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宙と2人で教室に戻り、それぞれの席に座ると、俺のところに慌てた様子の優吾がやってきて、小声で耳打ちしてきた。
「太星、お前にチョコ渡してきた相手、誰か分かったぞ。」
「え?!」
まさかの急展開に驚き、大声を出してしまうと、教室にいた生徒達が俺のことを一斉に見てきた。
もちろん、その中には宙もいたので、俺がアイコンタクトをすると、彼女は小さく頷いた。
放課後、俺が屋上に向かうと、そこには眼鏡をかけた背の低い女の子が一人で立っていた。
自分の記憶を辿り、彼女が去年の春、天文部に見学に来た1年生であることを思い出した。
俺が来たことに気づいた彼女は、ペコッと頭を下げた。
「えーっと…梅本さんだよね?」
「…はい。」
梅本舞は亜季ちゃんと同じクラスの一年生の女子で、今朝、彼女が周囲を気にしながら俺の下駄箱にプレゼントを入れてる様子を、たまたま亜季ちゃんの友達が目撃したらしい。
優吾から、俺が差出人不明の本命チョコをもらったことで、宙と揉めていると聞いた亜季ちゃんは、すぐに優吾に梅本さんの件を教えて、梅本さんには、放課後に屋上に来て欲しいと俺が言っていると伝えてくれた。
「…このクッキーと手紙をくれたの、梅本さん?」
俺がそう言ってクッキーの入った箱と手紙を梅本さんに見せると、彼女はスカートの裾をぎゅっと掴んだ。
彼女は明らかに緊張している様子だったけど、深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始めた。
「…はい、そうです。
去年の春、友達が休んだ日に一人で天文部に見学に行って、天川さんと話して…すごく優しくて、素敵な人だなって思ったんです。
本当は天文部に入りたかったんですけど、友達に一緒に家庭科部に入ろうって誘われて…断れなくて家庭科部に入ったんです。
でも、ずっと天川さんのことは目で追ってて…勝手に憧れてただけで、告白する勇気もなくて、見るだけで充分だって自分に言い聞かせてたんですけど…夏休み明けに宇野さんが転校してきて、天文部に入って、2人が付き合ってるんじゃないかって噂を聞いて、ずっとモヤモヤしてて…しばらくして、付き合ってるって宣言したって聞いて…ものすごく悲しかったんです。
私の方が宇野さんよりも先に天川さんのこと好きだったのにって思っちゃって。
…もし、私が天文部に入ってたら、天川さんと付き合えてたのかなとか妄想して、あの時、行動を起こさなかったことをすごく後悔して…どうしても耐えられなくなって、このクッキーと手紙を渡して自分の気持ちにケリをつけようとしたんです。
でも、いざ、手紙に自分の名前を書こうとしたら、怖くなって…。」
正直、俺に好意を抱いてくれる人がいても、俺が宙という目立つ存在と付き合ってる男だから、気になってるだけなんじゃないかと思っていた。
我ながら卑屈だけど、今までモテた試しがなかったので、宙の彼氏という要素以外で、俺のこと好きになる人っていないんじゃないかという思考になっていたのだ。
でも、梅本さんは、宙と付き合っていなかった頃の俺を好きになってくれたと聞いて、正直、嬉しかった...でも、今の俺には宙がいる。
「梅本さん、ありがとう、俺のことを好きになってくれたのは純粋に嬉しい…でも、俺は今、宙と付き合ってて、彼女のことが一番好きで大切なんだ。だから、ごめんなさい。」
俺がそう言うと、梅本さんがスカートの裾をさらに強くギュッと掴んだのが分かった。
「クッキーも手紙も、ありがたいけど、宙が悲しむから受け取れない。本当に、ごめんね。」
そう言って、彼女の前に手紙と箱を差し出すと、彼女はゆっくりと受け取った。
「...迷惑かけてすみませんでした。
それに...ちゃんと振ってくれてありがとうございます。」
彼女は目を真っ赤にしながら、俺をまっすぐに見つめて話していた。
一生懸命、泣くのを我慢しながら俺に話している姿を見て、正直、胸が痛んだ。
彼女は俺に頭を下げた後、屋上から出て行った。
「…本当に良かったの?」
梅本さんが出て行ってからしばらくして、物置の陰に隠れて俺たちの様子を見ていた宙が声を掛けてきた。
「うん、いい。」
「…生まれて初めて告白されたんでしょ?嬉しかったんじゃない?」
彼女は少しふてくされた様子で俺のことを見ていた。
「…まぁ、好きになってくれたことは嬉しいけど…
俺にとって一番大事なのは宙だから。」
俺がそう言い切って彼女のことを見ると、顔を赤くしながら、口をへの字にしていた。
「…バレンタインにチョコ欲しかったんでしょ?
