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翌日の放課後、クラス展示の作業中、俺はこまめに宇野さんの様子を窺っていた。
相変わらず彼女は男子たちから声をかけられて大変そうだったので、アイコンタクトがあったらすぐ動けるようにしていたのだ。
「...なんか、太星、ずっと宇野さんのこと見てるな。」
一緒に作業していた優吾にそう言われた。
「男子たちから声かけるのを無視するのも限界があるから、頃合いを見計らって声をかけて連れ出してほしいって言われてるんだよね。
昨日は大変だったから、助けて欲しかったってさ。」
「へぇー...ボディーガードみたい。」
「俺じゃ、ひょろひょろだけどね。」
ボクシング部の優吾みたいに強ければ、俺が宇野さんを助けにいっても納得するかもしれないけど、俺みたいな文化系が行っても、なんでお前が?という視線を受けるだけである。
でも彼女と約束した以上、それを破るわけにはいかない。
...本当に針千本飲まされるかもしれないし。
俺がそう思ってる間にも宇野さんは黙々と提灯作りを続けていた。
「...なんか、太星、宇野さんにいいように使われてない?」
琢磨は苦笑いしながら俺の様子を見ていた。
そのタイミングで、作業が一段落した様子の宇野さんが俺の方を見たので、連れて行って欲しいという合図だと思った。
「なんか、呼ばれてる感じだから、行くね。
残りの作業お願いします。」
「おー、いってらっしゃい。」
優吾たちにそう告げて、俺が宇野さんのそばまで行くと、一緒に作業をしていた女子4人と、宇野さんに話しかけていた男子たちがこちらを見た。
男子たちからは明確な敵意を感じ、女子たちは好奇心に満ちた眼差しを向けている。
彼らの視線を受けて、一瞬怯んだけど、深呼吸をしてから、俺は声を掛けた。
「宇野さん、そろそろ行こう。
ごめんね、みんな、宇野さん借ります。」
俺がそう言うと、宇野さんは花が咲いたようにパッと明るい笑顔を見せた。
俺は部活の時、彼女が楽しそうに笑う姿をよく見るけど、教室では貼り付けたような作り笑顔しか周囲に見せないので、宇野さんの表情を見た同級生たちは驚いているようだった。
「うん、分かった。」
宇野さんはそう答えると俺に手を伸ばしてきた。
床に座ってるので、立ち上がるのを手伝って欲しいらしい。
俺はその手を取って彼女を立たせた。
相変わらず手がとても冷たい。
そんなことを考えていると、その様子を見ていた生徒たちが息を呑み、無遠慮な視線を向けてきた。
...なんかこれ、勘違いされそうじゃない?
「ごめん、みんな、行ってくるね。
あとは任せます。」
彼女は話している間も俺の手を握っていて、俺は彼女と手を繋いだ状態で、廊下に出た。
教室の方を振り返ると、教室の扉から何人かが立ち去る俺たちの姿を凝視していた。
...これ絶対に誤解されてるな。
宇野さんは、そんなことを気にするそぶりを見せずに、俺の手を繋いだままどんどん進んでいく。
当然、廊下にいる生徒たちは俺たちを驚いた様子で見ている。
これは流石に目を引きすぎる。
「...宇野さん、手、繋いだままだと、目立ちすぎるから、離したほうがいいんじゃない?」
俺がそう声をかけると、彼女は昨日と同じように振り返って俺を見てきたけど、昨日と違って、なんだか機嫌が良さそうだった。
「今日は助けてくれたから、嬉しくて。」
彼女は満面の笑みで答えた。
「...えーと、約束したからね。
あんな感じでよかった?」
「うん、ばっちり。
...色々見せつけられたし、これで大丈夫だと思う。」
彼女の言葉の意味は、正直よく分からなかったけど、とにかく機嫌が良いことは分かった。
「...なんか、宇野さん的にOKなら良かったよ。」
しかし、そんなやりとりをしている間も彼女は俺の手を離さない。
「...宇野さん、この前俺が手を掴んだ時、周りから誤解されるから、離したらって言ってたけど、今日は良いの?」
「今日は良いの。」
またしてもよく分からないけど、言い切られてしまった。
「さぁ、行こう。」
そう言ってから、彼女はまたずんずん歩き出し、結局、理科準備室に着くまで手を繋いだままだった。
戸惑ったけれど、彼女の手は温めても冷たいままなのか、ずっと気になっていたので、俺はこの機会に確かめていた。
俺がどれだけ手を握って熱を送っても、ずっと冷たかったので、やはり宇宙人の体温の低さは一定に保たれているのだと分かった。
翌朝、俺が教室に入ると、クラスメート全員の視線が一斉に自分に向けられたので、入り口で怯んでしまった。
好奇心から、敵意まで、さまざまな感情が込められた視線を受けながら、足早に席に着くと、優吾が声をかけてきた。
「太星、さすがに目立ちすぎ。
あれでただの同級生は無理がある。」
優吾は苦笑いしながら話していた。
「...そんなに目立ってた?」
「うん、太星達が全員の前で仲良く手を繋いで教室から出てった後、皆、大騒ぎしてた。
俺と琢磨は、太星と宇野さんが付き合ってるのか聞かれまくった。
大変だったんだから。」
「...それは、ごめん。」
「本当に付き合ってないの?」
「うん、付き合ってない。」
「...百歩譲ってそれを信じるにしても、太星、前は女子に慣れてないような感じだったじゃん?」
優吾の言う通り、俺は女友達もいないし、クラスの女子とも話しかけられたら話す程度だ。
話し慣れている女子といえば真由子さんくらいで、初めて女子と話す時は普通に緊張してしまう。
宇野さんは宇宙人だと分かってるから、逆に意識せずに会話できるのだ。
「付き合ってもない女子と、照れずに手を繋ぐなんて、成長したというか、慣れてしまったというか、チャラすぎるというか...どんな心境の変化?」
「うーん...なんて言うか、うまく説明できないけど、宇野さんはそういうんじゃないから、逆に緊張しないというか...そもそもなんで手を繋がれたか分からないというか。」
「...普通に、太星のことが好きだからじゃないの?」
「...それは違う。」
「いや、なんで言い切れるの。」
「...違うんだよ...。」
俺の歯切れの悪い返答を見て、それまで黙っていた琢磨が口を開いた、
「じゃあ、男避けのダミーにされてるんじゃない?
