18
4級の試験終了時間から10分ほど経った頃、宇野さんはカフェにやってきた。
「試験、お疲れ様。」
「ありがとう、疲れたー。でも、割とできたんじゃないかと思う。」
「そっか、良かった。頑張った成果出たんだね。」
「うん、あとは結果を待つのみ。お腹空いたー、天川君何か食べた?」
「ううん、宇野さんとタイミング合わせようかと思って。
メニューどうぞ。」
2人でメニューを一通り見て、宇野さんはランチセットのグラタン、俺はミックスサンドを注文した。
「天川君の試験は15:00からだよね?16:00終了?」
「うん、お母さんにもそう伝えてるから、16:10くらいには、俺たち下ろしたところで待機してるってさ。」
「お迎えまでしてくれるなんて本当にありがたい。
もっとたくさんお菓子買えばよかったかも。」
彼女は両手を合わせて拝むように目を瞑りながら話していた。
「大丈夫だよ、結局お母さんと俺で食べることになるし、たくさんあっても食べきれないから。」
「本当に優しいお母さんだね。
たくさん話振ってくれたから、車の中も楽しかったよ。」
「うちのお母さんは明るい人だから。
姉御肌って感じで、テキパキしてるし、俺がダラダラしてると怒られるもん。」
「なんか、想像できちゃう。お父さんはどんな人なの?」
「お父さんは、ザ理系って感じで、冷静に物事を進めるタイプかな?
でも、基本的には優しいよ。」
「へぇー、なんかお母さんとバランス取れてて、良い夫婦だね。」
笑顔でそう言う宇野さんを見て、俺の両親が離婚していることを彼女に話していなかったことを思い出した。
彼女が禁止事項だと言って、自分の家族の話をしなかったので、俺も自分の家族について何も言っていなかったのだ。
「えーっと…話してなかったけど、うちの両親、俺が小さい頃に離婚してるんだ。」
そう言った瞬間、彼女が、しまったという表情をして気まずそうにしているのが分かった。
「あ、でも気にしないで。
俺は基本お母さんと暮らしているけど、お父さんの家も歩いて15分のところにあって、週に2-3回は会ってるし、泊まってるし、2人に育ててもらった感じだから。
離婚しても、俺の両親はあの2人であることには変わりないし、俺にとって2人は大事な存在なので。
だから、気を遣って謝ったりしなくて良いからね。」
正直、こういう場面には慣れてしまっているので、こう言えば、相手の罪悪感を減らせるのではないかという説明を自分なりに試行錯誤してきてきた。
「そっか…それなら謝る方が失礼だね。」
宇野さんは少しぎこちないけれど笑顔を見せてくれた。
「そうそう、気にしないで、俺は毎日楽しく生きてるし。」
そう話しているタイミングで、注文の品が届いたので、この話は終わりになった。
「じゃあ、そろそろ行ってくるね。
迎えの時間まで、このカフェで待ってる?」
昼食を食べ終ったので、試験開場時間に合わせて店を出ようと思い、宇野さんに声を掛けると、
「うん、そうする。あと、これ、プレゼント。」
宇野さんは自分の鞄から小さな紙袋を取り出して、俺に渡してきた。
「え?俺に?ありがとう、開けていい?」
「もちろん、どうぞ。」
まさかプレゼントをもらえるとは思わず、驚きながら袋を開けると、中身はお守りだった。
「天川君が頑張って勉強してたのずっと見てたから、たぶん実力で合格できるだろうけど、少しでも御利益あればと思って買ったんだ。」
俺のためにわざわざ買ってきてくれたのか。
彼女の優しさに、胸がじんわり温かくなった。
「…ありがとう、すごい嬉しい…でも俺から宇野さんに何も渡せてなくてごめんね。今度何かプレゼントするから。」
「いいよ、そんなに気を遣わなくて。
私があげたかっただけだし…でも、もし何かもらえるなら、美味しいチョコレートがいいかな?」
彼女はそう言うといたずらっぽく笑った。
宇野さんから何かをもらったのは、天体観測でチョコレートを分けてもらって以来だった。
宇宙人からプレゼントをもらえるような関係性になったことも嬉しいけど、ずっと一緒に勉強を頑張っていた宇野さんからもらえたことが、何よりも嬉しかった。
「…頑張ってくるね、いってきます。」
「うん、応援してる、頑張って。」
彼女に見送られて、試験会場に向かった。
「2人ともお疲れ様。」
迎えに来てくれたお母さんは、笑顔で俺たちを出迎えてくれた。
俺の試験も無事終わり、手応えもしっかりあったので、晴れやかな気持ちで会場を後にできた。
