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翌日の放課後、届いたダンボールと白いケント紙、スプレーのりを宇野さんと一緒に開封した。
「へー、ダンボール大きいね。」
「うん。プラネタリウムが8人くらい入るサイズだから、ダンボールもこれくらいの大きさが必要になるんだよね。
前日までは理科準備室に置いておくことになるから、小さいパーツから切っていこう。」
製作の工程は、ダンボールにスプレーのりで白いケント紙を貼り、設計図通りに線を引き、カッターでダンボールを切るというものだ。
机だけだと狭いので、俺は床、宇野さんには机で作業していた。
「...ダンボールって結構硬いね。カッターの刃が進まない...。」
「厚めの定規を当てて切ると、切りやすくなるよ。」
「...本当だ。さすが、去年もやってるだけある。」
「先輩たちからの受け売りだけどね。」
新品のダンボールは硬く、思うように刃が進まないことが多い。
去年の作業で手こずっていた俺に、真由子さんたちが教えてくれたのだった。
「痛っ!」
「大丈夫?」
宇野さんが声を上げたので、近づくと、カッターの刃で指を切ってしまっていた。
傷口から血が滲んでいる。
「ごめん、大きい声出しちゃって。
大したことないから。傷洗うね。」
宇野さんは理科準備室の小さな洗面台で傷口を流していた。
「これ、ティッシュで押さえて。」
俺は備品の箱ティッシュを数枚手に取り、傷口を流し終えた彼女に渡した。
「ありがとう。助かる。」
彼女は傷口を強く押さえて、止血していた。
「血、止まりそう?傷、深い?」
「いや、そんなに深くないから止まると思う。」
俺は自分のバッグから絆創膏を取り出した。
「止まったら、絆創膏貼ろう。」
「すごい、準備いいんだね。」
彼女は意外そうな表情をしていた。
「去年、俺もこの作業で何度か怪我したから、今年も使うだろうなって思って、持ってきたんだ。」
「なるほど、じゃあ、ありがたく使わせてもらうね。」
「待って、片手で貼るの難しいでしょ?
俺が貼るから、手、出して。」
俺がそう言うと、彼女は少し驚いた表情をした後に、おずおずと手を出してきた。
傷は直径5mmほどでそこまで深くはないようで、血もうっすら滲んでいる程度だった。
これくらいなら絆創膏でカバーできるだろう。
彼女の傷口に絆創膏を貼ると、彼女の手は、やっぱりとても冷たかった。
「...前から思ってたんだけど、宇宙人って体温低いの?
宇野さんすごい手が冷たいから。」
俺はそう言いながら、彼女の指先を掴んでまじまじと見ていた。
「...うん。地球人よりはね。」
「なるほど、変温動物なら、外気温に合わせるから、まだ気温高いし、暑くなるよね。
そもそもの体温が低く設定されてる恒温動物なのかな。」
「...地球のルールを宇宙に適応するのは難しいんじゃない?」
「...それもそうだね。」
自分の中の知識だけで、考察していることがおかしくて、笑いながら彼女の顔を見ると、なぜか彼女は少し不機嫌そうだった。
「...いつまでも私の手、触ってたら、誰か来た時に勘違いされるんじゃない?」
そう言われ、自分が彼女の許可も得ず、指先を触ったままであることに気づいた。
しかも彼女の言うとおり、誰かに目撃されて、俺たちが付きあっているかもしれないと思われ、注目されてしまうと調査に支障を来してしまうかもしれない。
自分が興味を持ったことに夢中になると周りが見えなくなる、俺の良くないところが出てしまった。
「あ!ごめん!嫌だったよね、ベタベタ触って。
前から宇野さんの手が冷たいのってなんでだろうって思ってたから、好奇心だけで動いてた…本当にごめん。」
即座に彼女から距離を取って、頭を下げた。
「...下心はなさそうだし、誰にも見られてないから、今回は許してあげる。」
「...下心は神様に誓ってないです…ごめんなさい...。」
