28
最寄り駅から歩いて10分ほどでプラネタリウムに到着し、2人分のチケットを購入してから薄暗いドーム内に入り座席に座った。
休日と言うこともあり、満席ではないものの、そこそこ席は埋まっている。
家族連れからカップルまで、比較的幅広い年代の客層だった。
「座席ふかふかだね。気持ちよくて寝ちゃったらどうしよう。」
宇野さんが目を閉じてリラックスした表情で呟いていた。
「あれだけ楽しみって言ってて、すぐ寝たらそれはそれで面白いけどね。」
そうツッコミを入れつつ、きっと彼女なら寝顔も可愛いんだろうなと思ってしまい、自分の邪な心に苦笑いしてしまう。
「いや、それだけは避けたい。
もし私が寝そうになったら起こしてね。
最悪、叩き起こしても良いから。」
彼女はそう言いながら自分の頬に手を当てた。
「起こすけど、流石に叩くのはできないよ。」
「じゃあ、なんとしてでも起こしてね。
起こしてもらえなかったら恨む。」
「なんで、そんなに寝る前提なの。」
お互い軽口を叩き合っていると、いつのまにか投影の開始時間になった。
ゆっくりと館内が暗くなり、壮大なBGMが流れ出すと、頭上に満点の星空が広がる。
投影される範囲がとても広いので、自分が星空に包まれているような感覚になった。
光り輝く星たちはしばらくすると動き出して、流星群に変わる。
頭上を流れていく星たちは思わずため息が出るほどとても美しい。
しばらくすると投影されている映像が星空からたくさんの惑星に変わり、まるで自分が宇宙空間に漂っているような気分になる。
...キレイだな。
そう思いながら、ふと隣を見ると、宇野さんはキラキラと目を輝かせて、移り変わる宇宙の映像を眺めていた。
寝てしまうことを懸念していたとは思えない爛々とした瞳で、目の前の光景を見逃すまいと夢中に見つめている姿はとても微笑ましかった。
40分間の投影が終わり、館内が明るくなると、宇野さんはゆっくりと身体を起こしていた。
「...すごかった。感動した。」
彼女は満面の笑みで俺を見ながら感想を話していた。
「すごいよね。なんていうか没入感が。」
「うん。最初は星空に囲まれてるみたいな感覚になったし、途中からは宇宙に漂ってる気分になった。それにBGMめちゃくちゃ良い曲だね!
ずっとメロディが耳に残ってる。」
宇野さんは興奮した様子で目を輝かせながら感想を話していた。
「楽しんでもらえたなら良かった。
寝ちゃう心配する必要なかったね。」
「うん。あれを寝ちゃって見逃したら、勿体なさすぎる。本当にすごかった...。」
そう話しながら彼女は何かを思い出すような表情になった。
「...懐かしい?」
彼女が宇宙船で生まれ育った宇宙人であることを、意識してそう尋ねると、
「...うん。」
彼女は遠い目をしながら、答えた。
その答えを聞いた瞬間、彼女があと2ヶ月と少しであの星空に帰っていくことを思い知らされる。
...寂しいな。
そう感じる気持ちを抑えて、俺は話題を変えた。
「...さっきのBGMのCDが売店で売ってるんだよ。」
俺の発言を受けて、彼女は再びキラキラと目を輝かせた。
「そうなの?!買う!絶対買う!」
「誕生日祝いってことだし、俺が買うよ。
プレゼントです。」
今日は彼女の誕生日祝いなのだ。
彼女の欲しがるものはプレゼントしてあげたかった。
俺の申し出を聞いた彼女は驚いた後、
「いや、それは悪いよ。」
そう言って申し訳なさそうにしていたけど、
「良いから。誕生日って年に一度なんだし、この日くらいは人から何かをもらうものを拒否しないほうがいいよ。遠慮するのは逆に良くないから。
調査報告にも書いておいて、プレゼントは断らず受け取るものであるって。」
俺が少しふざけたように伝えると、彼女は軽く笑ってから少し考えて、
「分かった。じゃあ、その言葉に甘える。ありがとう。」
そう言って笑顔を見せてくれた。
本当は何より俺が彼女にあげたかったのだ。
彼女の喜ぶ姿が見たいし...CDを聴くたびに、今日のこと、あわよくば俺のことを思い出してほしい。
2人で売店に向かい、一番目立つところに並べられていたCDを購入した。
「じゃあ、これ、誕生日おめでとうございます。」
そう言って彼女にCDを渡すと、彼女は嬉しそうに笑顔で受け取った。
「ありがとう。大事にする。何回も聴く。」
そう言ってCDを両腕に抱えていた。
プラネタリウムから歩いて10分ほどで予約していたカフェに着いた。
