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待ち合わせ場所のいつもの曲がり角に向かうと、既に彼女が待っていたので、俺は急いで駆け寄った。
俺の姿を認識した彼女は俺に笑顔を向けた。
「ごめん、待たせて。」
「ううん。私も今来たところだから。まだ待ち合わせ時間じゃないし。」
そう言われてスマホを見ると、16:45と表示されており、待ち合わせ時間までまだ15分もあった。
「…なんか、いてもたってもいられなくて、早めに来ちゃった…最後の天体観測だから。」
「…俺もだよ。」
そう言って顔を見合わせて笑ってから、並んで歩いて学校に向かった。
終業式の日なので、活動をしている部活は少なくて、人気のない校舎はいつもよりとても静かだった。
下駄箱に後輩からのバレンタインデーのチョコが入っていて、宙がものすごい怒ってたな。
宙の解説が大人気で、プラネタリウムの行列がこの階段の下まで伸びてたな。
あそこの踊り場で、絡んでくる先輩から宙を守ろうとして、思いっきり殴られたな。
ゆっくり校内を進んでいくと、あらゆる場所に彼女とのたくさんの思い出が詰まっていることを実感させられる。
そして、彼女と多くの時間を一緒に過ごした理科準備室に到着した。
いつものように中に入り、それぞれの席の横に荷物を置く。
「紅茶入れようか。」
「うん。そうだね。」
俺が電子ケトルに水を注ぎセットしてからスイッチを入れると、宙は紙コップにティーパックを入れていた。
これまで天体観測の度に何度もしてきた当たり前の作業が、心の底から愛おしい。
紅茶を淹れてから、お互いに手作りしてきたお菓子をテーブルの上に出した。
2人で顔を見合わせてから、一緒に両手を合わせた。
「いただきます。」
宙は真っ先に俺が作ったチョコクッキーに手を伸ばして、口に運んだ。
そして両目を瞑って、美味しそうに顔を綻ばせた。
「うーん、美味しい。また食べられて嬉しいな。
前より外がサクサクで中はしっとりしてる気がする。どんどん腕、上達してるんじゃない?」
彼女はクッキーを頬張りながら幸せそうな笑顔で話していた。
「良かった。2回目だから、前回よりもスムーズに作れた気はする。
このまま作り続けたら、そのうち特技はチョコクッキー作りですって言えるようになるかな?」
俺がおどけたように言うと、
「うん、チョコクッキーマスターになれるように頑張って。」
彼女がいたずらっぽい笑みを浮かべながら言ったので、2人で顔を見合わせて笑った。
「ねぇ、ガトーショコラも食べて早く食べて欲しい。」
宙がクッキーを食べる姿を見ることに夢中になっていたら、彼女が少し不満そうな表情をしながら訴えてきた。
「あぁ、ごめん。じゃあ、遠慮なく、いただきます。」
再び両手を合わせてから、ガトーショコラにフォークを入れ、一口食べた。
前と同じように表面のサクッとした食感と、密度の高い生地のしっとりとした食感が口いっぱいに広がる。
チョコレートの濃厚な甘さと、芳醇な香りを感じて、チョコレートに溺れているような感覚になる。
やっぱり今日のガトーショコラも最高に美味しい。
「…どう?」
宙が上目遣いで、俺の感想を待っている。
「…今日も信じられないくらい美味しい。最高。濃厚だし、しっとりしてるしいくらでも食べられる。
宙はもうガトーショコラマスターなんじゃない?」
俺が感想を伝えると、
「…ありがとう。じゃあ、今日からガトーショコラマスターって名乗ろうかな。」
宙はちょっとふざけたように笑いながらお礼を言って、クッキーを一口頬張った。
2人で並んでお互いのために作ったお菓子を食べられるこの時間は、なんて贅沢で尊いんだろう。
「…幸せだね。」
俺がそう呟くと、
「…うん。」
宙も同意してくれた。
その後も、天体観測を始める時間まで、2人でお互いの手作りお菓子をゆっくりと味わった。
19:00になったので2人で屋上に上がると、頭上には満点の星空が広がっていた。
日が暮れても比較的温かかったので、今日はテントは出さないことにして、望遠鏡と椅子2脚、毛布、ライトをセッティングして二人並んで座った。
望遠鏡の標準を北斗七星に合わせてから、宙に覗いてもらう。
「ほら、見えるよ。この前の山の上で見たときより、明るさは劣ると思うけど。」
俺がそう彼女に声を掛けると、彼女は望遠鏡を覗き込んだ。
