17
「今日は車を出してくださってありがとうございます。
これ、良かったら食べてください。」
車に乗り込んだ宇野さんは頭を下げてお礼言ってから、笑顔で運転席のお母さんに菓子折りを渡した。
初めて私服を見たけど、茶色のシンプルな膝丈のワンピースで、スタイルの良い宇野さんにとてもよく似合っていた。
「わぁ!わざわざありがとうね。
私、ここのお店のお菓子好きだから、嬉しい。
後部座席に置かせてもらってもいいかな?」
お母さんはちょっと大袈裟なぐらい喜んでいた。
結局試験当日は大寒波の影響で雪が降り、電車もバスも時刻表通りの運行は難しそうだとニュースで言っていたので、結果的にお母さんに車を出してもらって正解だったと思う。
宇野さんは、助手席に座っている俺の後ろ側の後部座席に座り、シートベルトを締めてから、お母さんに声をかけた。
「あの、きちんと言っておいた方がいいと思うんですけど、私、太星君とお付き合いさせていただいています。
色々と至らないところはありますが、よろしくお願いします。」
宇野さんが話している様子を、お母さんは微笑ましそうに見ていた。
「教えてくれてありがとう。
こんな素敵な子が太星の彼女だなんて、信じられない。
太星、一生の運使ったんじゃない?」
お母さんはニヤニヤと笑いながら、左肘で俺のことを突いた。
「いえ、太星君とお付き合いできて...私の方が一生分の運を使った気持ちです。」
宇野さんがにっこり微笑みながら言うと、お母さんは右手で目元を覆った。
「...っなんっていい子なの...!
太星、宙ちゃんを傷つけたら、私が許さないから。」
最後は俺を指さしながら、宣言した。
「あぁ、もう、分かったから、とにかく出発して。」
俺がため息をつきながら返事すると、お母さんは車を発進させた。
「宙ちゃんは、転校生なんだよね?前はどこにいたの?」
「福岡です。そこも半年間いただけなんですけど。」
「えー!大変だね。引っ越し多くて。お父さん転勤族?」
「はい。サラリーマンなんですけど、半年から一年で転々としてて。」
「へぇー大変。家族みんなで引っ越ししてるんだね。
失礼かもしれないけど、宙ちゃんも高校生だし、単身赴任しようって話にはならないの?」
「私が大学生になるまでは、なるべく家族3人離れずにいようって言う方針で、私も両親のこと好きなので、色々な場所に住めるのは面白いですし。」
「家族、仲良いんだね、すごい。」
宇野さんが話していた通り、2人の会話はテンポよく進み、俺が入る余地はなかった。
それに、宇野さんの人物設定は意外と作り込まれていた。
「そうですね。仲は良いと思います。
...私、幼稚園から中学校まで、病気で入院と退院を繰り返してて、ほとんど学校通えてないんです。
命の危険があるかもっていう状態になった時もあって。
両親はずっと私を優先してくれて、お母さんは仕事を辞めて、お父さんも、会社にお願いして、時間の融通が効く部署に移動したりして、結構大変だったんです。
だから、元気になった今はなるべく一緒に過ごそうって話してて、私が大変だった時に、融通を効かせてくれた会社にお父さんは恩義を感じてて、率先して転勤してるんです。」
作り話だと分かっていても、なんだか、少し切なくなってしまった。
宇宙船でひとりぼっちだった、カマドウマ星人の姿の宇野さんと、病室で1人ベッドに横たわる人間の姿の宇野さんが、リンクする感覚になった。
「そうだったの...大変だったんだね、話してくれてありがとう。」
「気を遣わせてしまったならすみません。
でも、今は元気になったんで、大丈夫です。定期検査も半年に一回なんで。」
「そう、それなら良かった。」
「はい、それに、今まで、転校先で馴染めなくて、周りから浮いたまま過ごして、また転校するを繰り返してたんですけど...太星君のおかげで、今は自分の居場所がある感じがして嬉しいんです。すごく感謝してます。」
バックミラー越しに宇野さんを見ると、彼女と目が合って、思わずドキッとした。
彼女はとても愛おしいものを見るような表情をしていた。
「えー、そんな風に言ってくれるなんて嬉しいな。
宙ちゃんは太星のどこがそんなに良かったの?」