このお店はチョコフォンデュが食べられることで有名で、店内はチョコレートや焼き菓子の香りが充満している。
店員に予約名を伝えてから案内してもらい、席に着いてから周りを見渡すと、ほとんどのテーブルでチョコフォンデュを注文しているようだった。
もちろん俺たちもチョコフォンデュを頼んだ。
「あー、嬉しい。楽しみすぎるー、初めて食べるから。」
期待と興奮を隠せない宇野さんの姿をみて思わずニヤけてしまう。
「本当にチョコ好きだよね。
天体観測の時もいつもチョコトースト食べてるし。」
チョコチップが練り込まれた小さめの食パンでチョコクリームをサンドしているチョコトーストは、この地域の人々のソウルフードで、学校の購買でも売られているものだ。
初めて天体観測をしたときに、たまたま俺が買っていたチョコトーストを彼女に紹介すると、予想以上に食いついてくれて、試しに1口あげたら、すぐに気に入ったらしい。
それ以来、天体観測の度にチョコトーストを美味しそうに食べていた。
「うん。今まで食べたチョコ系の物の中で、チョコトーストが今のところ一番のお気に入り。
あんなに美味しいもの、教えてくれてありがとうね。」
「まさかそんなにハマってくれると思わなかったよ。どういたしまして。」
2人でそんなことを話していると、チョコフォンデュと紅茶が運ばれてきた。
蝋燭の火で温められているフォンデュポットに入ったチョコレートソースといちごやバナナなどの果物、マシュマロ、ビスケットが乗った皿が、配膳に慣れているであろう店員の手によって手際よく、テーブルの上に並べられる。
あっという間にテーブルの上はチョコレートの香りでいっぱいになった。
宇野さんはうっとりした表情で並んだ品々を見てからスマホで写真を撮っていた。
「では、早速、いただきます。
どれから食べよう...。」
しばらく真剣な表情でどの食材をチョコレートソースにつけるか悩んでいた彼女は、えいっと声をあげてから、フォンデュフォークをバナナに突き刺した。
「チョコといえばバナナで!」
そう宣言してバナナをチョコレートソースにつけると、チョコたっぷりのチョコバナナが完成した。
出来上がったチョコバナナを口に含むと、宇野さんは両目を閉じて、幸せそうに「うー!」と唸っていた。
そしてゆっくりと咀嚼し、名残惜しそうに飲み込むと、とろけるような笑顔になった。
「信じられないくらい美味しい。
バナナとチョコソースがとんでもなく相性抜群。
チョコソース何入ってるんだろう?
濃厚で甘いけどコクがあって...水筒に入れて持ち運びたい。もう、美味しすぎて幸せすぎる。」
自分の頬に手を当てながら一気に感想を言ってから、彼女はすぐさまフォンデュフォークでイチゴを刺した。
「もう、止まらない。私1人で食べちゃいそう。」
目をトロンとさせながら夢見心地の彼女を見て、思わず笑みが溢れた。
「それで大丈夫だよ。誕生日なんだし、好きなだけ食べて。」
「えーー、流石に申し訳ないけど...手が止まらない。」
彼女は笑いながら嬉しそうにフォンデュフォークで次々と食材を選び、たっぷりのチョコレートソースをつけて、美味しそうに食べていた。
あっという間に食べ進め、残りはバナナが1片とマシュマロとビスケットが一枚ずつになった。
彼女はマシュマロをフォンデュフォークで取ると、たっぷりのチョコレートをつけてから、俺の顔の前に出してきた。
「はい、あーん。」
まさか、あーんをされるとは。
驚いて、何度か彼女とチョコまみれになったマシュマロを見比べた。
照れくささを感じつつ、口を開けると、彼女はマシュマロを俺の口元から離し、自分の口に入れた。
「うーん!美味しい!」
そう言ってイタズラっぽい笑みを見せていた。
からかわれたと分かって、一瞬で顔が赤くなる。
恨めしい気持ちで彼女を睨むと、してやったりという表情をしていた。
俺がそのまま黙ってると、
「ごめんね。次こそあげるから、機嫌直して。」
彼女は小首を傾げてニコッと笑ってから、フォンデュフォークでバナナを取り、チョコレートソースにくぐらせた。
出来上がったチョコバナナをゆっくりとソースから上げ、
「はい、あーん、」
と言いながら、俺の顔の方に持ってこようとしたタイミングで、俺はフォンデュフォークを持った彼女の右手を自分の左手で掴み、盗むように、チョコバナナを食べた。
彼女は俺の急な行動に驚いた表情をしたあと、一瞬で頬を赤く染めていた。
「...確かに美味しい。」