…美味しそうなクッキーだったし、食べたかったんじゃない?」
まだ、いじけた様子で質問を重ねてくる彼女は、どう見ても可愛かった。
「俺が欲しいのは、宙からのチョコだけだから。」
そう断言すると、彼女は照れくさそうな笑顔を見せた。
「…じゃあ、部室行こう。」
宙がそう言ってくれたので、2人で理科準備室に向かった。
「お湯沸かしてくれる?紅茶入れよう。
私、紙コップ持ってきたから」
宙がテーブルの上に、鞄から取り出した紙コップとお皿とフォークを置き始めたので、俺は言われた通りに電子ケトルに水を注いで、スイッチを入れた。
準備している間、宙はご機嫌そうで、俺はその様子を微笑ましく見ていた。紙コップにティーパックを入れて、沸かしたお湯を注ぐと、全ての準備が整ったようだった。
いつもの席に座ると、俺の隣の席に先に座っていた彼女が咳払いをしてから口を開いた。
「…じゃあ、出すね。」
宙はそう言うと、バッグの中からケーキの箱を取りだした。
彼女が箱を開けると、中にはガトーショコラが入っていた。
「…宙が手作りしたの?」
「うん。頑張ったんだよ。」
俺の質問に対して、宙は、得意げな笑顔を見せながら答えた。
「宙の待機場所って、キッチンあるの?」
確か、前に電話でどんな場所か聞いたときは、白くて丸い繭のようなところだと聞いた気がする。
窓があるとも言っていたけど、キッチンまで装備されているとは想像していなかった。
「地球のバレンタインについての調査の一環で、お菓子を手作りしたいですって言ったら、上が準備してくれた。」
「…前から思ってたんだけど、宙の上司さんって優しいよね。
割とどんな希望でも叶えてくれるし。」
「調査結果さえしっかり伝えていれば、こちらの要望は基本通るから。
ホワイトでしょ?うちの星。」
彼女はそう言いながら、誇らしげな笑顔を見せていた。
「それよりも早く食べて欲しい…頑張って作ったから。」
「うん、早く食べたい。」
俺がそう答えると、彼女はテキパキと俺の前に置かれた皿にガトーショコラを載せた。
断面はみっちりと詰まっていて、表面は美味しそうな焦げ目がついている。
明らかに美味しそうなガトーショコラを目の前にして、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「いただきます。」
両手を合わせてから、ガトーショコラにフォークを刺して口に運ぶと、口いっぱいに濃厚なチョコの風味と甘さが広がった。
中はしっとりしていて食べ応えがあり、表面はサクサクしていて食感のコントラストがさらに食欲をそそった。
文句なしにとても美味しいガトーショコラだ。
「めちゃくちゃ美味しい。こんなに美味しいガトーショコラ食べたの生まれて初めて。」
俺が絶賛すると、宙は照れくさそうに笑った。
「さすがに、大げさだよ。」
「いや、本当に美味しい。お店で売ってるやつみたい。いや、お店より美味しい。こんなに美味しいガトーショコラを作れるなんて天才。」
「…ちょっと、そこまで言うのは、お世辞っぽいよ。」
彼女が笑いながらツッコミを入れてきたけど、俺は本当に心の底から美味しいと思っているのだ。
その言葉に嘘偽りはない。
「ううん、お世辞じゃない。全部本心だから。もう、俺の語彙力じゃ表現できないくらい美味しいし…宙が作ってくれたっていうので、さらにおいしさが倍増してる。」
そこまで言ってから俺は背筋を伸ばして、彼女の方に身体の正面を向けた。
「作ってくれてありがとう。本当に嬉しいし…俺、世界一幸せだよ。」
俺が笑顔でそう伝えると、宙は顔を赤らめながら、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「そう言ってもらえて本当に嬉しい。…私の方こそ幸せ者だよ。」
そのまま2人で笑い合った。
宙が俺のために頑張ってガトーショコラを作ってくれたのが嬉しくて、本当にとんでもなく美味しくて、何より彼女と一緒に居られるのが幸せで、彼女のことが心の底から愛おしくて、このまま時が止まって欲しいと願った。