申し訳なさと、周りが見えていなかった恥ずかしさから、頭を上げられないでいると、そんな俺を見て我慢できなかったようで、宇野さんは吹き出た。
「あはは、もう良いから、ね。
一緒に続きやろう。」
彼女がそう言ってくれたので、その後は傷口が痛むであろう宇野さんにはダンボールに線を引く作業だけをしてもらい、カッターでダンボールを切る作業は、俺が請け負った。
その日から放課後は理科準備室で宇宙天文試験の勉強と、ダンボールを切る作業をそれぞれ1時間ずつ行なうようになった。
お互いにその作業にも慣れて、初日以降、怪我をすることなく順調に準備は進み、文化祭まで残り1週間になると、正式に文化祭の準備期間となり、放課後にクラス展示の準備作業も始まった。
うちの高校で、飲食系の模擬店ができるのは3年生だけなので、2年生の俺たちのクラスは、お祭り風の飾り付けをして、ストラックアウト、ボーリング、輪投げをやることになっていた。
部活ごとに展示を行うのは、天文部を含めて、3つの部活のみなので、大部分の生徒はクラス展示の準備作業を行い、当日もそちらで働くことになる。
俺と宇野さんは文化祭の準備期間中、クラス展示の準備作業を1時間ほど手伝ってから、天文部のプラネタリウムの準備作業を行うことになっていて、当日はプラネタリウムの運営に専念する予定だった。
「太星、そっちのダンボールに絵の具塗って、赤で。」
「この丸いやつ?」
「そうそう、2個ともお願い。」
「あれ、こっちは青でいいんだよな?」
俺は琢磨、優吾と一緒に、飾り付けのダンボールの色塗りを任されていた。
2人は準備期間はクラス展示の作業を行い、前日から当日にかけては天文部の手伝いをしてくれることになっていた。
「宇野さん!宇野さん!花火の色、赤と黄色どっちがいいと思う?」
「...私、こう言うのよくわからないから…夏美ちゃんどう思う?」
「うーん、私は、赤かな?」
「えー、宇野さんの意見も教えてよ。」
「ちょっと、宙ちゃん困らせないでよ、しつこいな。」
黒板の下で、床に座りながらお祭り風の提灯飾りを作っている宇野さんに、クラスの男子たちが、代わる代わる何度も話しかけていた。
あと少しで俺と宇野さんはプラネタリウムの作業をするために、教室から出ていくので、彼女がいなくなる前に、少しでも彼女との距離を近づけたい男子たちが、群がっているようだった。
宇野さんは、ずっと硬い表情で、いつも一緒にお昼ご飯を食べているクラス委員の千島夏美たちから離れず、男子との交流を拒んでいるようだった。
「相変わらず大人気だな、宇野さん。
でもあの様子だと男嫌いなのかな。」
俺の横で作業をしていた優吾が、宇野さんが男子と関わらないようにしている姿を見ながら、話していた。
「あれだけ美人だと、普通に接するだけで、勘違いされて、すぐに好かれちゃうから大変らしいよ。
だから素っ気なくしてるって言ってた。」
「なるほどなー、確かに、噂で聞いただけでも20人以上から、告白されてるらしいしね。
全部その場で断ってるみたいだけど。」
以前聞いた時点で6人から告白されたといっていたので、そこからさらに記録を伸ばしていることに驚いた。
そういえば、放課後、理科準備室に来た時に、彼女が心なしか、ぐったりしている日が、まぁまぁの頻度である気がするので、おそらくあの状態の日は告白されているのだろう。
やっぱり美人は大変だ。
「そう考えると太星すごいな。
どうやって信頼を勝ち取ったの?」
「うーん...。俺が無害そうだからじゃない?」
優吾に聞かれ、当たり障りのない返答をしておいた。
本当は彼女がカマドウマに似ている宇宙人で、協力者になったから友好関係を築けていることはもちろん伏せた。
「ふーん...。
俺はそれ以外に理由がありそうな気がするけどな。」
優吾は明らかにニヤニヤしていた。
だから、俺と宇野さんの間には誓って恋愛感情はない。
「男と接するの避けてるなら、俺たちが天文部の手伝い行っても大丈夫なの?