チョコバナナを頬張ると、濃く深い甘さのチョコレートと軽く酸味を感じるようなさっぱりとした味わいのバナナがマッチしていて、彼女の言う通りとても美味しかった。
それに、俺が食べている間、ずっと彼女の手を離さずにいると、彼女は口をへの字にして不服そうな表情をしながら、赤い顔をして、俺をジト目で見てきた。
そんな彼女が可愛くて、よりチョコバナナが美味しく感じた気がする。
チョコバナナを飲み込んでから、俺がパッと彼女の手を離すと、
「...意地悪。」
彼女が頬を膨らませながら呟いたので、
「そっちが先に仕掛けてきたんでしょ。
これでおあいこだよ。」
俺がそう返すと、しばらく軽く睨み合ってから、2人で吹き出してしまった。
「確かに、私が先にイタズラしちゃったからね。ごめん。最後のビスケットは半分こにしよう。」
「そうだね。」
こうして最後のビスケットは半分ずつ食べた。
「美味しかったー、大満足。最高の誕生日。」
彼女は幸せそうに笑顔で話しながら、紅茶を飲んでいた。
「うーん、誕生日にはもう一つ絶対になきゃいけないものがあると思う。」
俺が意味深に言うと、
「え?何なに?」
彼女は興味津々そうに身を乗り出して、俺の言葉を待っていた。
俺は自分の鞄から包装紙に包まれた一片が15cmほどの正方形の箱を取り出した。
「はい、誕生日プレゼント。」
俺がそう言ってプレゼントを渡すと、彼女の瞳はパッと輝いた。
「...嬉しい。ありがとう...開けていい?」
上目遣いで尋ねられ、もちろん了承した。
彼女がゆっくりと丁寧に包装紙を外すと、中から小さなルームプラネタリウムが見えてきた。
「プラネタリウム好きでしょ?
天体観測で見てる、北半球の星座が映るタイプのやつ...いつでもプラネタリウム気分が味わえるように。」
彼女は愛おしいものを見るような表情でじっとプラネタリウムを両手で持ちながら眺めていた。
「...すごく嬉しい......地球の誕生日祝いが最高だってことが分かった。
太星君のおかげだよ、本当にありがとう。」
泣いてしまうんじゃないかと思うくらい、感動した様子を見せながら、彼女は満面の笑みになった。
「どういたしまして。」
想像以上に彼女が喜んでくれたので、嬉しくて、ニヤニヤが止まらなかった。
今日1日彼女と過ごして分かったことがある。
誰かのために、頑張って準備をしたことを、相手が喜んでくれると、本当に嬉しいこと。
そして、それが自分の好きな子だと尚更だということ。
駅まで歩いてから、電車に揺られて、また歩いて、今朝彼女と落ち合ったいつもの曲がり角に到着した。
色々と詰め込んだプランだったけど、全ての工程を終えてしまえばあっという間で、楽しみにしていた1日が終わってしまうのが、とてつもなく寂しい。
「太星君、今日は本当にありがとう。
色んな人に自慢したくなっちゃうくらい最高の1日だった。誕生日っていいものだね。」
笑顔で俺に話しかけてくる彼女の横顔がまた西陽に照らされて一層美しく見える。
「喜んでもらえてよかった。
俺も楽しかったよ、ものすごく。」
俺の言葉を聞いた彼女は嬉しそうに目を細めた。
もうすぐ、このデートが終わってしまう。
でも、俺は最後に、彼女にどうしてもお願いしたいことがあった。
緊張を抑えるために、深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。
「あのさ...2人の時も宙って呼んでいい?」
そう言うと、彼女が目を瞠ったのが分かった。
前までの俺なら、普段からそうしておいた方が、いざ人前で呼ぶ時に呼び捨てをするのに迷わないからとか、色々な理由を重ねていたと思う。
でも、今は、そんな言い訳なんかしたくなくて、俺は純粋に、彼女のことを名前で呼びたかった。
...彼女が好きだから。
好きな人と、距離を縮めたいから。
俺の申し出を受けて、彼女は俯いて、手をモジモジといじっていたけど、しばらくしてから顔を上げた。
両頬は赤く染まっていて、それは西陽のせいなんかじゃなかった。
「...うん。呼んでいいよ。」
彼女は恥ずかしそうに微笑みながら答えてくれた。
俺は喜びを噛み締めながら、彼女をまっすぐに見つめた。
「今日は1日ありがとう、宙。」
俺がそう言うと、彼女は光り輝くような満面の笑みを見せてくれた。
やっぱり、今日の彼女の美しさは神がかっている。
俺は夢見心地で彼女のことを眺めていた。
「...ありがとう。太星君。」




