33
日曜日ということもあって、水族館はそこそこ混雑していた。
4人でどう回るか相談して、15:30のイルカショーに間に合うように順路に通りに進むことにした。
館内の構造は、日本の海の生き物たちのエリアから始まり、世界中の海を巡っていくというものだった。
亜季ちゃんは宙と話せるのが嬉しいのか、ずっと彼女の隣にピッタリとくっついていて、相変わらず俺と優吾は2人を後ろから追いかける形になっていた。
地味な色合いの生き物が多い水槽を見て回っていると、タカアシガニの水槽の前で、亜季ちゃんが口を開いた。
「私、初めてタカアシガニを見た時、大きいし、蜘蛛みたいだなって思って怖くて、昔は水槽に近づくのも怖かったんです。」
「へぇー、そうなんだ。今は平気?」
「今はかなりマシになりました。
本当はまだちょっと怖いですけど。」
亜季ちゃんがそう答えた瞬間、1匹のタカアシガニが大きく素早く動いたので、亜季ちゃんは「きゃっ!」と言って、宙の肩にしがみついた。
「あ、ご、ごめんなさい、びっくりしちゃって。」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら、上目遣いで宙見つめて謝る亜季ちゃんを見て、優吾も宙も俺も”可愛いー”と同じ感想を脳内で共有していだと思う。
「ふふふ、全然大丈夫だよ。亜季ちゃん可愛いね。」
宙に微笑みながら言われた亜季ちゃんは顔を真っ赤にして俯いていた。
こういうザ・女子という振る舞いの亜季ちゃんといると、宙がいつもより男前に見える。
自分以外の人といる時の、好きな人の姿を見てみると、新鮮な一面が見えて面白いもんだなと思った。
その後も、順調に館内を回っていき、ペンギンたちの水槽の前に行くと、何種類かのペンギンが動き回っていた。
「私、小学生まで、どうして水族館とか動物園にいるペンギンって、子供のペンギンしかいないんだろうって思ってたんですよ。」
「え?どういうこと?」
「ペンギンって大人になったら人間くらいの大きさになるって思ってたんです。」
「えー?何それ?」
宙は亜季ちゃんの発言にケラケラと笑い声を上げていた。
「ペンギンが鳥なのは分かってたんだよね?」
「いや、それが知らなくて。小学生の時、お母さんにどうして水族館には子供のペンギンしかいないの?って質問したら、何言ってるの?みたいな顔をされて、その時に、鳥だって教えてもらいました。」
「なるほどね、じゃあ、それまでペンギンは何だと思ってたの?」
軽く笑いながら宙が質問すると、亜季ちゃんは腕を組みながら少し考える様子を見せた後に、口を開いた。
「...ケモノですかね?」
その発言がツボに入ったのか、宙は息ができなくなるんじゃないかと思うくらい、爆笑していた。
「...ちょっと、亜季ちゃん、すごすぎる...ケモノって...」
涙を流しながら笑っている宙を見て亜季ちゃんはオロオロと戸惑っていた。
「宇野さん、すみません、私が変なこと言っちゃったから。」
「...全然大丈夫、亜季ちゃん本当に面白いね。」
「そうですかね、人とズレてるのかなって心配になっちゃうんですけど...」
「ううん、亜季ちゃんはそのままでいいよ、ていうか私がそのままでいて欲しい。」
「...宇野さんにそう言ってもらえるなら、このままでいられるように頑張ります。」
「ふふふっ、頑張る必要もないと思うから、安心してね。」
そんな2人のやり取りを俺と優吾は微笑ましい気持ちで見ていた。
一通り館内を見て回ったので、イルカショーが始まる20分前に会場に向かうと、既に7割程度の席が埋まっていた。
「亜季と飲み物買ってくるから、席取っておいてもらえる?2人は何飲む?」
「分かった、ありがとう、俺はホットの紅茶でお願い。」
「ありがとう。私も同じホットの紅茶で。」
買い出しに出た2人の背中を見送りながら、宙と2人でステージから向かって右側のエリアの後方の座席を4つ確保した。
「まだ始まる15分以上前なのに、これだけ人が集まってるってすごい人気なんだね。」
宙は観客席に座る人々を見回しながらしみじみと話していた。
「リニューアルしてから、セットも新しくなって、噴水とか、映像とかも迫力があるから人気らしいよ。」
「なるほど、楽しみだなー、今日は来て本当に良かった。亜季ちゃん可愛いし、天然で面白いし。」
亜季ちゃんとのやり取りを思い出したのか、宙は軽く笑っていた。