警戒されるんじゃない?」
琢磨が絵の具を混ぜながら、さらりと話題を変えた。
「あぁ、それなら大丈夫だよ。
優吾は可愛い彼女のことしか見てないし、琢磨は自分に興味がないのが分かるから安心だって言ってたから。
2人こそ、宇野さんから信頼得てるよ。」
「おぉ、宇野さんそんな風に言ってたのか...。
まぁ、確かに、俺にとって、世界一可愛いのは亜季だから、そこは信用してもらえて嬉しい。」
優吾は顔色ひとつ変えず、ノロケていた。
2人は、側から見ていて恥ずかしくなるほどラブラブで、彼らだけの世界を作り出している。
誰も間に入れないないのは明白だった。
「...結構、よく見てるんだね、周りのこと。」
琢磨は感心したような表情で宇野さんのことを見ていた。
実は、宇野さんがどうして琢磨は自分に興味がないと判断したのか、よく分からなかったのだけど、琢磨のリアクションを見る限り、彼女の読みは当たっていたらしい。
そんなことを3人で話していると、宇野さんがこちらにやってきた。
「天川君、そろそろ行こう。」
「あ、そうだね。もう1時間経ったか。
ごめん、あとの作業よろしくね。」
俺が優吾と琢磨に声をかけてから、宇野さんと連れ立って教室から出て行こうとすると、扉の前で、数人の男子たちが立ち塞がってきた。
「宇野さん、天文部の仕事大変なら、俺たち手伝うよ。
天川も、人数多い方が捗るだろ?」
彼らの目からは、宇野さんへの下心と、”お前ばかり彼女を独占しやがって”という怒りが透けて見えた。
みんな、俺はただの協力者だし、宇野さんの真の姿はカマドウマだよ。
そんなことを考えながらどう答えようか迷っていると、
「申し出ありがとうございます。
ただ、天川君と2人で充分終わる作業量だから、お気持ちだけ受け取っておきます。
行こう、天川君。」
宇野さんはやけに丁寧に彼らの申し出を断ってから、俺の腕を引いて、彼らを避けて廊下に出ていった。
ふと後ろを振り返ると、彼らの恨みに満ちた視線が俺に注がれていた。
だからみんな、宇野さんの真の姿はカマドウマ星人なんだってば。
彼女はしばらく俺の腕を引きながら、早歩きで歩いていた。
すれ違う人々が、俺たちの様子を見て驚いているのが分かる。
調査のことを考えると、人目につく行動は避けた方がいいんじゃないだろうか。
「宇野さん、俺1人で早歩きできるから、腕、離してもらっても大丈夫だよ。」
俺がそう言うと、腕を離した彼女が、振り向いて俺のことを見た。
彼女は頬を膨らませて不満そうな顔をしていた。
「...天川君、もっと早く教室から出たかったよ私。
見てたでしょ?質問攻めに合ってたの。」
「あぁ...大変だったね。」
「もう...男子からは好かれないように、話さないのに必死だったし。
それでも、私に話しかけてきた男子のことを好きな女子からは冷たい視線浴びるし。
天川君に助けてって視線で訴えかけても、早野君たちと話してて、気づかないし。
夏美ちゃんに助けてもらうのにも限界があるんだから。」
彼女に一気に不満を捲し立てられて、驚いてしまった。
でも、確かに彼女のことを話題にしていたにも関わらず、彼女がここまで困っているとは想像できていなかった。
「ごめん、そこまで困ってるって気づかなくて...。」
「...文化祭期間ってみんな浮き足立ってるから、普段よりも思い切った行動する人多くて、困るの。
もうこれ以上誰かに告白されるのはうんざり。」
彼女はため息をつきながら嘆いていた。
「大変だったね...ごめん、鈍くて。
流石に、クラス展示の手伝いを全くしないのは反感買うからできないけど、もう少し早めに俺から声かけるようにすればいいかな?」
俺が彼女の様子を窺いながら尋ねると、彼女は一呼吸置いてから、
「うん。私が天川君のことを見たら、声かけて欲しい。
ちょっと早めに作業しなきゃいけないとか、冨樫先生に確認しなきゃいけないとか、理由をつけて。
...もちろん自分でも気をつけるけど、自衛するには限界があるから。
天川君が頼りだから、困った時は...助けて欲しいの。」
そう言いながら上目遣いで俺のことを見てきた。
頼られているのに応えないなんてことはできない。
なぜなら俺は、彼女の協力者なのだから。
「分かった。頼ってくれてありがとう。
俺、ちゃんと見てるし、何かあったらすぐ駆けつけるから。」
そう答えると、彼女はほっとしたような表情をしてから、右手の小指を出してきた。
「指切りしよう。約束ね。
破ったら本当に針千本ね。」
そう言って彼女はニヤリと笑った。
宇宙人との約束を破ったら、本当に針を千本飲まされそうだなと思い、おかしくてちょっと笑ってしまった。
「うん。守るよ。約束は。」
そう答えて彼女と指切りをした。