「…確かに、山の上から見たときの方が明るく見えたかも。でも、今日もキレイに見えるよ。」
そう言うと、望遠鏡から目を離して俺のことを見た。
「結局、どこで見るかも大事だけど、誰と見るかの方が大事な気がする。
…太星君と一緒に見る星空は、いつもすごくキレイだから。」
穏やかな表情で話す彼女は、あまりにもキレイで、その姿をみるだけで、愛おしさで胸が苦しくなる。
「…俺も、宙と一緒に見る星空が、一番キレイだって思ってる。」
そう返すので精一杯だった。
俺の言葉を聞いた彼女は、少し切なそうな笑顔を見せた。
「…あっという間の半年間だったな。
今日で最後だって思うと色々思い出しちゃう。」
彼女が懐かしそうに目を細めた。
「…何が一番思い出に残ってる?」
俺が質問すると彼女は腕を組んで唸りながら、眉間に皺を寄せていた。
「うーーーん…本当にたくさんあるから選びきれないな。
まず、初めて太星君と話したときに、あまりにもすんなり私が宇宙人だって信じてくれたから驚いたし、毎日、天文宇宙検定の勉強を一生懸命頑張ったのも学生っぽいなと思ったし、文化祭のプラネタリウム作りは、なんか青春してるなって思った…太星君が2回も例の3年生から私のことを守ってくれて嬉しかったし、クリスマスケーキを2人で食べたのも楽しかった。
天文部のボランティアで小学生の子達のお手伝いしたのも可愛くて楽しかったなー。
太星君と一緒に行った初詣も、プラネタリウムもチョコレートフォンデュのお店も、水族館も、山の上の天体観測も、もちろん普段の天体観測も、全部ちゃんと覚えてる。」
彼女が話す思い出を聞きながら俺の脳内では、彼女との記憶が走馬灯のように流れていた。
…俺はこの思い出を全部忘れてしまうのか。
…こんなに彼女のことを好きだという気持ちも。
鼻の奥がツンとして、目が潤んで、視界がぼやけた。
涙を堪えて、宙のことを見ていると、彼女と目が合った。
彼女は俺を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「…でも結局、どの思い出にも太星君がいるんだよね…だから、太星君と出会えたのが、一番の思い出...本当にありがとう。」
そう言われた瞬間、我慢できなくなって、涙が溢れた。
「…大丈夫?」
彼女は困ったように笑いながら、ポケットからハンカチを出して俺に渡してくれた。
「…ごめん、泣いちゃって。」
一度、堰を切ったように溢れ出した涙はなかなか止まらなかった。
彼女から受け取ったハンカチで両目を押さえて、声を殺して泣いた。
彼女はそんな俺の背中をずっとさすってくれた。
しばらくすると少し落ち着いたので、ハンカチを目元から外して、宙のことを見た。
彼女は俺のことを真っ直ぐに見つめていた。
俺は、今日、彼女に伝えようと決めていたことを話し始めた。
「宙、俺、宙のお陰で色々な経験ができた。大げさじゃなくて、人生が変わったって思う。
まず宇宙人と友達になれた。小さい頃からずっと夢見てたことが叶った。
まさかその宇宙人がカマドウマみたいな姿をしてるとは想像してなかったけど。
天体観測も、天文宇宙検定の試験勉強も、普段の試験勉強も一人より、宙と一緒にやった方が、楽しいし、捗るし、良いことしかなかった。
今までの俺だったら、殴られるかもしれない状況に自分から飛び出すなんてできなかったけど、やっぱり、宙のことが大切で、守りたいって思ったからできた。
我ながら勇敢になったなって思う。
身体は相変わらずひょろひょろだけどね。
…亜子ちゃんと俺が仲良くなるために、宙が頑張って彼女の趣味を予習してくれたことも、俺が、本当はお母さんに再婚して欲しくないっている気持ちを伝えられるように背中を押してくれたことも本当に感謝してる。
そこからは、もう、宙には何でも話そうって思って、思っていることほとんど伝えてきた。
俺にとって、宙が何よりも大切で、世界一、宇宙一可愛いって思ってること。今までも散々言ってきたからね。
…でも、唯一、言わないようにしてたことがある。
これを言ったら、宙の協力者じゃいられなくなるって思ったから。
宙の調査の仕事を絶対に邪魔したくなかったから。
たくさん色々なことを調べて、皆から褒められるくらいの成果を持って帰って欲しかったから。
…でも、今日で調査が終わりなんだよね?
