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2人でおしゃべりしながら腹ごしらえを終えて、屋上に向かった。
日はすっかり暮れていて、町外れにある校舎の屋上から見上げると、既に多くの星が見えていた。
屋上の倉庫から保管している望遠鏡と折りたたみ椅子2脚、ランタン型のライトを運び出し、セッティングをして、彼女がライトの明かりに照らされた星座早見盤を確認している間に、俺は望遠鏡の設定を終えた。
「宇野さん。今見えてるのが秋の四辺形。覗いてみて。」
俺は彼女に声を掛けて、望遠鏡を覗いてもらった。
秋の四辺形は秋の夜空の星座探しのポイントになる星だ。
ペガサス座の胴体に相当するのでペガサスの四辺形とも言われる。
「…見えた、きれい。
周りの星よりも光って見える。」
「秋って、暗い星が多くて1等星は1個しかないから、これを目印にすると星座が探しやすいんだよ。」
「なるほど…地球から見るとこんな感じなんだね。」
「うん…宇宙人らしい感想をありがとう。」
俺がそう言うと、彼女は軽く笑った。
「じゃあ、宇野さんの誕生日のやぎ座探そうか。交代してもらえる?」
そのあと、やぎ座が見えるように調整して、また彼女に覗いてもらった。
「…これがやぎ座ね。
由来は可哀想だけど…きれい。」
彼女はそのまま、しばらく望遠鏡を覗いていた。
ふと、その横顔が寂しそうに見えた。
広い宇宙から選ばれたこの星で、任務を果たすために、たった1人でやってきた彼女。
宇宙人と仲良くなれた喜びで、考えが及ばなかったけれど、もし、俺が1人で生まれ故郷から遠く離れた場所で、仕事をしなければいけない状況だったら…きっととても心細いんじゃないだろうか。
「…宇野さん、元の宇宙船に戻りたいって思ったりする?」
俺がそう声を掛けると、彼女は望遠鏡から顔を離して、俺のことを見た。
薄暗くて彼女の表情は、よく分からなかったけど、俺の言葉を真剣に聞いているようだった。
「…地球で、1人で任務をするって…寂しくなったりするかなって。」
俺が話している間、彼女は俺から目を逸らさないまま、黙っていて、しばらくしてから口を開いた。
「…私、ずっと、ここから出たいって思ってたの…宇宙船にいた頃。
あそこは安全で、平和に過ごすには一番なのかもしれないけど…
ずっと窓の外の景色を眺めて、どこか遠くに行きたいって思ってた。
気になって仕方なかったの。
もし、辛い思いをするとしても、ここでずっと同じ毎日を過ごすより、外に出て、ここでは経験できないことをしてみたいって。
好奇心が強い方なんだよ、私って。
地球で任務を初めてしばらく経って、もちろん、大変なこととか辛いこともあった。
でもね、美味しい食べ物を食べて、宇宙船では見ることができなかった、たくさんのものを見られて、すごい幸せなんだ。
それに、今は、天川君と仲良くなれた。」
そう言うと彼女は薄暗い中でも分かるくらい、優しい笑顔になった。
その笑顔を見て、正直ドキッとしてしまった。
「だから、ここでの任務、今までよりずっと楽しい。
心配しなくても、大丈夫だよ…これからもよろしくね。」
そう言うと、彼女は右手を出してきたので、俺は彼女の手を握って握手をした。
やっぱり彼女の手はとても冷たくて、彼女がこの星の人間ではないことを再認識させられた。
「...うん。こちらこそ、よろしく。」
俺も笑顔でそう応えた。
2人でその後、2時間ほど天体観測を続けた。
彼女の家というか、彼女が待機場所と言っているところと帰る方向が同じだったので、一緒に歩いて帰っていた。
「天体観測楽しかった。2週間後も楽しみ。」
「よかった。飽きちゃうんじゃないかなって、ちょっと心配だったんだ。
俺は何時間でも望遠鏡覗いていられるタイプだから。」
「飽きなかったよ。
地球から見える宇宙を再認識できて楽しかった。
星座も…由来に目をつぶれば見つけるの楽しいしね。」
そのまま話しながら歩いていると、ある曲がり角で、彼女は立ち止まった。
「もうすぐ待機場所に着くから、ここまでで大丈夫。
送ってくれてありがとう。また明日ね。」
「うん。また明日。」
俺は彼女が曲がり角の先に消えていくのを、見送った後、歩いて10分ほどのお父さんのマンションに向かった。
「ただいま。」
家の鍵を開けて中に入り、声を掛けると、
「おかえり。」
部屋の中からお父さんの声が聞こえた。
靴を脱ぎ、洗面所で手を洗ってからダイニングに向かうと、お父さんがテーブルにハンバーグを並べていて、頭にかけていた銀縁の眼鏡をかけ直してから、俺に声を掛けてきた。
「今日はハンバーグにしたから。
太星の好きなおろしポン酢。」
「やった、嬉しい。ありがとう。」
そのまま向かい合って座り、食べ始めた。
「今日の天体観測どうだった?」
「晴れてたからよく見えたよ。
一緒にいた部員がやぎ座だから、やぎ座を探した。」
「あれ、新しい部員入ったの?
