23
天体観測から家に帰ると、お母さんはいつものように夕食を用意して待っていてくれて、笑顔で俺を出迎えた。
「おかえり、寒かったでしょ?
夜ご飯、シチューにしたから。温まると思うよ。」
これから俺が本心を伝えることで、きっとお母さんを傷つけてしまう。
正直、怖い。
でも、屋上での宇野さんの言葉を思い出して、俺は自分を奮い立たせた。
「お母さん、話したいことがある。いい?」
俺はお母さんをまっすぐに見つめながら話した。
いつもと違う俺の様子に気づいたお母さんは、すぐに真剣な表情になった。
「うん、いいよ。」
ダイニングテーブルを挟んで座り、お母さんと向き合った。
俺は深呼吸してから、口を開いた。
「俺、今まで、お母さんと成田さんが再婚することに、賛成だって言ってきたけど...本当は嫌なんだ。」
そう言った瞬間、お母さんが息を呑んだのが分かった。
「...ずっと、親が離婚した子供の中では、幸せな方だって思ってた。
会おうと思えばお母さんにも、お父さんにも会えるし、学校の行事には2人揃って来てくれたし...でも...それでも寂しかった。
本当はいつも3人で一緒にいたかった。
朝起きて、お母さんとお父さんが2人揃っていてくれたら、どれだけ嬉しいだろうって思ってた。
学校の行事で3人で揃っても、学校で解散して、お父さんか、お母さんが1人で帰る後ろ姿を見て...たまらないくらい悲しかった。
このまま3人で家に帰りたいって思った。
...でも、お母さんが、お父さんと、本当は一緒にいたくないのが分かってたから、言わないようにしていた。
お母さんがお父さんを許せないんだって知ってたから。
...でも、俺は、お父さんのこと大好きなんだよ。
だから、お父さん以外に、お父さんができるのが嫌なんだ。
成田さんが悪いわけじゃない。
あの人はすごい良い人で、俺のことも大事にしてくれてるのは分かってる。
不満なんて何もないし、むしろ感謝してる...でも...俺にとってお父さんは、本当のお父さんしかいないんだ。
成田さんのことをお父さんって呼べる日は、来ないと思う。
あと...子供みたいって思われるだろうけど...俺、天川って名字、好きなんだ。天の川みたいで。
こんなに、宇宙好きの俺にぴったりな言葉ってない気がして。
だから...成田じゃなくて、天川でいたい。
今まで、ずっと言えなくてごめんなさい。」
長い間、隠していた自分の本心を、初めて全て言うことができて、心のつかえが取れた気がした。
でも、俺の本音をぶつけられたお母さんがどんな表情をしているか見るのが怖くて、俺はずっと目を伏せていた。
すると、俺が話している間、黙っていたお母さんが口を開いた。
「...太星、顔上げて。」
そう言ったお母さんの顔を見ると、両目からぽろぽろと涙が溢れていた。
傷つけてしまったのだ。
「ごめん、お母さん、俺、」
俺が思わず謝ると、
「太星、やめて、謝らないで。お願いだから、私に謝らせて。」
お母さんはそう言うと、自分を落ち着かせるように深呼吸をしてから話し始めた。
「今まで本当にごめんね。無理させて。
太星が寂しいって素直に言えない状況にしていてごめん。
私が…お父さんに対してネガティブな気持ちを持ってても、あの人は太星にとって良い父親なんだから、太星がお父さんを大事に思う気持ちを、大切にしなきゃいけなかったのに、無神経で本当にごめん。
お母さん、恥ずかしいけど、こうやって太星に言われるまで、自分はお父さんと協力して、太星に寂しさを感じさせない環境を用意できてるって勘違いしてた。
いつでも、私と、お父さんに会える環境だから…でも、太星は私とお父さんが揃って一緒に居て欲しかったんだね。
そうしてあげられなくて、本当にごめんなさい。」
お母さんが泣きながら頭を下げる様子を見て、鼻の奥がツンとして、堪えきれずに俺も泣いてしまった。
「ごめん、お母さん。今まで言えなくて。
お母さんの言う通り、俺とお母さんとお父さんの3人で、一緒にいたかった…友達が家族で外食したとか、旅行に行ったって話を聞く度に、両親揃って一緒に行けて羨ましいなって思ってた。
でも、お母さんとお父さんが、別々ではあったけど、仕事が忙しいのに、俺を連れて色々なところに連れて行ってくれるのは分かってたから、言わないようにしたんだ。お母さん達を悲しませたくなくて。
でも、今さら言うんだったら…もっと早く言っておけばよかったね。
本当にごめん。」
涙が止まらなくて、話しながら声が裏返ってしまった。
お母さんは俺が謝る姿を見て、何度も首を横に振っていた。
「ううん、謝らないで、今さらなんて思わないから。
話してくれて本当にありがとう。
太星をこれ以上悲しませなくて済んで良かった。
私、成田さんと再婚しないから。」
俺が反対すれば、2人の再婚話がなくなるのは分かっていた。
いつも俺に優しくしてくれる成田さんや、やっと仲良くなれた亜子ちゃんが悲しむ姿を想像して、胸が痛んだ。
「…本当にそれでいいの?俺だけが反対したせいで。」
俺の意見だけで、2人の今後を決めてしまっていいのだろうか。
「良い、私にとって一番大事なのは太星だから。
あなたを産んでからその優先順位が変わったことは一度も無い。この先も絶対にね。私は太星が嫌がることは絶対にしたくないの。」
お母さんはキッパリとそう言い切った。
