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「あーあーあー、明日はバレンタインだっていうのに、彼女できなかったぁー世知辛すぎるー!」
体育の授業中の待機時間、クラスメートのおしゃべり好きな高橋大和が、大声で愚痴っていた。
相変わらず、面白くて悪いやつではないけど、彼女はできていない。
...なんか、クリスマスの頃にも同じようなこと言ってたな。
そんなことを思い出していると、この後の展開も予想ができた。
「オラ!そこの彼女持ちたち!調子に乗ってんじゃねーぞ!どうせ可愛い可愛い彼女たちから、甘あぁぁいチョコもらうんだろ!かあぁぁぁーーーふざけんな!」
やっぱり彼は俺と優吾に絡んできた。
俺と優吾はこんなシチュエーションに慣れてしまっているので、無視して何も言わない。
「もう!無視すんなよ!さてはウザいと思ってるな!」
「あー、自覚あるんだ。」
優吾に冷たく言われた高橋は、その場に両膝をついた。
「...彼女ができないだけじゃなく、友達にまでこんな酷い対応されるなんて...神などいない、神は死んだ。」
急にニーチェみたいなことを言い出して、俺が思わず吹き出してしまうと、高橋はそれを見逃さなかった。
「お!天川!笑ったな!よーし、逃がさないぞ、今日こそ宇野さんとどこまでやったのか言え!」
相変わらずの質問内容にうんざりしながら、俺もいつもと同じ返答をする。
「だから、そんなこと言うわけないじゃん。
高橋、もっと人の気持ち考えるようにした方がいいよ。」
付け加えた言葉は、思いのほか高橋の心を抉ったようで、彼は頭を抱えて床に突っ伏した。
「こ、こんな仕打ちはあんまりだ...。」
演技がかった高橋の仕草に周囲からは笑いが起こっている。
このままこの話が終わって欲しい。
しかしそんな俺の願いは叶わず、しばらくしてから高橋はガバッと身体を起こすと、俺のそばまで駆け寄ってきた。
その勢いの良さに俺は思わず身体をのけぞった。
「何?やめてよ。」
俺が顔を顰めて抗議すると、高橋はメンチを切ってきた。
眉間に皺が寄りすぎて白目になっている。
「俺が、天川に呪いをかけてやる〜
明日、お前は宇野さんを怒らせて、チョコをもらえない羽目になるぞ〜」
白目を剥いたまま、両手をゆらゆらと揺らして、怪し気な術をかけるような動作をする高橋を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「ちょっと、やめてよ。」
笑いながらそう訴えると、
「ふっふっふ、モテない男たちの怨念がミッチミチに詰まってるからな〜この呪いは効くぞ〜はっはっは〜」
高橋は楽しそうに手をヒラヒラと動かしたまま、俺から離れて行った。
なんなんだ、全く。
一気に疲れてしまい、ぐったりしていると、琢磨が俺の横に来て話しかけてきた。
「でも、太星、今年のバレンタインは気をつけなよ。」
意味深な琢磨の言葉の意図が分からず、俺が何も言えずにいると、琢磨はニヤニヤしながら説明しだした。
「ほら、宇野さんと付き合いだしてから、太星が実は影でモテているって話、前にしたでしょ?
まぁ、宇野さんの手前、告白までしてくる人はなかなかいないだろうけど、こっそりチョコを渡してくるような人はいるかもしれないからさ。
宇野さんがヤキモチ妬かないように気をつけなきゃねー。」
人生で一度も女子からチョコレートをもらったことのない俺が、急にそんなドラマみたいな展開に巻き込まれることは...正直ありえない。
「いや、さすがにないでしょ...。」
俺は、呆れたようにそう返したけど、琢磨はニヤけたままだった。
「おはよう、太星君。」
「おはよう。」
バレンタインデー当日、俺と宙はいつものように曲がり角で落ち合ってから登校していた。
宙は心なしかいつもよりご機嫌で、俺も自分が浮き足立っているのが分かる。
クリスマスプレゼントもくれたんだし、たぶん俺は彼女からチョコをもらえるんじゃないだろうか。
生まれて初めて好きな相手からもらえるチョコは、たとえ本命じゃないとしても嬉しいに決まってる。
「...なんか、太星君、ご機嫌だね。」
宙が俺の顔を覗き込んでニヤニヤと笑いながら話しかけてくる。
からかわれてるのは分かるけど、ここで変に誤魔化すのもよくない気がした。
「...そりゃあ、まぁ...今日は、ほら、バレンタインだからさ。」
俺がそう答えると、宙はふーんと言いながら、ちょっとだけ意地悪そうな笑顔を崩さなかった。
「...チョコ欲しい?」
俺の目をじっと見つめながら聞いてきたので、
「...うん、欲しい。」
俺はちゃんと真顔で答えた。
その返答を聞いた宙は、両頬を少しだけ赤く染めた。
「じゃあ、放課後、楽しみにしててね。」
そう言って、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
これは、放課後にチョコをもらえそうだ。
嬉しくて、つい、ニヤけてしまう。
2人して浮かれながら学校まで歩き、いつものように自分の下駄箱を開けると、見慣れない光景が広がっていた。
上履きの上に、ピンク色のリボンのついた赤い箱と手紙が置かれている。
自分の人生で起こると思っていなかったシチュエーションに思わずフリーズしかける。
…いや、固まってる場合じゃない。
そう思い直して、恐る恐る箱と手紙を取り出すと、バレンタインのプレゼントなのは明らかだった。
ふと、視線を感じたので、横に目をやると、宙が目を見開いて、俺の手元のプレゼントと手紙を凝視していた。
「...手紙、読んでみたら?」
全く抑揚のない、AIのような冷たい声色でそう言われて、俺はおとなしく手紙を開いた。
“ずっと好きでした。
返事はいらないので、どうかもらってください。
名前も書かずに置いてしまってすみません。”
...好きって書いてるし、本命だと判断した方が良いのか?