「そうですね...たくさんあるんですけど、一番は宇宙が好きなのがブレないところですかね。
周りがなんて言おうと、どう見ようと、自分の好きなことを貫いているのが、カッコいいなって思います。
あと、調子に乗ってると思われるかもしれないんですけど、私の容姿って人目を引くらしくて...私のことを見た目で判断して、勝手に理想像を作られて、目の前の私を見てないなって思うことが多いんです。
でも、太星君はちゃんと私の目を見て、中身も見て話してくれてるなって思って。それに何より、困ってる時助けてくれて...すごい感謝してます。」
彼女が話す、俺への印象はなんだか、リアリティがあった。
もしかしたら彼女が本当に思っていることも交えているのかもしれない。
でも、聞いていてちょっと恥ずかしくて、なんとなく背中がむず痒くなってしまった。
ただ、俺が彼女の容姿の美しさに目を向けずに話せるのは、彼女の宇宙人としての真の姿を知っているからだ。
その事実を知らない人たちと、俺を比べるのは、なんとなくフェアじゃない気もした。
「あー、まさか、心配の種だった、太星の度が過ぎた宇宙好きが、好きになってもらえる理由になるなんて。
心配していた頃の私に教えてあげたいわー。」
宇野さんと話しているお母さんはずっと上機嫌で、2人の話は盛り上がり、俺は一言も発さなくて済んでしまう程だった。
「こんなに素敵な子が太星とお付き合いしてるなんて、本当に嬉しい。
試験前なのにらべらべら喋っちゃって、気を散らせちゃったならごめんね。
試験頑張ってきてね。」
「いえ、もう、できるだけのことはやったので、お話ししてリフレッシュできて良かったです。頑張ってきます。」
「うん、頑張って。太星もね。試験終わる頃に迎えに行くから。」
「うん。ありがとう、行ってきます。」
試験会場に到着し、そう会話を交わしてから、お母さんの車を降りた。
お母さんの車を見送りながら、俺は宇野さんに声をかけた。
「すごいね、盛り上がってたから俺が口を挟む必要が全くなったし、心配する必要も全くなかったね。」
「でしょ?堂々としてればなんとかなるもんだよ、経験上。」
「なるほど...。」
彼女はここに来る前も、任務をしていたのだから、俺の心配は杞憂だったのだ。
「あと、設定がすごい細かくてびっくりした。入院してたとか。」
「あぁ、あんな感じで言っておけば、昔のテレビ番組とか、映画とか、キャラクターとか流行り物系の話になった時に、私が知らなくても、入院してて、そう言うものに触れられなかったからって言い訳できるでしょ?
実際にその時代を過ごしてないと、後から調べた得た知識だけで、カバーできないものもあるし。」
「なるほど、そういうことなんだ。納得した。本当にすごいね。」
「えへへ、ありがとう。」
彼女は照れくさそうに微笑んでいた。
「それに、もう一個コツがあって、嘘の中に、本当のことを混ぜるとリアリティが増すんだよね。
だから...天川君に対して思っていることは本当だよ。」
彼女に顔を覗き込まれながら言われ、正直、ドキッとしてしまった。
「そっか...それは...どうも。」
動揺していることを悟られまいと思うあまり、逆にもごもごと話してしまった。
そんな俺の様子を見た彼女は、してやったりという表情をしていた。
「...じゃあ、試験会場行ってくるね。
終わったら話していたカフェで待ち合わせで。」
宇野さんが受験する4級の試験は、午前中に開始して、正午には終わり、俺が受験する1級の試験は午後から始まって、夕方には終了する。
お互いの試験の合間に試験会場のビルの最寄りのカフェで、一緒にお昼ご飯を食べる約束をしていた。
「うん、頑張って。応援してるから。」
「ありがとう。行ってきます。」
彼女はそう言って小さく手を振ると、ビルの中に入って行った。
俺は約束のカフェへ向かい、試験終わりの彼女と合流しやすいように、テーブル席に座った。
ふと周りを見ると、何人か同じテキストを使って勉強をしていて、否が応でもあと少しで本番なのだと実感させられた。
あと少し、頑張ろう。
ホットコーヒーをオーダーした後、俺も使い古したテキストを開いた。




