邂逅の崩壊
空蝉さんは一瞬でこの面倒事を俺に押し付けることを決め、部屋を出ていった。
こういう時の判断力は一流だ。
というか幹部会議に遅刻って、そんなの全然気にしないタイプだろ。全力で引き止めるべきだったか。
どうしようもなく腹の立つ現状を振り返って、俺は状況を整理することにした。
とりあえず、この少女はなんなんだ……?
いきなり現れたかと思えば、謎の言葉を残してこの場で意識を失った。
俺は倒れ込んだ白髪の少女を仰向けに返してみる。
体重はかなり軽い。少女は素肌の上に白衣……というよりは病服一枚のみを着ており、ボタンはめちゃくちゃに掛け違っていて胸元は肌けていた。
気を失っているようだが、心音と呼吸音に異常は感じられない。
顔立ちを見る限り、俺より若い。
マジマジと見てみても、アジトでは見たことのない顔だ。
これは流石に報告するべきなのだろうか。ボスとか詩道さんとか、その辺りに。
しかしそうなってくると俺がここにいたことがバレてしまう。
……だが、後々結局バレそうな気もするのだ。
そうなると、報告しなかった俺の罪は空蝉さんと同じものになるのだろう。
できることならなんとか隠蔽したい所だが……。
そんなことを考えていると、俺はあることに気づいた。
この娘、カードキーを持っていない……。
俺は少女の着ている病服のポケットと、服の中を弄ってみる。しかし、どこにもカードキーはなかった。
……どうやって入ってきたんだ、こいつ。
能力か?
プッと、背後のモニターの電源が消える音。映し出されていた文字の羅列は、黒く塗りつぶされた。
俺は静まり返ったこの空間から早く抜け出したい気分になる。
この少女もどこか不気味だし、俺は後ろにプカプカと浮かぶ脳に、見られているような気がしていた。
「…………」
静寂の空間でしばらく色々と思考を巡らせた結果、俺は何もかもを放置することに決めた。
報告もしないし、この見知らぬ少女の介護もしない。
俺は空蝉さんに巻き込まれただけなのだ。
それに、あんな性格の空蝉さんと、組織の任務を忠実にこなしてきている俺。どちらが信頼されているかなんて分かりきっているだろう。
ならば、俺はこの件についてすっとぼければいい。テキトーな嘘を交えつつ、空蝉さんに全部罪をなすりつけるのだ。
そもそも実際俺は無理やり連れこまれただけなんだから、罪というのも間違っている。
個人的にほんの少しの罪悪感があるだけだ。
そこまで考えた俺は、少女を放置して観測者の部屋を出た。
誰かに見られないよう、辺りを警戒しながら部屋を出た後、俺は自室のあるフロアまで戻る。
そして自室(と言ってもロールとの共有部屋だが)に向けて混んだ廊下を歩いた。
先程の地下5階に比べて、地下2階のこのフロアはやけに人が多い。今日は任務に出向いている構成員の数もかなり少ないらしく、ロールは外出許可を取るのにも少し手間取るだろうと言っていた。
そうだ。すっかり忘れていたが、そういうロールはとっくに部屋に戻ってきてるんじゃないだろうか。
丁度良かった。これでさっさと二週間のバカンスに旅立てば、さっきの件も適当に収まってくれることだろう。時間を置くということは大切だ。
名案を思いついた気分で、やがて部屋まで辿り着いた俺が扉を開けると、中のロールが俺を出迎えた。
「聞いてよ死音」
彼女が第一声でそんなことをいう時は、基本的に愚痴だ。外出許可をとった際に何か腹の立つことがあったんだろう。
俺はそんな予測を立てながら聞き返した。
「どうしたんだ?」
「どうしたもこうも、外出許可がとれなかったのよ」
ロールから予想外の言葉が放たれて、俺は思わず硬直した。が、すぐに持ち直す。
「え? マジで? なんで?」
「地上の交通状況の関係で、今日は外出許可が認められないらしいわ。だから任務受注数も今日は少ないみたい」
クソ、なんでだよ今日に限って。
俺はそんな内心をロールに悟られないように聞いた。
「いつまでなんだ?」
「明日には許可が出せる見通しらしいけど、多分事務は混むと思う。休暇を貰ったメンバーも多いし」
「そうか。じゃあ朝一で許可とりにいこう」
今日をやり過ごせるかも分からないのに。早くこの不安から解き放たれたい。
「……? まあいいけど、なんか乗り気ね」
言いつつ、ロールは部屋の奥に進んで行った。俺もその後を追って、ソファに腰掛ける。
「そりゃあ、早くロールと旅行に行きたいだろ。久々の休暇なんだし」
「もう」
ロールは照れくさそうに笑う。彼女は旅行用の荷物をある程度まとめていたらしく、部屋には色々とロールの私物で散らかっていた。
「で、どこ行くんだっけ?」
「死音は行きたいところないの?」
ここじゃないどこか遠いところに行きたい。かつ安全で、リフレッシュできるところ。
そんな要望はあえて口に出さなかった。
「特にないな」
「じゃあ……そうね。ディールベルなんていいんじゃない?」
ディールベルか。あんまり良い思い出はない街だな。
丁度一年前くらいか。俺達が初めて任務を失敗した街。
あの時は俺を庇ったロールが大怪我をして、その後溜息さんに助けられてなんとか生還できたのだった。
だけどディールベルは良いところだ。海に面していて、観光地としても有名な街である。
ちょうど今の季節は、海開きがされているはずだ。ここからも結構離れてるし、ディールベルは良い案かもしれない。
「ありだな。でもずっとディールベルに滞在するわけじゃないだろ?」
「当たり前でしょ。行く先々で次の目的地を決めたら楽しそう」
ふと、俺の端末が振動する。
取り出して差出人を確認してみると、空蝉さんからだった。
『アレ、どうなった?』
顔をしかめる。
メールに残したら足が着くだろ……。
いや、空蝉さんにとってはそんなことどうでもいいのか。誰もが空蝉さんがそういう人だって分かっているし、その性質上看過されていることも多い。元々円城寺大将に何の策も無しに挑むような怖いもの知らずなのだ。
そう考えるとある意味心強いのかもしれない。色々となすりつける対象としては、申し分ない耐久度だ。
「誰から?」
ロールが聞いてきたので答える。
「空蝉さんからだよ」
「空蝉? 今日って確か幹部会議でしょ?」
幹部会議があることは嘘じゃなかったみたいだ。
「あの人なら会議中でもケータイくらい弄るだろ」
「あー……」
会議では端末などの使用は禁じられていて、最悪始まる前に取り上げられることもあるが、空蝉さんがそんなことを気にするわけがない。
彼は観測者の部屋に勝手に入るような男なのだ。
ケータイの着信音が鳴り響く。また空蝉さんからのメールだった。
「死音、いつのまにアイツと仲良くなったの?」
「違う。あっちから絡んでくるだけだって」
強めの語気で言って、俺は嫌々ながらメールを開く。
『今日の会議はお前にも話があるらしいから来いってよ』
「どうしたの?」
また大きく顔をしかめた俺を見て、ロールは言った。
「いや、会議室に来いって」
「なんでよ」
「知らねーよ」
というか、俺は今休暇中なんだぞ。なんで会議に出ないといけないんだ。
しかし、こうなると行かないわけにはいかない。
空蝉さんの嘘の可能性もあるが、それを確かめるためにも行かなければならないのだ。
「ちょっと行ってくる」
「分かった。待ってるわ」
ロールの了承を得て部屋を出ると、俺は一階下の会議室に向かった。