「俺が反対したせいで、成田さんとの仲…悪くなっちゃわない?」
一番気にしていたのはこのことだった。
お母さんが成田さんのことを大切にしているのを知っているから。
「大丈夫だよ、太星が想像している以上に私たち色々なこと話し合ってきてるから。太星にこう言われるのも想定してなかったわけじゃないし。
それに、万が一、これで上手くいかなくなっても、私が一番大事なのは太星だから。正直、天秤にかけるまでもないよ。」
お母さんの目はまだ赤かったけど、頑張って笑顔を見せてくれた。
「…ありがとう。お母さん。」
俺がそう言うと、お母さんは俺の頭を撫でた。
撫でられたのなんていつぶりだろう。
少し恥ずかしかったけど、嫌ではなかった。
「今日は思ってること、話してくれてありがとう。
...何か、話したくなるきっかけあったの?」
そう聞かれて、屋上で俺を勇気づけるために、手を握ってくれた宇野さんの姿が脳裏に浮かんだ。
「...もしかして、宙ちゃんのおかげ?」
まさか言い当てられると思ってなかったので、驚いてお母さんの顔を見ると、お母さんはしてやったりという表情をしていた。
「...どうして分かったの?」
俺が尋ねると、お母さんはニヤッと笑った。
「さっき、私が質問した時、好きな相手のことを思い浮かべてる顔してたから。」
「...何それ。」
根拠があるようで、お母さんの直感に過ぎない気がする。
俺は苦笑いしてしまった。
「...宙ちゃんに感謝だな。私が気付けなかった、太星の本心を引き出してくれたから。大きなお世話だと思うけど、宙ちゃんのこと大事にしなよ。
相手のために行動してくれる人ってなかなかいないから。」
「...うん。」
「じゃあ、シチュー食べようか。」
泣き腫らした目のまま、2人でシチューを食べ始めた。
クリスマスイブは、俺とお母さん、成田さん、亜子ちゃんと、我が家でクリスマスパーティーをすることになっていた。
「太星、本当に良かったの?
彼女ができて初めてのクリスマスイブなのに、デートに行かなくて。」
俺がクリスマスツリーのオーナメントを飾り付けていると、お母さんが心配そうに話しかけてきた。
正直、今日までに、このやりとりを何度もしてきたので、ちょっとしつこいなと思ってしまう。
「何回も言ってるけど、彼女は毎年家族でクリスマスは祝うって決めてるから、良いんだよ。俺とは年明けに会うんだし。
俺もお母さんと、成田さんと、亜子ちゃんとクリスマスを祝いたいんだから、良いでしょ?」
天文宇宙検定の時に、宇野さんがお母さんに話していた設定だと、幼少期の辛い闘病生活を乗り越えた、宇野家はとても仲が良いことになっている。
クリスマスを家族で過ごすから、俺とは過ごさないというのは、説得力があると思った。
「うーん...まぁ、当人たちが良いなら良いんだけどさ。」
お母さんはまだ納得していなさそうだったけど、俺と一緒に過ごすこと自体は嫌じゃないはずなので、本音は嬉しいのだとは思う。
そのタイミングでインターホンが鳴り、成田さんと亜子ちゃんがやってきた。
「お邪魔しますー、わぁ!ツリー大きい!」
俺が飾り付けしたツリーを見て、亜子ちゃんは目を輝かせた。
「去年まで使ってたツリーの枝が折れちゃったから、新しいやつ買ったんだ。リアルだよね。」
「うん、本物の木みたい。」
俺と亜子ちゃんの会話が盛り上がっている様子を、お母さんと成田さんは微笑ましそうに見ていた。
亜子ちゃんはお母さんと一緒に料理を作り始めて、俺は成田さんと2人で飾り付けを続けていた。
天体観測から帰ってきたあの日、お母さんはすぐに成田さんに連絡していて、彼は俺の意思を尊重してくれたので、すんなり再婚話は無しになったようだった。
俺のせいで、2人は再婚できなくなったわけで、成田さんに会うことに多少の気まずさがあったのだけど、彼はいつものように優しく俺に接してくれた。
「太星君、思ってること話してくれてありがとうね。」
俺がクリスマスのガーランドを壁に貼ってると、成田さんが話しかけてきた。
「...ごめんなさい。ずっと言えなくて。」
「いいんだ。太星君が正直な気持ちを言えないようにさせちゃってた俺たちがよくなかったんだ。本当にごめんね。」
彼はいつものように、話しかけられているこっちが安心してしまう温かい声色で、語りかけてくれて、俺は鼻の奥が少しだけツンとした。
「...でも、俺、成田さんにはすごく感謝してるし、何よりも信頼してます。
俺とお母さんを見守ってくれて本当にありがとうございます。」
再婚は反対だけど、成田さんがお母さんにとって大切な存在なのは、2人を見ていれば分かる。
「僕は...父親の肩書きとか、戸籍上の繋がりとか関係なく、太星君にとって信用できる身近な大人でいられたら嬉しい。」
そう言って、穏やかな笑みを俺に向けてくれた。
お母さんが、こんなに素敵な人と付き合えて本当に良かった。
戸籍上の家族にはならなくても、こうして集まれる存在でいられることは幸せだ。
「...本当にありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです。」
俺が笑顔でそう返すと、成田さんは嬉しそうだった。
「はい!ご飯全部できたよ!温かいうちに食べよう!」
お母さんが手を叩いて、俺と成田さんを呼んだので、2人で食卓に向かった。




