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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
九章
114/156

凸の崩壊

 この人は何を言ってるんだ。

 一瞬そう思ったが、ここまで全力で走ってきたのだろう、彼は汗だくになって、微塵もふざけている様子はなかった。


 俺は幹部の面々を振り返って見る。

 それぞれが険しい顔をしている中、空蝉さんだけはやけに嬉しそうな表情だ。


「もっと詳しい状況説明を頼む」


 煙さんは言った。


「は、はい。Anonymous対策部署の連中が、酒井中将を筆頭にデリダ村を検挙しに来ました……。いや、あれは検挙などではない。

 完全に武装した自衛軍が村に押し入ってきて、おそらくここアジトであることが特定されているのかと……。第一防衛ラインの決壊は目前です」


「なんだ、あの無能中将かよ。脅かせるなよな」


 百零さんが肩を竦ませて言った。

 そこまでの脅威ではない敵だが、ここがバレているのが問題なのではないだろうか。

 また拠点を移すとなると、構成員の体力が付いていかない。


「で、敵は何人くらいなんだ?」


「おそらく、二千は超えていると思われます……」


 百零さんの表情が固まる。いや、おそらく全員がその数字に驚愕したはずだ。

 二千だって……? 一体どういう規模で来てるんだ。

 これには溜息さんも少し荒々しく立ち上がる。


観測者(オブザーバー)の自動感知でもっと早く知らせられなかったのか?」


「……間に合わなかったみたいです」


「なぜだ」


「それは後回しだ。全員席に着け。迅速に対策を立てるぞ」


 煙さんの体からシュウと白煙が巻き上がり、周囲に1体の分身ができあがった。

 彼の能力、乖離分身(アバターズ)だ。


「とりあえず分身で地上の様子を確認してくる。君も、第一防衛ラインが突破されたら戦闘を開始するよう地上に伝えてくれ。地下への侵入を食い止めろ」


 煙さんの分身がそう言うと、伝令をしに来た男は返事して、分身と共に急いで会議室から去って言った。

 立ち上がっていたそれぞれが席に着き、その場にいた俺も元の席に戻る。


「応戦を提案する」


 まず最初に、煙さんが言った。

 俺は顔を顰める。

 どう考えても撤退するべきだ。

 そう意見したかったが、相手が煙さんだとそうもいかない。彼は指揮においてはスペシャリスト、常に最善の選択肢を選ぶ。

 俺は煙さんが撤退意見を出すと思っていたから、応戦と決めた煙さんに驚いていた。


「いいねェ」


 空蝉さんの悠長さに苛立つ。

 何がいいんだ。これは相当死ぬぞ。


 それぞれの反応を伺うや否や、煙さんは続ける。


「これはボスと詩道が遅れてきているのにも関わりがあると思っていいだろう。

 俺達がするのは、それまでの時間稼ぎだ。丁度アジトには保有最大数の人数が揃っている。前回の撤退戦とは違って、こちらの戦力も十分だ」


 確かに、地形上撤退は難しいから、そう判断せざるを得ないのは分かる。

 だけど戦力は十分ではないはずだ。地上と地下を合わせても、兵数は千人に満たない。さらにそこから戦えるやつを差し引けば、自衛軍に比べて圧倒的不利だ。


 ボスと詩道さんを除いて幹部が全員揃っているのは強いが、数の差はどうしても埋められない。しかもこれは奇襲なんだぞ。

 セントセリアからの増援も当然あるはず。

 応戦より以前のように撤退した方が立て直しが利くんじゃないか。


 ……いや、もうここは煙さんを信じよう。彼より状況を早く理解できる人は、執行さんを失った今、組織にいない。現に、慌てることなく判断し、わずか十数秒で行動を始めている。

 煙さんはもっと複数の要素を考慮した上でそう言っているのかもしれない。彼がいなければ、俺達は議論で時間を費やしてしまうことだろう。なにせ、曲者ばかりの幹部メンバーだ。


 誰も意見しないのを見て、さらに煙さんは続けた。


「では、コードネーム付きのメイン戦闘員を大会議室に集める」



ーーー



 あれから10分後、幹部を含む各戦闘員が大会議室に集まっていた。

 煙さんがさらに出した分身は二人。彼の能力には上限こそあるが、分身が分身を作り出すこともできるので、今はもっと多くの分身が動いているはず。

 その分身達が状況を一気に拡散し、恐ろしい速度の立ち上がりを見せていた。


 地上ではすでに戦闘が始まっているらしく、地響きがこちらまで伝わってきている。

 煙さんの分身の指揮により、地上はもうしばらく持ちこたえる見通しだが、実質彼は時間稼ぎのために切り捨てたのだろう。


 大会議室の机は雑に撤去され、現在、煙さんが厳選したおよそ50人のメンバーが正装に着替え(着替えてない者もいるが)、正面のモニターに映し出されたマップを見ていた。

 モニターの隣に立つ煙さんが作戦を説明している。


「知っての通り、この地下アジトの入り口はわずか3つ。避難用を含めれば合計9つの出入り口があるが、避難用から侵入される心配はない。この説明は省くぞ」


 モニターにそれぞれの出入り口が拡大表示される。

 まずは掩蔽された地下駐車場と通じる通路。そして地上デリダ村の中央部にある入り口。その入り口と、地下通路の非常口を結んだ線の、丁度中心辺りにある簡易出入り口。

 それぞれが、一度階段と通路を経由してアジトへの侵入を可能にする。


 避難用出口は、元々設置されているわけではなく、各所に埋められた爆薬によって開く形になっている。煙さんが突破される心配はないと言っていたのは、現在出入り口として確立していないからである。


