20
ケーキを食べ終えた後、お母さんは車で亜子ちゃんを家まで送り、俺は宇野さんをいつもの曲がり角まで送っていた。
「まさか、宇野さんが亜子ちゃんと同じものを推してるなんて思わなかった。」
宇野さんが地球上の何かしらのコンテンツにハマっている話は聞いていなかったので、初耳で驚いていた。
俺がそう伝えると、宇野さんは意味ありげな含み笑いをした。
「ふふふ、天川君。
私たちの調査能力を甘くみないでね。
亜子ちゃんと天川君が仲良くなるために、亜子ちゃんのこと、調べさせてもらったの。
ドリアイの熱狂的なファンだって分かったから、この3日間で知識を頭に叩き込んだ。」
思いがけない事実を告げられて、俺は目を剥いた。
「え!嘘でしょ?!」
宇野さんはしてやったりと言う表情をしてから、満足そうな笑顔を見せた。
...まさか、俺たちの距離を縮めるために、そこまでして、ファンを装っていたなんて。
俺は、あまりに驚いてしまって、間抜けな顔をしていたと思う。
「まぁ、実際調べてみたら、ファンがたくさんいるだけあって、面白いコンテンツなんだって分かったんだけどね。
亜子ちゃんとの会話の中で私が言ってたのは本心だから。
実力派のおじさん声優達が、ちゃんとアイドルやってるのが、ファンの期待に応えようと覚悟してる感じがして、すごい良いなって思ったんだよねー。」
嬉しそうに話す宇野さんを見て、胸の奥がじんわりと熱くなっていることが分かる。
彼女が、俺たちのために、ここまで頑張ってくれたことが、嬉しくて...正直泣きそうになってしまった。
なんで、ここまでしてくれるんだろう。
俺はつい足を止めてその場に立ち止まってしまった。
そんな俺の様子を見て、宇野さんは不思議そうな顔をしていた。
「...どうして、そこまで頑張ってくれたの?」
俺が質問すると、宇野さんは何度か瞬きした後に、ゆっくりと微笑んでから口を開いた。
「...太星君には、今までたくさん助けられてるから、少しでもそのお礼がしたくて。
いつもありがとう。
これからも私の大事な協力者でいてね。」
夕陽に照らされながら、そう話す彼女の姿は、信じられないくらい美しくて、なんだか神々しくて、やっぱり彼女はこの世界の人間じゃないのだと、再認識させられた。
...でも、違う世界に住む存在同士だとしても、俺はそんな彼女のそばにいたいと心の底から思った。
そんな風に、ここまで強く思ったのは、初めてだった。
「...本当にありがとう。」
胸がいっぱいで、伝えたいことがたくさんありすぎて、逆に何も言えなくなってしまったのが、もどかしかった。
でも、そんな俺のことを彼女は優しく見つめていた。
その姿を見て、胸がギュッと苦しくなった。
あっという間に季節は秋から冬に変わり、一層、寒さが身に染みるようになった。
「あーー、もう、クリスマスじゃん。
また寂しい男たちで集まるしかないのか。」
体育の授業中の待機時間、同じクラスの高橋大和が、愚痴っぽく話していた。
彼は口から先に生まれたんじゃないかと思うくらい、おしゃべり好きで、発言も面白く、悪いやつではないけど、余計なひと言も多い。
「ったく、良いよなぁ、お前たちは、可愛い可愛い彼女がいてー、いちゃついてんじゃねえぞこのやろー。」
高橋は俺と優吾に絡んできた。
正直、こんな風にいきなり文句を言われることにも慣れてきてしまっている。
「八つ当たりしてくんなよ。」
優吾は俺よりも長く高橋に絡まれ慣れているので、あっさりといなした。
「うるせぇ!八つ当たりしないとやってらんねえんだよ、こっちは。
可愛い幼なじみ女子とお付き合いですか。
漫画かよ、ラブコメやってんじゃねえぞ全く。」
「はいはい、なんとでも言え。」
「キィー!余裕なのがまたムカつく!」
高橋の大げさなリアクションに周囲にいた男子達から笑い声が上がった。
「おい、天川!お前こそだぞ!自分は関係ないみたいな顔しやがって。」
宇野さんと付き合っていると宣言してから、今まで外野だったイジりに強制的に参加させられる羽目になっている。
「お前だってちょっと前はこっち側だったくせに、転校生の美少女と付き合うとか、漫画か!
皆の宇野さんを返せ!ちくしょー」
「そうだそうだー」
「ずるいぞー」
いつの間にか、高橋と仲の良い男子達も加わって抗議している。
こういうときはヘタに何か言っても、状況が悪化するだけなので、基本的には黙る一択だ。
「無視すんなよ!お前、宇野さんと付き合いだしてから、他の女子にもモテやがって…!