だから、最後に言うね。」
全身が心臓になってしまったんじゃないかと思うくらい、心臓の音をうるさく感じた。
「…俺、宙のこと大好きだよ。気づいたら宙に恋してた。」
俺が告白した瞬間、宙が大きく息を呑んだのが分かった。
「誰よりも大好きで、宙の一番近くにいたくて、俺以外の誰にも、宙の協力者になって欲しくなくて…自分のこの気持ちを伝えられなくても良いから、協力者としてでも、彼氏のフリでも良いから、そばにいたかった。
でも、ずっと一緒にいればいるほど、宙のことを大好きな気持ちと同じくらい、苦しい気持ちも段々大きくなった。
だって…宙がここからいなくなったら、俺、宙のこと覚えていられなくなっちゃうんだよね?
今までの思い出も、宙のことを好きって気持ちも。」
初めて会ったときに聞かされた、宇宙人の協力者のルール。
調査任務が終わる時に、協力者の頭の中の、彼女が宇宙人であるという記憶が消される。
彼女という存在も、そんな人がいたかもしれないな、くらいにぼんやりとしか思い出せなくなる。
そのルールを心の底から恨んだ。
「一生、死ぬまで誰にも言わないから、俺の心の中だけの大切な秘密にするから、どうか、俺の記憶を消すのだけは辞めて欲しいって、宙の上司にお願いしたいって何度も思った。
初めてなんだよ、こんなに誰かを好きになったの。
俺にとって、本当に、心の底から大切だって思える宝物みたいなこの気持ちが消えちゃうなんて…すごく辛い。
…でも、そこまで思って、これは俺が宙のことが好きだから、宙のことを覚えていたいっていう、俺のただのエゴだって気づいた。
俺がこんなことを宙の上司に言ったら、ルールを破ることになるし、絶対に宙に迷惑が掛かるって思った。
俺、それだけは嫌なんだ。俺のせいで、宙が辛い目に合うのだけは絶対。
…だから、色々考えた。」
俺はそこまで言うと、自分の鞄から分厚い1冊のノートを取り出した。
自分の部屋の鍵をかけられる引き出しに、この半年間、出し入れしていたものだ。
「…ここに、俺が宙と初めて会った日から今日までの日記が書いてる。」
俺がそう言うと宙が驚いて目を丸くしていた。
「最初は、観察日記みたいなつもりで書いてたんだ。宇宙人の生態について書いて残しておきたくて…でも途中から、どんなときの宙が可愛かったとか、自分がどれくらい宙のことが好きなのかとか、宙との思い出とか書いちゃってて…読み返したら、ただのラブレターみたいになってた。
このノートの裏表紙に"ここに書いてある内容は、もし宇宙人がクラスメートになったらどうなるだろうかと妄想して書いた日記で、現実世界で起こったことではなく、あくまで小説である"って書くから、このノートを俺の手元に残しておくのだけは、なんとか許してもらえないかな?
自分の中の記憶として留めておけなくても、フィクションだって認識しても、宙とのことを残しておきたい。」
ここに書いていることは嘘なのだと未来の自分が認識しても、頭の片隅で少しでも懐かしいような気持ちになれれば充分だ。
せめて、それだけでも、彼女と過ごした日々の証が欲しかった。
俺の話を聞いていた宙は、徐々に涙目になり、最後は嗚咽を漏らしながら泣いていた。
俺は、彼女に近づき、自分のハンカチを渡した。
彼女はおずおずとハンカチを受け取り、自分の目元に当てて、溢れ出す涙を拭っていた。
…この様子だと、日記を残すことも無理なのかもしれない。
そうであれば、仕方ない。
せめて、俺のことを忘れないで欲しいと彼女に伝えよう。
そう思っていると、宙は強い力で目元の涙を一気に拭ってから俺のことを見た。
彼女は、今まで俺が見た中で、一番真剣な目をしていた。
「太星君、長くなるけど、私の話、聞いてもらえる?」