「さっき、ペンギンのところで、涙流して笑ってたもんね。宙があんなに笑ってるところ初めて見たよ。」
「いやー、あれは我慢できなかった。
ケモノって単語を普通に生活してて聞くことってないよね。
亜季ちゃんって見た目も仕草も、ものすごく可愛い上に、天然発言で面白いから最強だなって思った。あれは優吾君もデレデレになっちゃう。」
「確かに、守ってあげたくなるような雰囲気あるもんねー、可愛らしくて。」
俺がそう言うと、宙は俺のことをじっと見てきた。
なんとなく拗ねているような表情にも見える。
「...どうかした?」
「...太星君って、ああいう可愛らしい感じの子がタイプなのかなーって思って。」
「うーん...一般論で言ってるだけだけど...。」
「ふーん...」
宙は頬を少し膨らませながら、不服そうな表情をしている。
俺が他の女子を褒めていることに対する嫉妬なのだろうか。
あくまで付き合っているフリで、俺たちの関係は宇宙人と協力者なので、そういう感情を抱かれているかもしれないと考えるのも、俺が的外れなのかもしれないけど...別の女子を褒めた時に、好きな相手が機嫌が悪くなったら、言うべきセリフは決まっていると思う。
「...俺が一番可愛いと思ってるのは宙だから。」
俺が彼女をまっすぐ見つめながら言うと、彼女は目を丸くして驚いた様子を見せた後に、ゆっくりと笑顔になった。
「それなら良い...なんか、ストレートだね。」
彼女が照れくさそうに感想を言っていたので、
「まぁ、本当に思ってることは、なるべくそのまま伝えた方が良いかなって思うから。」
俺は、彼女を好きだと言う気持ち以外は、思っていることをなんでもしっかり伝えると決めているのだ。
「...良いと思う。」
彼女の頬が少し赤く染まっている。
...照れている姿も可愛いな。
そんな顔を見ていると、少しイタズラ心が湧いてきた。
「”よろしい”じゃないんだね。」
俺がニヤリと笑いながらそう言うと、彼女はさらに顔を赤くしながら不機嫌そうな顔になった。
予想通り、彼女が”よろしい”と言わない時は、余裕がなくて本気で恥ずかしがっている時のようだ。
...とんでもなく可愛いな。
最近ずっとやられっぱなしだったので、ささやかな反撃ができて嬉しく思ってると、俺のことを睨んでいた彼女が口を開いた。
「じゃあ、私も本当に思ってること言うね。
この前、家に行ってから、しばらく太星君が私と目を合わせないようにして、逃げ回るから、とっても寂しかったんだけど、一昨日くらいからやっと目を合わせてくれるようになってとっても嬉しい。
...どうして目を合わせてくれなかったの?」
俺の顔を覗き込みながら、意味深な笑みを浮かべて聞いてくる。
...いやらしい夢を見て居た堪れなくて、目を合わせられなかったなんて、言える訳がない。
俺は今、きっと、宙よりも顔が真っ赤だろう。
「ほらほら、思ってることはなるべくそのまま言うんじゃなかったのー?」
明らかに俺をイジるモードになって、満面の笑みを浮かべながらこちらを見てくる彼女に対して、反撃の術は何一つない。
「...内緒です。」
「えー、前言撤回が早いー、嘘つきー」
楽しそうに俺の肩を指で突きながら笑っている宙とは対照的に、俺は貝のように黙り込むことしかできなかった。
やっぱり彼女の方が何枚も上手だ。
飲み物を買い終えた優吾たちと合流すると、お待ちかねのショーが始まった。
前評判通り、音楽と噴水、映像、そしてダイナミックで芸の細かいイルカたちの動きがシンクロして、とても見応えのあるショーだった。
俺は目の前で繰り広げられるイルカショーを見ながらも、隣に座る宙のことをチラチラと見てしまった。
目をキラキラと輝かせながら、楽しそうにショーを見る横顔はとても可愛いかった。
ショーが終わった後、売店に向かうと、亜季ちゃんは真剣な表情で、友達へのお土産を選んでいた。
「メンダコかジュウモンダコがあれば、それを買いたいんだけど...。」
「亜季、こっちが深海魚コーナーだよ。」
「優吾君ありがとう!わー、どっちもある、うーん、どっちが良いかなー。」
どうやら亜季ちゃんのお友達は深海魚が好きらしい。
眉間に皺を寄せて唸りながら迷っていた亜季ちゃんは、陳列されたキーホルダーをゆっくりと眺めていた。
「え!フサアンコウがある!これにしなきゃ!」
下段に陳列されていた、真っ赤な身体のアンコウのキーホルダーを見つけると、亜季ちゃんはすぐ手に取っていた。
