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第2の月・水麗月 11日
親愛なるお姉さまへ
もうこんな時期になってしまったわね、お姉さま。
来月にはついに、〈天輪碑板〉に記された演劇儀礼が行われるわ!
今、王宮は大変なことになっているのよ。だって、国中の貴族や、隣国のお偉い様が勢揃いするんだもの。
この王宮に、塵一つ、曇り一点もあってはなりません! って、侍女長が毎日ヒステリックに叫んでるわ。彼女、本番まで倒れないといいけど。
城内の使用人たちは、てんやわんやの大忙し。
お休みも取り辛い空気で、恋人がいる子たちは愚痴を言っているわ。
まあ、みんなお休みの日に町へデートに出掛けることを楽しみに、日々歯を喰いしばって生きてるんだものね。無理ないと思うのよ。
そんなこんなで、今お城の中では、庭園デートが大流行しているの。
貴族と鉢合わせちゃうような場所はダメ。裏庭の、いつもはあまり人気のない場所限定よ。今は、大人気になっちゃってるけど。
仕事終わりの貴重な時間を割いてまで会いたい人がいるって状況は、あたしには全く理解出来ないわ。
だから、ここに来ることもないって思ってたんだけど、ね。
でも、今日初めて行ってきました。
…………。
あ、勘違いしないでね。彼氏が出来たわけじゃないから。
エルストがね、定期的に行ってる打ち合わせを、あの庭でやろうって言ってきたのよ。
期待させちゃったかしら。ごめんなさい?
あたしがこの城で働き始めた時から、ずっと欠かさずに行ってきた、侍女として収集した情報の報告と、指示の受領。
王宮での計画の中心にいるのはエリオトおじさんだから、本当は直接指示を受けた方がいいんだろうけど。魔法師団長を務めているおじさんと、一侍女に過ぎないあたしがコソコソと頻繁に会ってたら、怪しいことこの上ないものね。
あたしはどちらかというと小柄で童顔だから、おじさんがロリコンだと誤解されちゃう。
だから代わりに、エルストが伝令を務めてくれてるってわけ。
そうそう!
エリオトおじさんと言えば、もうお姉さまの耳にも入っているかしら?
つい先日、おじさんが儀礼の最高責任者に抜擢されたのよ! びっくりよね。
これまで、他の魔道師団長が責任者になってたんだけど、急にその方が病に倒れたらしくて。それで急遽、おじさまが任命されたの。
療養のために田舎に帰ったっていう前任者には申し訳ないけど、幸先いいわよね。
で、話を元に戻すけど。
手紙の冒頭に書いた通り、今現在、儀礼の準備に追われた人たちが、大勢王宮内を行き交ってるの。政務官から使用人、商人に至る色んな人がね。
普段は使われていない部屋だって、急に誰かが飛び込んできても、不思議じゃない状態だわ。おちおち秘密の会話なんて出来ないの。
だから逆に、男女二人組が居ても当たり前になってる、あの裏庭なら怪しまれることがないって、エルストが思いついたのよ。
デートに見せかければ、長時間話してても不自然じゃないって。
時々、嫌なこと言ってくるけど、頭だけは本当にいいわよね。エルストって。
というわけで、デートの人気時間である夜に待ち合わせをして、二人で庭に出かけました。
エルストが話してくれたんだけど、魔女様は、計画通りに銀月姫に接触して、骨牌を渡すことに成功したんですって。さすがね!
そしてさらに、ヴォロンディの呪いを解く術に関する明確なヒントを、姫にお与えになったらしいわ。その内容までは教えてくれなかったんだけど、魔女様が直接お伝えになったのなら、間違いはないと思うの。
そして、ここからが肝心。
おじさまから託された、あたしのこの王宮での役割が伝えられたの。
それは、情報操作。
まあ、その言い方は大げさ過ぎるかも。
つまりは、仲間内へ噂を流して欲しいってこと。
計画通り、銀月姫と魔法使いが正規の儀礼ルートを外れ、行方をくらませたとすれば、王族によって拘束されている他のヴォロンディ一族の身が危ぶまれるかもしれない。
もちろん、〈誓約対象〉である王族が、一族を害することはないだろうけど。でも、王宮内にいる〈誓約魔術の真実〉を知らない連中の動きまでは読めないわ。
だから、計画と儀礼が無事に終了するまで、あたしたちが一族を守る必要が出てくるの。
危害を加える行動が為されないよう、まずは風潮や空気を制さなければならない。その為に役立つ噂を調節しながら流せば、一助になるかもしれない、でしょ?
もちろん、肝心な部分のお仕事は、他の熟練工作員がやってくれる手筈よ。あたしは、そのお手伝いに過ぎないわ。
でも、侍女の噂拡散効果って、効き目絶大なんだから!
派手なお役目ではないけれど、全力を尽くして頑張るわ。
エルストは、エリオトさんとは部隊は異なるけど、儀礼実行部隊に加わるんですって。
彼は、銀月姫とヴォロンディ当主の行方捜索に関する情報撹乱をしなきゃいけないから、結構危ない橋を渡ることになると思うわ。
だから、心配してあげたっていうのに、エルストのやつ、あたしの方がドジ踏みそうで心配だっていうのよ! ほんとに心底失礼なやつ!
儀礼までに、エルストがこうして指示を運んで来ることが出来るのは、あと1回くらいですって。
だから、今度は二人で何としても休みを取って、街のカフェで打ち合わせをしないかって誘われたの。
そりゃ、エルストは任務前だから特別休暇がもぎ取れるのかもしれないけど、侍女はお休みが取りにくいのよ。先輩に睨まれちゃうじゃない、ってあたし言ったわ。
でも、エルストがどうしても、って。
こわーい侍女長の顔を想像しながら、あたしが散々渋ってたら、最後には「ここで断って、もし計画中に僕が死んだら、君後悔するよ?」って言って、脅してきたのよ? 信じられる?!
本当に腹が立つけど、あまりに食い下がってくるので、仕方なしに行ってくることにするわ。
それにしても不思議ね。なんで、あんなにカフェに行きたがるのかしら。
大仕事の前に、甘いものでも食べたくなったとか?
あのお店のスイーツ、蕩けるように美味しいって評判だものね。あたしが前に好きだって言ったから、覚えてたのかもしれないわね。
ねえ、お姉さま。
こうして、日々、どんどん計画実行に向けて、動きが強まっているわ。
今度こそ、魔女様の願いを――― それだけを目指して。
前回のお手紙でも、あたしのことを気遣ってくれてありがとう。
でも、大丈夫よ。
あたしは、独りで戦っているわけじゃないから。だから、大丈夫。
お姉さまの出産予定日も、もうすぐね。
あたしも頑張るから、お姉さまはお姉さまの戦いを頑張ってね。
遠い空の下で、お姉さまと赤ちゃんの無事をお祈りしています。
あなたの妹、クレア=ハイルより
追伸
エルストと裏庭で会った次の日、王女の部屋に着く直前で、ハーヴェ・ルドに捕まりました。
どこでどうやって、どんなふうに聞いたのか知りませんが、夕べ、男性と二人でデートスポットに出かけたことを、ひどく問い詰められたの。
始めは、打ち合わせのことがバレたのかと思って冷や冷やしたけれど、どうも違うみたい。
笑ってるのに、目が笑っていない変態に、壁際に追い詰められることほど怖い状況はないと知りました。
偶然通りかかったレア・ミュライエが飛び蹴りで助けてくれなかったら、どうなっていたことか……。
明日から、廊下を歩くときは、催涙スプレーを携帯しておこうと思います。