「お迎えまでありがとうございます。すごく助かります。」
宇野さんも笑顔でお礼を伝えていた。
「いいのいいの、電車もバスもダイヤ乱れてて大変だったみたいだから、役に立てて良かった。
あと、ごめんね、暖房つけてたけど、後部座席寒いだろうから、ブランケット使う?」
「いいんですか?ありがとうございます。
貸してもらえるとありがたいです。」
常に体温が低い宇野さんには、この寒さは身に染みるのだろう。
お母さんの提案を彼女はすぐに受け入れていた。
「太星、助手席の前の収納にブランケットあるはずだから、渡してあげて。」
お母さんに言われて収納を開けると、確かにブランケットが入っていたけど、その上に、水色の手袋が載っていた。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
宇野さんは笑顔で俺からブランケットを受け取ると、膝の上に掛けていた。
「お母さん、この手袋お母さんのじゃないよね?水色の。」
お母さんは暖色系の色が好きなので、寒色系のものはあまり持たない。
「...あー、これ亜子ちゃんのだ。ほら、この前、助手席に乗ってたから。
今度会うとき渡してあげなきゃね。
急に寒くなったから、困ってるかもしれないし、LINEしてもらえる?
うちで預かってるって。」
そう言われれば彼女が持っているアイテムは水色が多い気がする。
好きな色なんだろうか。
「分かった。」
俺はそう答えて、すぐに、成田さん、お母さん、亜子ちゃん、俺の4人のLINEグループにメッセージを送った。
“お疲れ様です。亜子ちゃんの手袋がうちの車に置いてあったので、次の食事会の時に持って行きます。”
帰り道もお母さんと宇野さんはずっと話が盛り上がっていて、俺は相槌を打つくらいだった。
「宙ちゃん、本当に話してて楽しい。太星と付き合ってくれてありがとうね。今度よかったら家に遊びに来てね。」
「そんな風に言ってもらって嬉しいです。ぜひ、お邪魔させてください。
また、あのお店のお菓子持って行きますね。」
「宙ちゃんなら手ぶらで全然構わないからー。」
お母さんはずっとご機嫌で、家に招待までしていた。
彼氏である息子の意見を一切聞かずに誘うのはどうかと思ったけど、お母さんがずっと楽しそうだったので、水を差さないようにしていた。
「本当にここでいいの?もう暗いし、お家の前まで送れるよ?」
宇野さんは家の近くのコンビニ(という設定)で車から下ろして欲しいと伝えていた。
彼女の待機場所を知られるのは困るのだろう。
「ここまでで、大丈夫です。
家はすぐ近くですし、道幅が狭くて、車が入るの難しいんで。
本当にありがとうございました。失礼します。太星君、また来週ね。」
「うん。また。」
彼女はお礼を言ってからお母さんの申し出を、断り、車から出ていった。
「いやー、太星が怪我して保健室に迎えにいった時も良い子だなと思ってたけど、本当に良い子だね。
うちの息子の彼女がとても良い子なんですって自慢して回りたいくらい。
大事にしなよ、太星。絶対遊びに来てもらってね。」
「はいはい。」
家までの帰り道、上機嫌で話し続けるお母さんを見て、今まで、俺が宇宙にしか興味を持っていないことで心配をかけていたことを思うと、少しは親孝行ができたのかもしれないと思った。
次の月曜日、俺はいつものように宇野さんの待機場所近くの曲がり角で待っていた。
例のストーカー騒動があってから、彼女と登下校を共にしており、付き合っていると宣言してからは、信憑性を高めるためにもそのまま継続して一緒に登下校をしている。
待ち合わせ時間ちょうどに、彼女はやってきた。
「おはよう。」
「...おはよう。」
いつも、笑顔で挨拶してくれる宇野さんは、どこか不服そうな表情をしていた。
そのまま2人並んで歩き始めると、いつも、口数の多い彼女が、今日は静かだった。
何かあったんだろうか。
「...宇野さん、いつもより話さないね、どうしたの?」
「...通学路は、誰が見てるから分からないから、呼び捨てしてって言ってるじゃん。」
彼女は口を尖らせた。
2人っきりだと、今まで通り、宇野さん、天川君呼びなので、どうしても呼び捨てに慣れなくて、彼女によく注意されている。
「あ、ごめん、気をつけます...でも、いつもより元気ないから、気になって。」
俺がそう話して彼女の顔を覗き込むと、口をへの字にした彼女に睨まれた。
え、怒ってる?俺なんかした?