「へー、初めて見る、この魚。」
宙は興味津々で彼女の手の中に収まるキーホルダーを見つめていた。
「この魚、身体の下に付いてるヒレで、海の底を歩くみたいに動くんですよー、ほら、これ見てください。」
亜季ちゃんはそう言うと、スマホのカメラスクロールの中から、動画をタップした。
映像には大きくて丸い瞳をした真っ赤な身体の魚が、ヒレを使って海底を歩いている姿が映っており、まるでアニメのようだった。
「えー、面白い。それに可愛い。」
宙が顔を綻ばせながら感想を言うと、
「ですよねー!友達がフサアンコウが一番好きなんです。私も可愛くて大好きで。」
亜季ちゃんは何度も頷きながら、宙の意見に同調していた。
「じゃあ、買ってあげたら、お友達喜ぶね。
良かったね、良いお土産があって。」
「はい、買ってきます!」
亜季ちゃんはご機嫌な様子で会計へと向かって行った。
亜季ちゃんを見送った宙は別の棚に陳列されたキーホルダーをじっと見つめてから、手招きをして俺を呼んだ。
「太星君、これ、一緒に付けようよ。」
彼女が指さしたのは、ピンクと青の色違いのガラス製のイルカのキーホルダーで、一目見て、カップル仕様のお揃いのグッズだと分かる品だ。
もう既に、宙がクリスマスプレゼントでくれたお揃いの星座のキーホルダーを自分の通学鞄に付けているけれど、これも付けるのは...さすがに照れくさくて勇気がいる。
俺が答えられずに唸っていると、宙はいつものように俺の顔を覗き込みながら、上目遣いをしてくる。
「...お願い。」
好きな相手に語尾にハートマークがついているような、甘い声でおねだりされて、断れる人間は絶対にいないだろう。
俺は深呼吸をしてから、キーホルダーを手に取った。
「...買ってくるね。」
俺がそう言うと、宙は嬉しそうに、小さく拍手していた。
購入したキーホルダーのうち、ピンク色のイルカを宙に渡すと、彼女は満面の笑みで受け取ったあと、キーホルダーの金額の半分を小銭でくれた。
「買ってくれてありがとう。嬉しい。
明日、通学鞄に付けてきてね、星座のキーホルダーと一緒に。」
「...はいはい。」
「ふふ、よろしい。」
俺の返答を聞いた宙は満足気な表情をした後、亜季ちゃんの隣に並び、帰り道を歩き始めた。
「いやー、明日、お揃いのキーホルダーをつけてくる太星を見るのが楽しみだなー。」
俺の隣を歩く優吾は、ニヤニヤ笑いながら俺に話しかけてきた。
100%イジっている。
もうこうなったら開き直るしかない。
「もう、どーぞ、好きなだけ見てください。」
俺は自嘲するように笑って応えた。
「いやー、恋愛っていうのは人を変えるねー。
イルカショーの時も、宇野さんばっかり見てたし。」
そう言われてさすがにギクッとした。
「...そんなに見てた?俺。」
「うん。一生懸命演技してるのに、太星に見てもらえないイルカ達が可哀想になるくらい、宇野さんばっかり見てたよ、ものすごーく優しい目で。
宇野さんのこと好きで堪らないんだなーって思って微笑ましい気持ちになった。」
第三者から見た俺って、そんな状態なのか。
さすがに...恥ずかしい。
「マジか...」
俺がそう言って顔を赤くして俯くと、優吾は軽く笑った。
「まぁ、悪いことじゃないよ。恋愛すると、人はバカになるから。」
「...本当にね...」
自分の顔の熱さを自覚しながら、返事をすると、ふと、優吾が遠い目をした。
「...あと2ヶ月ないんだもんね。宇野さんが引っ越すまで。」
そう言われて、ズキンと胸が痛む。
そうだ、彼女と一緒に過ごせる時間はあとわずかなのだ。
彼女に協力者になって欲しいと言われた時に説明された通り、彼女が調査を終えて去る時に、俺は記憶を操作されて、彼女のことをぼんやりとしか思い出せなくなる。
それに、今までの彼女との思い出も、覚えていられなくなるのだ。
...あまりにも、寂しくて辛い。
「....まぁ、一緒に過ごせる時間を大事にしな。
...2人なら遠距離でも大丈夫だよ、きっと。」
明らかに沈んでいる俺の様子を見た優吾は、心配してくれたのか、俺の背中を叩きながら、優しくそう言ってくれた。
彼の心遣いはとてもありがたい...でも、2ヶ月後に待っているのは、宙との永遠の別れなのだ。
亜季ちゃんと並んで楽しそうに歩く宙の笑顔を見て、俺は胸が苦しくなって仕方なかった。




