり、初級魔法も無詠唱での発動がかなりスムーズになっている。
今後は、リィカのように魔法名すら唱えず発動させられるようになるか、中級以上の魔法の無詠唱に取り組むかを悩んでいるようだ。
それでもまだ完全には慣れていないせいか、若干狙いが逸れて、簡単に躱される。けれど、アレクがすかさず斬り付けて倒した。それを見たユーリが若干不満そうにする。それでも何も言わないのは、今日の最大の目的が、勇者二人の実戦練習だからだろう。
あっという間に四匹倒して、残り一匹。
「《水球》!」
水の初級魔法を放ったのは泰基だった。
その様子を見て、リィカは複雑な心境になる。
泰基に「魔法を教えてほしい」と言われた日の夜、泰基の部屋へ行こうとしたらユーリに止められた。
日中は癌の治療を行っているために、魔法を教える時間は夜しかない。だが「夜に、女性が男性の部屋へ行くものじゃない」と言われてしまったのだ。結局、泰基に魔法を教えたのはユーリだった。
だが、泰基が心配だった。泰基は昔から無茶をすることが多かった。あのとき「でも、泰基はすぐ無茶するから」と言いかけたのは、ギリギリで思い留まったが。そんなことを言ったら、変に思われる。
だから、どの程度泰基が練習したのか、……無茶をしたのか、リィカには分からない。
魔法を教えてからおよそ一週間で、生活魔法と初級魔法を使えるようになっている。無詠唱での発動も、順調に習得したらしい。リィカ自身の魔法の習得具合を思い出しつつ考えると、おそらくは相当な練習をしていたはず。
しばらく剣を振っていないという話だから、もし泰基が魔法を使えなかったら、今日の実戦練習に参加もできなかった。そういう意味では、泰基にしてみたら無茶した甲斐はあったと言える。だから今は、目の前の二人の様子に注意するだけだと、余計な考えを振り払った。
暁斗は、泰基が魔法を放つと同時に動いた。その手にあるのは、聖剣グラムだ。
今までの練習では普通の剣を持っていたが、今回は実戦ということで、自らが持つ剣である聖剣を手にしていた。
泰基の魔法は命中するが、倒すまでには至らなかった。けれど動きが鈍った瞬間に、暁斗が聖剣を振り下ろす。その一撃が命中し、大山猫を倒したのだった。
苦戦らしい様子もなく魔物を倒した二人だが、息はひどく切れていた。
――不意に、暁斗がしゃがみ込んだ。どうしたのかと思う間もなく、暁斗は嘔吐していた。
(二人とも、ちゃんと覚悟を決めてきたんだろうな)
剣を振るうということ、魔法を放つということ、魔物と戦うということ。きちんと覚悟を決めて、そして戦った。覚悟をしていたから、萎縮することもなかったし、しっかりトドメを刺すこともできた。
けれど血の匂いは、覚悟だけではどうにもならなかったのだろう。
リィカはしゃがみこんで、嘔吐している暁斗の背中を撫でる。
「がんばったね、暁斗」
そのまま背中をなで続ける。暁斗が落ち着くまで、それを続ける。今することは、暁斗を心配することではなく、覚悟を決めてやりきったことを認めて褒めることだ。
「アキト、その、平気か……?」
暁斗の嘔吐が止まるまでは待っていたのだろう、アレクが戸惑うように声をかける。暁斗は口元を拭って、顔を上げた。
「うん、平気。ごめんね、血の匂いで気持ち悪くなっちゃって。でも大丈夫だから」
「……そう、なのか?」
やはり戸惑ったままのアレクだが、それ以上は聞かないことにしたようだ。その代わりに、暁斗が倒した大山猫へと目を向ける。
「魔石を取り出すところまでは教えようと思ったんだが、やめておくか」
「え、なんで?」
「体を割いて、中から出さないといけないんだが、できそうか?」
「……う、えっと」
暁斗の目が泳ぐ。泰基も見てみると、こちらも似たり寄ったりだ。アレクは少し笑って、暁斗の倒した魔物から、簡単に魔石を取り出した。
「魔石を取り出す程度なら、できなくても俺たちで何とかなるから、気にするな」
取り出した指の太さほどの大きさの石を、袋へ入れる。
魔物の体の内側から取れる魔石は、魔力が凝縮して固まったものだと言われている。この魔石を浄化することで、人が使う魔法を付与することができるようになる。リィカがクレールム村で使っていた《火》や《水》も、魔石に魔法が付与されたものだ。
魔石の大きさは、魔物の強さによっても変わってくる。
大山猫のような最低ランクのEランクでは指の太さほどの直径だが、最高ランクであるAランクだと、人の頭ほどの大きさがあるらしい。
とはいっても、日常生活でそんな大きな魔石が必要となることはなく、Eランクの魔石があれば事足りるのだ。
「さて、では一度城へ戻るか」
「え?」
暁斗が不思議そうに問い返す。出発前にアレクが「何度か戦う」と言ったのだ。だというのに、そのアレク自身が戻ると言い出したのだ。疑問にもなる。しかし、アレクが目を細めた。
「吐いたのに、まだやるつもりなのか?」
その反問に、暁斗は何も言えない。だが、バルの鋭い声が割って入った。
「ゴブリンの群れが近づいてるぞ」
「ああ。――さっさと立ち去ろう」
宣言通りにさっさと身を翻すアレクを見て……、暁斗は拳を握って呼び止めた。
「待って!」
「……なんだ?」
「その群れって、逃げなきゃいけないレベルで危険? それとも、アレクたちなら倒せる?」
暁斗のその顔に何らかの決意を見て取ったアレクが、ため息をついた。
「ああ、倒せる」
「だったら、戦ってく」
予想通りの暁斗の言葉に、アレクは苦笑した。短い付き合いだが、こうなった暁斗が譲らないことは分かる。
「分かった。――タイキさんは大丈夫か?」
「ああ、平気だ」
泰基もうなずき、それで決まりだ。そしてちょうど、ゴブリンが姿を見せる。おおよそ二十匹ほどだ。
先ほどの大山猫と違い、小さいとはいえ人型の姿に、暁斗と泰基が怯む。それを見て、リィカは二人の後ろに立った。
「わたしがフォローする。失敗しても大丈夫だから、思い切り戦って」
「……うん、ありがとう」
暁斗が少しはにかんだ。聖剣を構えると、ゴブリンへと向かっていったのだった。