彼女が怒っている原因に心当たりがなくて、困惑していると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「...亜子ちゃんって誰?」
「...え?」
「...ほら、手袋の。」
そう言われて、試験の帰り道の車内で、亜子ちゃんの水色の手袋を見つけたことを思い出した。
「あぁ、うーんと...うちのお母さんの、彼氏の娘さん。」
俺がそう説明すると、彼女はとても驚いていた。
「えーっと、お母さんと、俺と、お母さんの彼氏と、その娘さんの4人でちょくちょく会ってるんだけど、その時、お母さんと彼氏が交互に車を出してるから、たまにその娘さんがお母さんの車に忘れ物することがあって。
今回もそんな感じでした。」
俺の話を聞いた彼女は立ち止まって俯いた。
「...なんかごめんね、あのときちゃんと説明してなくて。
うちの両親が離婚してる話したばっかりで、お母さんの彼氏の話するのもなんかおかしいかなと思って。」
正直、彼女が、亜子ちゃんのことを気にするとは思わなかったので、お母さんに彼氏がいる話はする必要が無いと考えていたけれど、協力者の身近な存在は知ってもらっておいた方が、良いのかもしれない。
「…ごめん、私、勝手に亜子ちゃんって太星君の幼なじみとか、近い距離の女友達かなって思って…心配しちゃった。」
想像もしていなかったことを言われて驚いた。
現時点で俺が一番親しい異性はたぶん宇野さんだ。
宇宙人だけど。
「なんだ...そんな人いないよ。
あれでしょ?俺が、秘密をばらす可能性がある人がいるかもしれないって心配になったんでしょ?」
俺がそう言うと、彼女は俺を見て、複雑そうな表情をしてから、
「…うん。ちょっと違うけど…心配になったのは本当。」
最終的にそう答えていた。
「それは、大丈夫だから安心して、絶対誰にも言わないから。」
俺がそう言って胸を叩くと、彼女は腕を組んで、唸っていたけど、
「…うん。ありがとう。信用してる。」
しばらくしてから、少し困ったように笑ってそう言った。
「...仲良いんだね、その、お母さんの彼氏さんと、娘さんと。」
「うーん、そうだなー...彼氏さんは成田さんって言うんだけど、すごくよくしてもらってて、優しい人だよ。
亜子ちゃんも良い子なんだけど...やっぱり中学3年生で、いきなり高2の男と仲良く話せって言われても、難しいんだろうなって感じ。
俺も、それくらいの年齢の女の子と何話せば良いか分からないから、会話があまり盛り上がらなくて、気まずくなることも割とある。
お母さんも成田さんも、これからのことを考えると、俺と亜子ちゃんに仲良くして欲しいんだろうなって思うし、俺ももう少し話せるようになりたいと思うけど、なかなかうまくいかないよね。」
亜子ちゃんと俺との距離は依然縮まってはいない。
2人が彼女の高校進学に合わせて、籍を入れたいと考えていることを思うと、悠長なことは言ってられないのだけれど、どうしたら良いのか具体的な解決策を思いついていないというのが、正直なところだった。
俺の様子を見ていた、宇野さんは腕を組んでしばらく黙った後に、口を開いた。
「...今度、太星君の家に遊びに行ってもいい?
お母さんにも誘ってもらったし。
そこに亜子ちゃんも呼んでよ。」
「え?!」
予想もしていなかった展開に驚き、俺は思わず、大きな声をあげてしまった。
「お母さんに、今度、家においでって誘ってもらったし、太星君が亜子ちゃんとうまく話せるように、手伝うよ。ダメ?」
「...いや、ダメじゃないけど...なんか、想像もしてなかったことを言われたからびっくりして...」
「...亜子ちゃんと仲良くなりたいんでしょ?
こういうのは、同性同士の方がうまくできる気がする。まぁ、任せてよ。」
彼女はそう言うと、さっきとは打って変わって自信ありげな笑みを浮かべていた。
「...宇宙人でも、同性同士の方がうまくいくっていう考え方なの?」
「こういうのは宇宙共通だから、信用してよ、疑っちゃったお詫び。
次の土曜日のお昼とかどう?」
「...お母さんに聞いてみる。」
何か企んでいるようにも見える宇野さんの圧に押され、俺は了承せざるを得なかった。




