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第2の月・水麗月宮 3日
親愛なるお姉さまへ
先日は、ラナの実の砂糖漬けを送ってくれてありがとう!
前回のお手紙を出した日の翌日に着いたのよ。入れ違いだったみたい。お礼が遅くなってごめんなさい。
やっぱり、疲れた時には甘いものが一番よ。
さて、その疲れの原因である例のストーカー王子だけれど、相変わらずしつこいわ。
あっちはただ遊んでるだけなのが分かってきたから、前ほどは不気味な気分にならなくて済んでるけど。でも、イライラさせられるのには変わりないわね。
日々、殺意を洩らさないようにしてるおかげで、表情筋が鍛えられているような気がするわ。
この前の手紙にも書いたけれど、ストーカー男――― もとい、ディ=エルドレン国第4王子ハーウェ・ルド=クロイ=エルドレンシアは、あたしの主、レア・ミュライエの同母兄よ。2番目のね。
1年前に亡くなった第2王妃が生んだ子供で、ハーウェ・ルドの上にはもう一人、ヨスト・リドという兄王子がいるわ。
王宮切っての色男と名高いハーウェ・ルドが、妹姫と似通った美貌の持ち主なのに対し、長兄のヨスト・リドはどちらかというと地味な、ごく普通の容姿。
なぜだか、みんなは甘いマスクのイケメン遊び人弟が好きだというけれど、あたしはいつも優しくて穏やかな兄の方がいいわ。
やっぱり、殿方は誠実さが一番だもの。って言うと、モナエは「やっぱ顔よ」って返してくるんだけど。
それに、ヨスト・リドはとても優秀な文官らしくて、まだ24歳と若いのに、重要な役職に着いてるのよ。それだけで素敵だと思わない?
一度、破廉恥男ハーウェ・ルドにも、「お兄様はあんなに素敵でいらっしゃるのに」って言ってやったら、
「男を見る目がないね、クレアは」
と小馬鹿にしたように笑いやがったの。
ハーウェ・ルドが述べるところによると、ヨスト・リドは容貌こそ並だけど、兄妹の中では一番異性にモテていて、しかも、ちゃっかりしっかり遊んでいるんだって。
「ああいうタイプに限って、女の子を文字通り喰いモノにしちゃうんだよ。だからさ、クレア。君は一途な俺にしときな?」
油断も隙も、あと何の説得力も無く、いつの間にか掴まれていた髪の束に、あいつが口付けを落としてきたので。
間髪入れずに、あたしは弄ばれていた哀れな自分の髪を、持っていた生け花の鋏で切り落としてやったわ。
自分の指に巻き付いたままの髪束を見て、あの男は茫然としてたわね。無理ないけど、ざまあないわ。
とゆーか、 “クレア”って呼び捨てにしないでって、再三言ってるのに。本当にしつこい男。
最近こんな風に、王子に付き纏われているせいで、本来の活動がやりにくくて困るわ。
どこにいても、ひょいと突然現れるんだもの。
つい、そう零したら、エルストがいやに真剣に心配し出しました。
どうやら、あたしがハーウェ・ルドを好きになるんじゃないかと、本気で気にしてるみたい。
冗談じゃないわよ、と思わず胸倉を掴んで怒鳴ってしまったのも、仕方がないでしょう?
破廉恥なナンパ王子だろうが、そのエリート隠れエロ兄だろうが、あたしが恋愛対象として見るはずないじゃない。
王族や貴族なんて、真っ平ごめんよ! 幼馴染なら、それくらい察するべきだわ。
そこまで言い募っても、エルストはまだ不安そうにしていたけど、大丈夫。
今度馬鹿なこと言ったら、9歳の時、村の精霊祭で女装をさせられた時の写真を、城中にばら撒いてやるって念押ししたから。
これで、この先不愉快な思いをすることもないわね。
でも、前から不思議なんだけど、どうしてあの写真をそんなに嫌がるのかしら?
もともと女顔なだけあって、桃色のワンピース・ドレスも、精霊の翅飾りも、とっても良く似合ってるのに。
男の人って、変なところでこだわる生き物だわね?
近頃、殿方が異生物に見えてしまって仕方ない妹
クレア=ハイルより
追伸
先日、切り落とした髪を始末しようと探していたら、先輩侍女より、ハーウェ・ルドが持ち去ったという、恐ろしい知らせを受けました。
何に使う気ですかと問い詰めても、当の本人はにやにやと不気味な笑みを浮かべるばかり。髪も返してもらえません。
…… お姉さま。
あたし、いつか本当にお尋ね者になってしまうかも知れないわ。
以前貰った王女からの免罪符は、どこまで有効だと思う?