ふっざけんなよー!彼女持ちのくせにモテんな!分けろ!モテを!」
身に覚えのない言いがかりをつけられて、俺の頭の上にハテナが飛んでいるのが分かったのか、琢磨が俺に説明してきた。
「宇野さんを上級生から助けたエピソードの格好良さと、宇野さんが太星のことをとっっても好きそうな様子を見て、あれだけの美人に愛される太星は、それはそれはいい男に違いないっていう評判らしいよ。」
「へー…そんなこと言われてるんだ。」
そんな噂が立っていることは知らなかったけど、確かにそう言われてみれば、なんとなく前よりも、女子達の俺ヘの対応が優しい気はする。
でも実際、俺自身は以前と何1つ変わっていない。
結局、宇野さんの彼氏という肩書きが付くだけて、人々の評価も変わるのだ。
正直、皆、現金だなと思ってしまった。
「おい!他人事みたいな反応してんじゃねーよ!
くそー彼女持ちの余裕か…!早野だってそう思うだろ?!同じ彼女いない者同士!」
高橋がそう言っても、琢磨は反応しなかったが、
「高橋、早野と自分を一緒にするな。」
「彼女を作らない人間と作れない人間は大違いだから。」
「自分が虚しくなるだけじゃん。」
皆、琢磨がモテるけど彼女を作らないことを知っている。
周囲の男子達に口々に反論され、高橋はがっくりと項垂れた。
「あぁ…神様は不平等だ…。」
このまま、この話は終わりになるだろうと思って油断していると、頭を上げた高橋は、俺の近くまで来て、両肩をガシッと掴んできた。
「…え、何?」
「俺がモテないのは仕方ない。
なら、せめて幸せを分けろ。」
高橋は俺を睨みながら、両肩から手を離さなかった。
「…何それ。」
なんとなくこれから言われることは想像できたけど、一応返事をしておいた。
「…宇野さんとどこまでやったんだ?」
彼はニヤリといやらしい笑みを浮かべながら聞いてきた。
「え、知りたい。」
「教えて、教えて、」
周囲の男子達も野次馬根性丸出しで、俺の周りに集まってきた。
やっぱりまたその話か。
正直、今までも何度か同じような展開になったことがある。
皆、なんでそんなに他人の恋愛事情に興味があるのだろう。
他人同士が関係を持とうが、持っていなかろうが、自分の人生には全く関係ないというのに。
俺は大きくため息をついてから、口を開いた。
「あのさ…何度も言うけど、そんなこと話すわけないじゃん。」
「なんだよっ、話すくらいタダなんだから良いじゃん!自慢しろよ!ほら!」
「…自分の知らないところで自分のことを他人に話されたら、いい気しないでしょ、彼女の気持ちも考えてよ。
はい、というわけで俺は話さないので諦めてください。」
俺がそう言い切ると、周囲のリアクションは「えー、ケチだなー」「おー、偉い」などと、いつも通り、賛否両論だ。
ただ、高橋は納得がいかないのか、俺の両肩を揺さぶってきた。
「ちくしょー!カッコいいこと言いやがって!
これ以上モテる気かー!」
「ちょ、痛いから、」
あまりにも激しく揺さぶられて、首が痛い。
これ以上は勘弁してほしいと思っていると、
「おい!高橋!さっきからうるさいぞ!」
高橋は体育教師に名指して注意され、さすがに黙った。
やっと追求から逃れられて俺がほっとしていると、優吾が俺の隣までやってきた。
「いやー、俺も見る目がないなぁ。
太星がこんなにいい男だって気づいてなかったとは。」
しみじみとそう言われ、
「…どういうこと?」
彼の発言の真意が分からず困惑していると、
「ほら、太星にとって宇野さんは初めての彼女なわけじゃん?
しかもあんな美人なんだから、普通は浮かれて彼女とのことをべらべら喋っちゃうと思うんだよ。
でも、太星は宇野さんのことを第一に考えて、どんなことを聞かれても何も言わない。
いやー、見くびってたわ、ごめん、反省してる。」
優吾は腕を組んで何度も頷きながら、話していた。
「…なんか、バカにされてる気がするけど。」
俺が苦笑いをしながら言うと、
「ちなみに、さっきの太星がモテてるって話の補足だけど、宇野さんとのことをべらべら喋らないで、彼女のことを大事にしているところも良いってことらしいから、自信持ったら。」
琢磨が軽く笑いながらそう付け加えてきた。
…正直な話、聞かれても話すようなことを何もしていないから、彼女とのことを話せないという面もある。
彼女と俺の関係は出会った頃から何も変わらず、あくまで仲の良い宇宙人と協力者だ。
…もし、本当に付き合ってたら、俺だって少しは浮かれて…優吾と琢磨には色々と話してしまうかもしれない。
ふと、そんなことを思って、自分の中に宇野さんに対する邪な気持ちが生まれかけていることに気づかされる。
正直、この前、宇野さんが俺の家に来てから、気づいたら彼女のことを、目で追っているのだ。
明らかに意識してしまっている。
…でも、それじゃ、ダメだ。
あくまで俺は彼女と友好的な関係を築いている協力者なんだから、下心なんて抱いちゃいけない。
俺は自分の両手で両頬を叩いて気合いを入れ直した。
そんな俺の様子を見た優吾と琢磨は不思議そうな表情をしていた。




