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翌日は第1金曜日で天体観測をする予定だった。
天体観測をする日は、日が暮れるまで、持ち込んだ軽食を食べながら理科準備室で過ごし、時間になったら屋上で天体観測をする流れになっている。
放課後、いつものように4階にある理科準備室に向かって、階段を登っていると、話し声が聞こえた。
「宙ちゃん、本当に可愛いよね。人形みたい。」
「肌白すぎだし、顔小さいし。」
「俺たち、宙ちゃんと仲良くなりたいなって思っててさ。これから一緒に遊びに行こうよ。」
「...ごめんなさい。部活があるんで。」
「ちょっとくらい、いいじゃん、天文部でしょ?
別に大会があるとかじゃないなら、そんなに一生懸命やる必要ないだろうし。」
「...すみません、一緒には行けません、通してください。」
「えーノリ悪いなー、せっかく可愛いのにー、先輩の言うことは聞こうよー。」
階段を登った先で、宇野さんが、少しガラの悪い3年生の男子達に絡まれていた。
彼らは宇野さんが行こうとしている理科準備室への廊下を塞ぐように立っており、彼女はその場に留められていた。
彼らはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、宇野さんの全身を舐めるように見ており、彼女が誘いに乗るまで動かなそうだった。
彼女は彼らが話している間、俯いていたが、ゆっくりと頭を上げると、無表情で、彼らを見つめた。
その瞳には光が宿っておらず、本当に人形のようだった。
そんな彼女の様子を見て、俺は鳥肌が立ち、ゾッとしてしまった。
もしかしたら、彼女が前に話していた超能力のような力で彼らに攻撃するのではないだろうか。
俺はその場から駆け出して、彼女のそばに寄った。
「う、宇野さん!冨樫先生が呼んでる!」
突然現れた俺に宇野さんは驚き、3年生たちは怪訝な表情を見せた。
その瞬間、非常ベルが鳴り響いた。
音の鳴る方向を見ると、3年生のうちの1人が体勢を崩し、非常ベルのボタンに手が当たり、作動させてしまったようだった。
「お前、何してるんだよ!」
「いや、なんか、急に足に何か当たって、」
「...天川君、行こう、失礼します。」
彼らが非常ベルに気を取られているうちに、彼女は俺の腕を掴み、走って彼らの横を通り過ぎた。
「ちょっと、宙ちゃん、」
「お前たち、何やってるんだ!」
先生たちがやってきて、3年生たちはその場で尋問を受けていた。
俺たちはそのまま理科準備室まで走り、中に入ってから内鍵を閉めた。
上がった息を整えていると、宇野さんが口を開いた。
「...冨樫先生が呼んでるって本当?」
「...いや、嘘。
あのままだと、宇野さんが超能力で3年生に攻撃しちゃうんじゃないかと思って...。
そんなことしたら、騒ぎになって...宇野さんが宇宙人だってバレちゃうんじゃないかなって…焦ったよ。」
「...私の正体がバレないように心配してくれたんだ。」
「うん、それに...宇野さんが困ってそうだったし。」
俺がそう言うと、彼女は目を丸くして俺のことを見ていた。
大事な宇宙人の友人が困っていたのだ。
助けない選択肢はなかった。
「あ、でも、地球人の記憶消せるんだもんね?