「敵の数は二千強。まともに戦えばまず勝てない多さだ。それに加えセントセリアから続々と援軍が駆けつけてくることだろう。

 だが籠城戦となれば敵ではない。各支部からの援軍を呼び、この3つのポイントだけ確実に守って敵を引きつける事ができれば、挟撃が可能となる」


 なるほど。通路のみを守るのであれば、この少ない人数でも援軍が来るまでの間は持ちこたえられる。


「地上の人員には申し訳ないが、捨て駒になってもらった。元々は末端支部の連中だったしな。大した被害ではない。

 あいつらが時間を稼いでいる間に、配置を割り振る」


 腕時計をチラ見し、手元のタブレットを操作して、煙さんはモニターの画面を変えた。

 映し出されたのは各ポイントに配置される構成員の割り振りだった。

 煙さんが口頭で説明する。


「まず中央部の入り口だが、ここには百零と溜息を配置する。ここが最終防衛ラインだ。死守しろよ」


「おっけ」


「……任せろ」


 中央は百零さんと溜息さんか。確かに、二人なら突破されることはないな。

 百零さんの空間固定があるだけで、敵は侵入できないわけだし。


「駐車場と繋がる地下通路の防衛は、見ての通りだ。駐車場が発見された場合は、ここが広範囲かつ一番の激戦区になるだろう。戦況によっては増員することになる」


 割り振られたメンバーは21人。

 月離さん、ヒキサキさん、空蝉さん、俺、ロール、他だ。


 クソ、俺はここに配置か。いや、最前戦になる可能性が高い簡易出入り口よりかはマシか。

 しかしメンバーが結構ひどいぞ。これで連携なんか取れるのかよ……。


「残ったメンバーが簡易出入り口だ。現在はここが最前戦、地上の奴らはここを死守している。一人として絶対に通すな」


 顔面パンチさん、センなどの広範囲に影響する能力者の名前はモニターに映っていない。どうやら後衛に回されたようだ。


 各員が頷き、静かな闘志で煙さんに答える。


 俺は緊張、というよりは逃げ出したい気分になっていた。

 これは増援の到着がいつになるかにもよるが、半数以上の死者が出ると見た。

 後衛に控えたメンバーといい、まずは俺達50人を消費するという感じだ。


「負傷人がでたらすぐに後衛まで運べ。地下二階の医療班が治療する。

 アジトは戦闘に耐えうる設計はされていないが、物質強化の工作班がアジトの耐久を堅固なものにしている。物理影響の能力者は存分に暴れていい。

 何か質問がある奴はいるか?」


 俺がここで手を上げる。視線が俺に集まった。


「なんだ死音」


「レンガはどうしましょう。一度俺が地上に出て呼び出しましょうか?」


 レンガは、普段デリダには近寄らせないようにしているが、俺が呼べばいつでも駆けつけてくれる。

 この戦いでは大きな戦力となるだろう。

 そう思っていたが、煙さんは首を横に振った。


「いや……、レンガを呼ぶ必要ない」


「……なぜでしょう?」


「レンガは地上の敵と味方を大きく散らすことになる。挟撃を目的とした今回の戦いには向かない」


「でもレンガは……いえ、分かりました」


 反論しかけて、無理やり納得する。

 頭の良いレンガなら俺達に合わせた動きもきっとできるはずだが、煙さんがそう判断するなら仕方ない。


「他に質問は?」


 特にない。そう言った沈黙が数秒流れた。

 煙さんは片手を上げ、質問時間の打ち切りを示す。

 そして息を大きく吸い込んで、彼は言う。


「おそらくこれはAnonymous史上、一番大きな戦いになる。そして、組織の存続と自衛軍の威権を賭けた全面戦争だ」


 隣に立つロールがこちらをちらりと見た。

 とんでもないことになったわね。俺はそんなロールの内心を読み取った。


「敵は二千。にわか仕立ての奴らに対し、俺達は数多くの死地をくぐり抜けた精鋭……。

 一人で40人殺す程度なら、お前らにとっては役不足だろ?」


 肩を竦ませ言って見せる煙さん。少々の笑いが起こり、勿論だという様子の面々。

 士気は十分といったところか。

 情報が入ってから数十分で、よくここまでの準備を整えられたな。


「繰り返すが、奴らは敵ではない。真の理不尽を教えてやるぞ。散れ!」


 応、そんな返事が大会議室に響く。俺はその音を拡声し、士気をさらに底上げする。

 それぞれが、配置場所に向かって走り出した。




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