偽の彼氏でもいれば、やたらモテることもないでしょ。」
確かに、フリーだと思われてるから、声をかけられるのであれば、彼氏持ちということにして、告白されないようにするのは、一理ある気がした。
「えー、でもあの感じは本当っぽかったけどなー。」
「冷静に考えて、あれだけの美人がなんで太星を選ぶんだよ。」
「そりゃそうだけど、好みは人それぞれだからさ。」
なんだか2人とも、俺に失礼なことを言っている気がしないでもないけど、とにかく、宇野さんが俺を好きだという予想も、宇野さんが俺を男避けのダミー彼氏にしてるという予想もどちらも違う。
俺はあくまで、彼女の協力者なのだ。
そんなことを考えていると、宇野さんが教室に入ってきた。その瞬間から、クラスメイトの無遠慮な多くの視線が彼女に向けられていたが、彼女はそんなことは気にもかけず、平然と席に着いていた。
宇宙人は心臓が強いのかもしれない。
その日の放課後、理科準備室で作業する宇野さんはなんだかご機嫌だった。
そんな彼女とは対照的に、俺は今日1日、男子からの敵意に満ちた目線と、女子からの好奇心に満ちた眼差しにさらされて、結構、疲れてしまっていた。
ずっとクラスでも目立たない立ち位置で過ごしていた自分が、こんな風に注目を浴びるのは人生で初めてだった。
「...なんか、天川くん元気ないね?体調悪い?」
「...いや、体調は大丈夫、ただ...」
こうなったのは宇野さんが、みんなの前で俺と手を繋いだせいだと思ってしまうけど、俺も自分の好奇心で、彼女の手を離そうとはしなかったので、宇野さんだけのせいにするのは良くない。
どう伝えれば良いか分からず、唸っていると、俺の様子を窺っていた宇野さんが口を開いた。
「...もしかして、私と付き合ってるって皆に噂されるのが嫌だった?」
そう言われて、驚いて彼女の方を見ると、少し不安げな表情をしていた。
「...私と付き合ってるって疑われるのストレス?」
重ねて聞いてくる彼女の表情は悲しそうだった。
「いや、宇野さんが嫌とかじゃなくて...俺、今まであんな風に注目を浴びることがなかったから、見られることってこんなにストレスなんだなって思い知ったっていうか。
宇野さんはいつもこんな風に人から見られてるんだなって思うと...美人って本当大変だなって改めて、思ったよ。
...むしろ、宇野さんは、俺と付き合ってるって勘違いされるの嫌じゃないの?」
「全然嫌じゃない。」
あまりにも即答だったので驚いた。
しかも彼女はそれが当然という表情をしていた。
「人の噂なんて、聞き流しておけば良いんだよ。
みんな、好き勝手に言ってるだけだから。
そのうちまた別の噂が流れれば忘れられる程度のことだよ。」
恐らく今まで何度も噂を流されたことがあるであろう彼女が、そう言い切るのは説得力があった。
確かに人の噂は七十五日とも言うし...。
まぁ、そんなにすぐは切り替えられないけど、別にいじめられてるわけではないので、彼女の言う通り、気にしなければ良い気もする。
「そっか...宇野さんが言うならそうなのかなって気がする。
今までこういう経験をしたことも多いだろうし。」
「そうそう。気にしないのが1番だよ。」
彼女はそう言うとにっこりと微笑んできた。
「それに、私は噂になるなら、天川君が良いし。」
...これはどう捉えれば良いんだ?
...いや、まさか優吾が言ってることが当たってるなんて訳はない...はず...
「だって、天川君は協力者だもん。
お互いに口裏合わせて、噂も否定できるし、困った時は相談し合えるし。
本当に助かる。」
「...そうだね、うん、良かった、良かった...。」
一瞬、俺のことが好きで噂になってもいいという意味だと勘違いしかけた自分が恥ずかしくて情けなくて、思わず机に突っ伏してしまった。
今、俺の顔はきっととんでもなく赤い。
...元の顔色に戻るまでこのままでいよう。
しばらくして、自分の顔の熱さを感じなくなった頃に顔を上げると、宇野さんは今まで切り分けたダンボールを愛おしそうに見つめていた。
「頑張って作ってきたね。
早く完成したプラネタリウム、見たいな。」
彼女の瞳は期待でキラキラと輝いていて、俺はその目を見て…とてもキレイだと思った。
…早く出来上がったプラネタリウムを見せて、彼女を喜ばせたい。
「...うん。結構圧巻だよ。
ちゃんとした作りになってるから。」
「さすがJAXA監修なだけある。
楽しみだなー、残りも頑張らなくちゃ。」
その後、俺は気合いを入れ直して、宇野さんと2人で黙々と作業を続けた。