余計なお世話だったか。ごめんね。」
冷静になると、彼女の調査が終わる時に俺の記憶を消すと話していたことを思い出した。
それが可能なら、誰かに攻撃しても、その記憶を消せば何も問題ないのかもしれない。
勝手な真似をしてしまったかと思い、焦っていると、
「天川君。ありがとう。嬉しかった。」
彼女はそう言って、にっこりと笑った。
「...確かに記憶を消すことはできるけど、エネルギーを使うし、記憶の前後の辻褄を合わせるのが難しいから、できる限りやらないように言われてるの。
だから、ああいうトラブルに巻き込まれたら、自力で切り抜けなきゃいけなくて。
なので、とても助かりました。ありがとう。」
「そっか...。余計なことしてないならよかった。」
そう言ってからふと、あの3年生はなぜ、急に体勢を崩したのだろうと疑問に思った。
...もしかして、彼女が少しだけ超能力を使って、彼を転ばせたんじゃないだろうか。
そんな風に考え込んでいると、
「天川君?どうかした?」
彼女が俺の顔を覗き込んできたので、驚いて、考えてた内容が一瞬頭から飛んでしまった。
…前から思っていたけど、彼女は俺のことを協力者として信頼してくれているからか、想像以上に顔を近づけてくることがよくある。
そのたびに顔の造形の美しさに驚いて、緊張しまうけど、心の中で、彼女の真の姿はカマドウマ星人とと言い聞かせて、自分を落ち着かせていた。
「…大丈夫、気にしないで。
でも大変だったね、宇野さん美人だから絡まれること多そう。」
転校初日、彼女を一目見ようと廊下にできていた人だかりを思い出しながら俺は話していた。
「正直、大変。
まだ転校して4日目だけど、今日までで6人に告白された。
声をかけられるだけなら、多過ぎてもう数えてない。」
「6人も!...すごいね。」
本当は、目的の調査をしたいのに、彼女の気持ちとは関係なく思いを寄せられ、興味関心を向けられるのは、任務を進める上では邪魔でしかなさそうだ。
「もう、声を掛けられるのが煩わしいから、休み時間は屋上で過ごして、放課後はすぐここに来ることにしてる。
携帯電話も持ってないことにしてるし。」
「...じゃあ、本当は持ってるんだ。」
「スマホがあったほうが便利な時は多いでしょう?
調査のために交通機関に乗るなら、交通系ICカードがあった方がいいし。
最近は支払いは現金NGのところも多いから、QRコード決済とか、クレジットカードも登録してある。
学校では出さないようにしてるけど。」
そこまで言うと、彼女は俺のことを見た。
「でも、天川君とは、今後、連絡取るかもしれないから、電話番号教えてもらえる?」
思いがけない申し出に驚いていると、
「...基本的には学校で話すけど...ほら、緊急で調査のために連絡することがあるかもしれないし、人前で話せないこともあるし。」
彼女は上目遣いで俺の様子を窺いながら話していた。
確かに、彼女の言う通りかもしれない。
協力者を了承したからには、何かあればすぐ手伝える方がいいのだろう。
「分かった。電話番号ね。」
俺はそう言って自分のポケットに入れていたスマホを取り出すと、彼女もバッグの中にしまってあったスマホを出して、連絡先を交換した。
「ありがとう。これで連絡が取りやすくなった。」
彼女は俺の電話番号が載った電話帳が表示された画面を嬉しそうに眺めていた。
「…私、地球に来て1年半経つんだけど、この学校で4校目なのね。
半年過ごす度に転校してて。
それで、今までの3校の経験で、男の子と話したらすぐ好かれちゃうし、女の子も、嫉妬されたりとか、変な人間関係のトラブルに巻き込まれちゃうから、自分からは話さないようにしてるんだ。
話しかけられても作り笑顔で誤魔化してるし。
…でも、天川君は、私の正体を知ってるし…好きになられないようにとか考えないで、素で話せて、楽しいんだ。ありがとうね。」
そう言って微笑んできた。
彼女が心を開いてくれていることが嬉しかった。
俺は…ずっと宇宙人と友達になりたかったのだ。
彼女になら、このことを話しても言い気がした。
「そう言ってもらえるのは、俺も嬉しい。
