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 お父さんはゆっくりと話し始めた。


「お母さんの名前を名簿で見たとき、天の川みたいにキレイな名字の人がいるなって思った。

実際に会ってみたら、元気で、明るくて、彼女の周りには人がたくさん集まっていて、すごく眩しかった。本当に天の川みたいだなって。

…そこから頑張ってアプローチして、付き合えたときは、もう、死んでも良いって思うくらい嬉しかったよ。

順調に付き合いが進んで、結婚できて、お母さんが太星を妊娠して…幸せだった。」


お母さんとの馴れそめを話すお父さんは、とても幸せそうだった。


「…でも、お母さんが妊娠したタイミングで、医局の人事で俺が、遠くて、業務量が多くて、忙しいことで有名な病院に勤めることになって…お母さんは家の近くの病院で産休ギリギリまで働くつもりだったから、引っ越さずに、俺が片道1時間半かけて通うことになったんだ。

でも、お母さんつわりがひどくて、入院もしなきゃいけなかったから、予定よりも早く仕事を休むことになったんだけど、上司からは嫌味を言われて、本人もまだまだ仕事をしたいのに身体が言うことを聞かなくて、すごく辛そうで、毎日泣いてた。

俺に余裕があれば支えられたと思うけど、通勤に時間を取られるし、仕事は忙しいし、今で言うとパワハラまがいのこともされてたから、毎日しんどくてお母さんを充分にサポートできなくて…どんどんケンカが多くなった。

このままじゃいけないって思って、俺を派遣した教授に掛け合って、なんとか1年で別の病院で働けるように、人事の調整をしてもらったんだ。

その頃なら、太星が生まれて3ヶ月くらいだから、そこから全力でお母さんと太星のサポートをしようって。

でも、その話を妊娠中で一番辛い思いをしてるお母さんに言ったら、"私が一緒に居て欲しいのは、未来じゃなくて、今この瞬間なの"って、いつもみたいに言われると思ったから、詳しくは話さなかったんだ。

無事生まれたら、前みたいに、仲良く穏やかに話せるようになるって思ってたから。

太星が生まれた日も、仕事を全部終わらせてから病院に向かったから、生まれてから何時間も経ってからやっと行けて。

病室で初めて見る太星は、本当に小さくて、可愛くて…産んでくれたお母さんは本当に偉大だと思った。

お母さんに、"お疲れ様、無事に生まれてきて良かった"って言ったら、

"遅いよ。"って一言だけ言われて。

…でも、俺もやっとの思いで来られたから、つい、

"これでも頑張って急いで来たんだよ。無事に生まれたんだから良かったじゃん"って言っちゃったんだ。

その瞬間、お母さんの目から光がなくなって、無表情になった。

あの時のお母さんの顔は一生忘れられない。

"もう、あなたとは一緒にやっていけない。別れてください。"ってその時に初めて言われた。

俺は絶対に別れたくなかったから、もちろん嫌だって言った。

1年経てば、別の病院で働くことになるから、今までみたいに1人ぼっちにさせないようにするし、仕事以外の時間は、家事と育児を全部やるからって言って、なんとか離婚を踏みとどまってもらえたけど、その時点でもう、お母さんの信頼を失っちゃってたんだ…遅かった。

お母さんがそばにいて欲しかったのは、一番辛かった妊娠中だったんだよ。

でもどうしてもお母さんと太星と3人の生活を諦めたくなかったから、やれるだけのことは死ぬ気で頑張った。

けれど、太星が1歳になる前に、お母さんから、

"あなたが頑張ってくれたのは分かってる。でも、もう無理なの、好きじゃなくなったの。一緒にいるのが辛いの。"