今まで太星だけだったよね。」
お父さんに会うのは夏休みの最終日以来初めてだったので、転校生が入部してきたことは言っていなかった。
「うん、クラスに転校生が来たんだけど、その子が入ってくれた。」
「へー、天文部に入るってことは、天体観測とか好きなの?」
「ううん、天文部に入れば、屋上の鍵を自由に使えるって話したことあるでしょ?
休み時間を屋上で過ごしたいからって理由で入ったみたいなんだけど、意外と星座とかに興味を持ってくれて、今日も楽しそうに過ごしてたよ。」
「へー、良かったね。同じ趣味の友達ができて。」
「うん、そうだね。」
そのまま2人で向かい合って話しながら、ハンバーグを食べ進めた。
俺の両親は、俺が1歳になる前に離婚した。
離婚の原因はよく分からないけど、お母さんから、産後の恨みは一緒だと聞いたことがある。
きっと夫婦の間にしか分からない感情があるんだろう。
でも、離婚した後も2人は徒歩15分圏内に住み、一緒に俺を育ててくれた。
両親はどちらも医師で、基本的に俺はお母さんの家にいて、お母さんが当直や出張の時はお父さんの家に行き、2人ともどうしても都合がつかない場合は歩いて20分ほどの母方のおばあちゃんの家で過ごしていた。
両親は俺を大事に育ててくれていると思う。
行事には2人揃って来てくれたし、どちらかの家に行きたいと言えば、基本的に融通を利かせてくれている。
きっと両親が離婚した子供の中ではとても恵まれているのだろうとは思う。
お父さんの家に行った時は、俺はベッド、その横に敷いた敷布団にお父さんが寝るようにしている。
夕食後、お風呂に入り、2人で寝転がりながら、話していると、
「太星、来週の土曜の夜、よかったら天体観測に行かない?
仕事が早めに終わりそうで。
太星の話聞いてたら、久しぶりに行きたくなってきた。」
お父さんからそう誘われた。
一緒に行きたい気持ちは山々だったけど、その日は先約があった。
「ごめん、その日は夜ご飯食べに行く予定なんだ。
その次の週の土曜日なら大丈夫なんだけど、どうかな?」
「...成田さんと行くの?」
「...うん。」
「そっか...じゃあ、再来週の土曜日の夜にしようか。」
「うん、楽しみにしてる。」
成田さんはお母さんの恋人で、2人は5年前から付き合っている。
成田さんの話が出ると、お父さんの声のトーンが少し低くなることに俺は気づいている。
表立って彼のことを批判したりしないし、俺に会うなとも言わない。
でも心から歓迎しているわけでもなさそうだ。
だから、お父さんはたぶん、まだお母さんのことを好きなんじゃないと個人的には感じている。
初めて成田さんと会ったのは、俺が中学2年生の時だった。
「はじめまして、太星君。
お母さんとお付き合いをさせていただいている。成田利一です。
よろしくお願いします。」
彼は、子供の俺にも丁寧に柔和な笑顔を見せながら挨拶してくれた。
話すと、とても穏やかで優しい人で、いつも冷静で、論理的に物事を解決する理系らしいお父さんとは全く違うタイプだったので、お母さんの異性の好みってバラバラだなと思ったりした。
成田さんは奥さんを数年前に病気で亡くしたシングルファザーで当時小学生の娘さんがいた。
製薬会社に勤務しており、お母さんとは仕事で関わるうちに親しくなったらしい。
2年間の交際を経て、大丈夫そうだと判断したお母さんは、その日、初めて俺と成田さんを会わせたのだった。
それから、成田さんとは定期的にご飯を食べたり、遊びに出かけるようになり、関係を深めていった。
彼はお母さんはもちろん、俺のことも大切にしてくれるので、お母さんは良い人と付き合えてよかったなと思っている。
きっと2人は正式に籍を入れたいんだろうけど、結婚に関しては、とても慎重に動いていた。
それは俺だけじゃなく、成田さんの娘の亜子ちゃんに配慮していているからだ。
彼女は、現在中学3年生で、お母さんとは仲良くなってきているようだけど、いきなり血の繋がらない兄ができるという状況が受け入れ難いようで、俺に対しては、あまり心を開いてくれていない。
俺と亜子ちゃんが仲良くなることを望んでいるであろう、お母さんと成田さんの期待に応えたくて、食事会の時に頑張って話しかけてみるけど、彼女との会話は中々盛り上がらず、本当の兄妹のように仲良くなるまでは遠い道のりに感じていた。