…実は俺、小さい頃からずっと、宇宙人と仲良くなりたいって妄想してたんだ。
でもそれを友達に話したら、宇宙人なんているわけないじゃんってバカにされて、それから人には言わないようにしてたんだけど、心の中ではずっと思ってて…。
だからこうやって、宇野さんの協力者になって、仲良くなれて、なんていうか…夢が叶った気持ちなんだ。
あの時、バカににしてきた友達に、ほら!宇宙人はいたよ!って言ってやりたい気分。
あ、もちろん宇野さんとの約束は守るから、これもあくまで俺の妄想ね。」
彼女は俺が話す様子をずっと微笑ましそうに見ていた。
「…それなら良かった。
天川君に協力者を頼んだのは正解だったね。」
彼女がそう言ってくれたので、2人で顔を見合わせて笑った。
お互い本を読んだり、勉強をしたりして、時間を過ごし、18:00を過ぎたタイミングで、俺は宇野さんに声をかけた。
「宇野さん。何か食べるもの持ってきた?」
本を読んでいた彼女は顔を上げると、
「うん、お菓子持ってきた。
ここで食べていいの?」
と俺に質問してきた。
「うん、特に禁止はされてないから。
あと40分くらいしたら屋上に移動して、天体観測の準備始めるから、何かお腹に入れておいたほうがいいかも。」
「じゃあ、食べるね。」
そう言うと、彼女は鞄から小袋に入ったチョコレートを取り出した。
「宇宙人の状態のときも食事を摂るの?」
俺は頭の中でカマドウマ姿の宇野さんが、首にナプキンを巻いて上品にご飯を食べる姿を想像した。
「うーん、活動するのに必要だから、生命維持のために、パックに入った栄養豊富なゼリー状のものを摂取するって感じ。
だから、美味しいとかはないし、お腹が空くとかもない。
でも、この姿だと中身も地球人と一緒だから、お腹は空くし、食べ物の美味しい、まずいも感じる。
美味しいものを食べると幸せだし、どうせなら美味しいものを食べたいなって思う。
地球に来てよかったことの1つは食事の楽しみができたことだね。」
彼女はそう言うと、チョコレートを1つ食べた。
「うん、美味しい。」
嬉しそうに食べる彼女の姿を見て、思わず俺も笑ってしまった。
「幸せそうに食べるね。チョコ好きなの?」
「うん、こんなに美味しいものがいつでもすぐに食べられるなんて、地球人は幸せ者だよ、本当に。」
「じゃあ、よかったらこれ食べてみる?」
俺は自分が持ってきた菓子パンを机の上に出した。
「何これ?」
「地元のメーカーが作ってて、ここら辺の地域でしか売られていない"チョコトースト"っていうパン。
チョコチップとチョコクリームが入ってるから、チョコ好きなら美味しいんじゃないかな?ちょっと食べる?」
チョコチップが練り込まれた小さめの食パンでチョコクリームをサンドしているチョコトーストは、この地域の人々のソウルフードで、購買でも売られている。
宇野さんはチョコトーストを興味深そうに見ていた。
「…確かに美味しそう…でも良いの?
天川君のご飯、足りなくなっちゃわない?」
「大丈夫。俺、もう1個パン買ってるから。
帰ったら夜ご飯もあるし、せっかくだからどうぞ。」
俺は買っておいたソーセージロールを見せながら、答えた。
「…じゃあ、ちょっとだけもらおうかな。」
俺は、チョコトースト1/4くらいをちぎり、彼女に渡した。
受け取ったチョコトーストを1口食べた彼女は、とても幸せそうな笑顔になった。
「すごい美味しい。
結構甘くて重いのかなと思ったら、クリームが甘さ控えめだから、意外と食べられちゃう。
分けてくれてありがとう。」
「どういたしまして。
そんなに美味しそうに食べてくれるなら、もう少し分けようか?」
「ありがとう。
でも、これ以上食べたら、お腹いっぱいになっちゃうから大丈夫だよ。
今度自分で買うね、天川君も私のチョコどうぞ。」
「じゃあ、ありがたくいただきます。」
彼女からもらったチョコレートは、キャラメル風味で口に入れた瞬間、甘さが広がり、舌の上でとろけるとほんの少しほろ苦くて、とても美味しかった。
宇宙人からもらった初めてのプレゼントだ。
そう思って食べると、より一層おいしさが増した気がした。