って言われて…もう無理なんだって思った。

離婚届を書いて、お母さんが太星を連れて出て行った後、人生でこんなに泣くことは二度と無いだろうなって思うくらい泣いたよ。

今まで何度も死ぬほど後悔した。

なんであの時、仕事を拒否してでもお母さんのそばにいなかったんだろうって…でも、お母さんは、太星の父親として、俺に接してくれた。

お母さんのことを散々傷つけたひどい俺に、太星の父親でいられるチャンスをくれたんだ。

...本当はお母さんの夫でいたいよ。今も。

でもお母さんは俺のことをたぶんずっと許せないんだよ。

だから、太星の父親として接してくれる、今の関係性を大事にしようって思ってるんだ。それで充分だって。」


…悲しい。

妊娠、出産で2人の関係は大きく変わってしまったんだ。

歯車が噛み合わなくて、ボタンの掛け違いが続いて、お互いを傷つけ合って、一緒にいられなくなってしまった。

涙で視界が歪むのが分かった。


「…本当にごめん、太星。

でも、俺も、お母さんも太星のことが何よりも大事だから、これからも、たくさん頼って欲しいし、思ってることはなんでも言って欲しい。

絶対に、我慢しないで。」


お父さんは真っ直ぐに俺を見ながら話していた。

お母さんの態度を見ていれば、お父さんのことをまだ許せていないのは分かる。

そんな状態で、3人で過ごすことは…きっと難しいんだろう。

無理して一緒にいても、きっと辛くなるだけだ。

俺が本当は3人一緒にいられなくて寂しかったことはもう充分2人に伝えることができたし、たくさん謝ってもらった。

これ以上、俺の寂しかった気持ちをぶつけるのは、これまで俺のために2人が頑張ってくれたことを認めていないようになってしまう。

それだけは嫌だ。

俺は2人のことが大好きだし、本当に感謝している。

その気持ちに偽りはない。

寂しかった気持ちも、2人のことを大切に思う気持ちも、どちらも本心なのだから。

俺はティッシュで涙を拭ってから、お父さんを正面に見据えた。


「ありがとう。俺、お父さんもお母さんも大好きだよ。これからも2人の子供でいさせてね。」


俺が笑顔でそう言うと、お父さんは嬉しそうに笑ってくれた。


「…ありがとう。」


お父さんの目は真っ赤になっていた。

お父さんに自分の気持ちを話せて良かった。

でも、お父さんの話を聞いたうえで…どうしてもお父さんに伝えたいことがあった。


「…1つお願いというか、提案があるだけど、言ってもいい?」


俺は人差し指を立てながら話した。


「うん、もちろん。何でも言って。」


お父さんは背筋を伸ばして、俺に聞いてきた。


「俺が社会人になったら、お母さんにちゃんと好きだって告白して。」


俺がそう言った瞬間、お父さんがたじろいだのが分かった。


「…いや、それは…。」

「今は、俺の父親、母親としての役割を果たすために、自分の気持ちを伝えないでしょ?でも、俺の子育てが終わったら、その役割から解放されるんだから、問題ないじゃん。」

「いや、俺がそんなことをしたら、お母さんが傷つくかもしれないし、」

「そんなの分かんないじゃん。

別れてからこんなに時間が経っても自分のことが好きだったんだって思って、案外前向きに捉えられるかもしれないよ。

確かにあの時のお母さんはお父さんを許せなかったかもしれないけど、時間が解決してくれることもあるんじゃない?」

「いや…でも…成田さんもいるし、」

「俺、成田さんのこともお父さんのことも応援するよ。お母さんが好きっていうことに関しては。」


お父さんがここまで迷っている姿を初めて見た。

こんなに思い悩むほど、お母さんのことが好きなんだ。

それなら、なおさら、気持ちを伝えて欲しいと思った。


「正直、自分の父親が、片思いしてる姿をみてるのって…なんか気まずいって言うか、モヤモヤするって言うか、ウジウジしないではっきりしてよって思う。」


俺がそこまで言うと、お父さんは項垂れてしまった。


「…太星に気づかれるくらい、俺の気持ちってバレバレなんだね。」


お父さんが俯いたままそう呟いたので、


「うん。俺が物心ついたときにはもう分かってたよ。」


そう返すと、お父さんは頭を抱えていた。

普段冷静なお父さんのこんな姿をみるのは初めてだったので、俺は思わず吹き出してしまった。

俺のそんな様子を見たお父さんも、苦笑いをしていた。


「…太星とこんな話する日が来るとはね。

もう、彼女もいるんだし、当たり前か。」


お父さんはしみじみと話していた。


「…わかった。ちゃんと言うよ。太星が社会人になったら。」


お父さんは覚悟を決めたように晴れやかな表情で宣言していた。


「…どうだったか教えてね。」


俺が笑顔で言うと、


「振られるだろうから、一緒に呑んで慰めてね。」


お父さんがそう答えたので、2人で顔を見合わせて笑い合った。


「太星とこんな話するようになるとはねー、大きくなったんだね。

その彼女の影響もありそうだけど。」


お父さんはイタズラっぽく笑いながら話していた。


「まぁね...彼女のおかげで、なんていうか...成長できてるのかもしれない。」


宇野さんに出会ってから、平凡だった自分の人生に起こることがないだろうと思っていた出来事が起きてるし、今まで知らなかった感情を覚えている気がする。


「そっか...いつか会ってみたいな、太星の彼女に。ちゃんとお礼も言いたい。太星が自分の気持ちを言えるようにしてくれてありがとうって。」


お父さんにそう言われ、屋上で俺の手を握り、背中を押してくれた彼女の姿が思い浮かんだ。

胸の奥がじんわりと温かくなる。


「...うん、いつかね。」


俺の返事を聞いたお父さんは満足そうに微笑んだ後、ゆっくりと口を開いた。


「…お父さんみたいにならないように、太星は彼女にちゃんと自分の気持ちを伝えるようにね。

言葉だけじゃなくて、態度で、行動で示さなきゃダメだよ。

そのうち言おうと思っていたら、タイミングを逃しちゃうことなんてたくさんあるんだから。反面教師にしてね。

太星が俺とお母さんに本心が言えるように背中を押してくれた恩人なんだから。大事にしないと。」

「…肝に銘じます。」


そう答えたタイミングで注文していたピザが届いたので、2人で食卓を囲んで食べ始めた。



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