いや、誰かが俺のことをからかってドッキリを仕掛けてるだけかもしれないし。
そうだ、箱の中身は空っぽだったり、ドッキリ大成功って書かれた紙が入ってるかもしれない。
そう思って箱を開けると、明らかに手作りのハート型のチョコレートクッキーが入っていて、甘い香りがふわっと漂ってきた。
これは...たぶん本命だ。
「...どうするの?それ。」
文化祭で男たちに反論していたときと同じくらい冷たい声色で、宙に聞かれた。
恐る恐る彼女の目を見ると、光を宿してなかった。
これは...怒っている。
正直、誰が作ったか分からない食べ物を口にするのには抵抗しかないけど、食べ物を捨ててしまうのは良くないことだと刷り込まれてしまっている。
どうしたらいいのか。
考え込んでしまい、俺が何も言えないでいると、
「...チョコ、もらえてよかったね。
私、教室に行くから。」
半径3m以内を氷点下にしてしまいそうな、あまりにも冷たい声色で、そう言い残してから、彼女は立ち去って行った。
俺は背筋が凍りついてしまい、その場から動けなくなってしまった。
「太星、おはよう。...おーい、聞いてる?」
琢磨に声をかけられても、俺はしばらく固まったままだった。
…これは、かなり不機嫌そうだ…。
教室で自分の席に座る宙の様子を見て、俺は震え上がっていた。
彼女の周囲には氷点下になってしまったのではないかと思うほど冷たい空気が流れており、彼女は氷雪で作り上げた城に籠もる氷の女王のように、無表情で本を読んでいた。
近くの席の生徒達はそんな空気感に居心地の悪さを隠せておらず、少し離れた席の生徒達は、宙がなぜこんな様子なのかをひそひそと噂話していた。
そしてそれは当然のように、俺に関係があるだろうという結論に至る。
現在進行形で教室中から訝しげな視線を浴び続けている俺は、心の底から居たたまれない気持ちになっていた。
高橋の呪いが実現してしまいそうで恐ろしい。
俺がため息をついていると、琢磨と優吾が俺の席までやってきた。
「太星、早く謝って。教室の中が寒くて仕方ない。」
優吾は両手で自分の身体を抱きしめて震えるようなジェスチャーをしながらそう訴えてきて、俺は項垂れてしまった。
「…ごめん。でもたぶんあの怒り方だと、宙が何に対して怒ってるのかを理解した上で、宙が納得する解決策を提示しない限り、怒りは収まらないと思う。」
俺がそう答えると、琢磨はぐいっと身を乗り出してきた。
「それは、太星が本命チョコもらったからでしょ?嫉妬でしかない。
そんなん捨てちゃいなよ。自分の名前も書かないような失礼な相手からもらった物、大事にしておく必要ないって。」
琢磨の言っていることも理解できる。
名前も分からない相手に気を遣うせいで、宙を傷つけてしまうのは絶対に間違っている。
でも、もし、俺のために時間を割いて作ってくれたクッキーなのだとしたら、その頑張りを無下にしてしまうのも抵抗がある。
それにやっぱり、食べ物に手をつけずに捨てることは…たぶんできない。
どうしたら良いのか分からず、俺が頭を抱えながら唸っていると、琢磨は呆れたようにため息をついた後、困ったように笑った。
「まあ、ここでそのプレゼントを捨てられない優しいところが、太星の良いところでもあるんだけどね。」
そう言って俺の頭を撫でてくる。
「…ありがとう。」
正直困り果てている状態で、こんな風に優しく慰められると泣きそうになる。
「天川君、ちょっと話があるんだけど、良いかな?」
急に声を掛けられ、顔を上げると、目の前にクラス委員の千島夏美が立っていた。
彼女は宙が転校してきてからずっと一緒にお昼ご飯を食べていて、俺を除けば、一番、宙と親しい存在だと思う。
「…宙ちゃんのことで。」
小声でそう言われ、俺は彼女の申し出を承諾した。




