16
翌日の朝、宇野さんと2人で登校すると、教室に入ったタイミングで、倉沢杏奈たちに囲まれた。
「...あのさ、2人が付き合ってるって聞いたんだけど...。」
彼女は好奇心を隠せない様子で俺たちを見ていて、一緒にいた女子たちも、俺たちが宣言するのを待っているように瞳を輝かせていた。
宇野さんは俺の手を掴んでみんなの前で持ち上げた。
もちろん恋人繋ぎで。
「うん。付き合ってます。」
宇野さんは満面の笑みで答えた。
俺も事前に彼女に合わせて笑うように言われていたので、笑っていたつもりだけど、きっと目だけはチベットスナギツネのように遠くを見つめていたと思う。
宇野さんの宣言を聞いた倉沢さんたちはキャーと歓声を上げた。
「おめでとうー!やっといい報告聞けて嬉しいー!」
「やっと推しカップルが付き合ったー!」
「さすが宙ちゃん、やっぱり自分が怪我してでも、守ってくれる人なんてなかなかいないから、絶対に天川君と付き合って正解だよー」
「本当、宙ちゃんの人を見る目というか、先見の名がありすぎる。」
「天川君がこんなにかっこいいって気づかなかったもん。さすが。」
口々に祝福され、まるでキャラクターのように扱われている気がした。
それに思いがけず、俺への褒め言葉も混ざっていて、なんとなく居心地が悪くてむず痒い。
俺はそんなにいい男などではない。
ただの宇宙オタクで、宇野さんが転校してくるまでは、クラスでも目立たない立ち位置だった人間なのだ。
そう思って、気まずい気持ちでいると、
「みんな、ありがとう。そう言ってもらって嬉しい。でも...」
彼女は握っていた腕を解いて、両腕で俺の左腕を抱きしめた。
そして上目遣いをしながら、口をへの字にした後、ゆっくりと口を開いた。
「...私、本当に頑張って、やっと太星君に振り向いてもらえたから...誰にも渡さないよ?」
これが演技だなんて...彼女は俳優になった方が良いと思う。
周りを味方につける、あまりにもあざとい仕草。
俺が彼女の正体を知らなければ、絶対にときめいていただろう。
倉沢さんたちの様子を見ると、一瞬、息を呑んだあと、さっきよりも大きな歓声を上げていた。
「なにー?!宙ちゃんの嫉妬、可愛すぎるんだけど!!」
「邪魔しません!邪魔しません!」
「あーー、ときめきすぎて胸が苦しいーー」
女子たちがキャーキャー言っている後ろで、こちらの様子を見ていた男子たちからも、声が上がった。
「おめでとー」
「朝から見せつけてくれるなー」
「俺たちの宇野さんを返せー」
あぁ、もう、どうにでもなってしまえ。
俺は、半ば投げやりな気持ちになりながら、盛り上がっているクラスメートを遠い目で眺めていた。
「どうせなら、太星の口から直接聞きたかったよ。報告待ってたのに。」
「まぁ、そのうち付き合うとは思っていたけど、良かったね。」
その日の休み時間に話しかけてきた琢磨と優吾に、俺は謝罪した。
「ごめん…色々あって、言える状況じゃなくて…。」
「…まぁ、良いよ、とにかくおめでとう。
亜季がまた宇野さんと話したいって言ってたから、今度、宇野さんも一緒にどっか行こう。」
ごめん。これも付き合ってるフリで、嘘なんだ。
心の中で俺は2人に謝った。
1日ありとあらゆる人々から祝われ、いじられまくった俺は、放課後、理科準備室で机に突っ伏していた。
疲れた...
「...明らかに疲れてるね?大丈夫?」
「...大丈夫ではないけど...頑張るよ。
ただ、人生でこんなふうに注目を浴びて、いじられまくったことがないから疲弊してるだけ。
宇野さんは平気なの?」
「うん。注目されるのは慣れてるし、天川君と決めた馴れ初めエピソード以上のことを聞かれたら、"恥ずかしいし、2人だけの秘密にしたいからごめんね"って言って上目遣いをすれば大体みんな引き下がるから。」
「...すごいね。」
彼女のあざとい仕草の破壊力はとてつもない。
あれをまともに食らっても、彼女にしつこく話を聞いてくる人はほとんどいないだろう。
「うん、これでもう悩むことなく、試験勉強できるから嬉しい。
私、絶対受かるから、天川君も頑張ってね。」
彼女はそう宣言すると、テキストを開いて、勉強を始めた。
文化祭やストーカー騒動があってバタバタしていたけれど、11月に入り、試験までは2週間を切っている。
この試験に合格するために俺も、長い期間をかけて勉強してきたし、テキストをくれた真由子さんにも良い報告をしたい。
「うん。一緒に頑張ろう。」
彼女にそう声を掛けてから、気合いを入れ直して、自分のテキストを開いた。
「ねぇ、太星。私に話すことがあるんじゃない?」
試験の前々日の夕食の席で、肉じゃがを食べている俺を見ながら、お母さんは口を開いた。
その表情は心なしかニヤニヤしている。
これは…噂を聞いたのだろう。
「…なんのこと?」
お母さんが俺と宇野さん交際を知っているとしても、根掘り葉掘り聞かれるとボロが出て、本当は付き合ってないのがバレそうなので、しらばっくれていると、
「全く、自分からは言わないってことね。
私が太星の恋愛事情を心配していたのを知ってるくせに。」
お母さんは拗ねたように口を尖らせた。
「今日、たまたま久しぶりに、仕事帰りに優吾君のお母さんと会ったの。
立ち話してたら、いきなり、太星にものすごい可愛い彼女ができたらしいって教えられて、本当にびっくりしたんだから!
あの子でしょ?宇野さん。
太星が怪我してまで守った子。」
「…まぁ、うん。」
歯切れ悪く俺が答えると、お母さんは嬉しそうに歓声を上げた。
「あー!よかった!あの子ね。うんうん。
ていうか、ものすごい美人じゃない!なんで太星を選ぶの?
彼女ならいくらでも選べそうなのに。」
「そんなの、知らないよ。本人に聞けば?」
答えるのが面倒で投げやりに返事すると、お母さんはキョトンとした表情を浮かべた後、少し考えた様子を見せてから口を開いた。
「じゃあ、直接聞くわ。
明後日の試験会場まで、私が2人を車で送迎してあげる。」
思ってもみなかった提案をされて、味噌汁を吹きこぼしそうになった。
そんなに息子の恋愛事情が気になるのか。
「は?!何言ってるの!
大丈夫だから…自分たちで電車とバスで行くし。」
お母さんのことだから、宇野さんにありとあらゆる質問をするだろう。
まさかとは思うけど、彼女が宇宙人だとばれてしまう、最悪の想定も頭に浮かんだ。
「電車とバスを乗り継いで1時間以上かけて移動するより、車で40分で到着した方がスムーズでしょう?車の中なら落ち着いて勉強できるだろうし。
それに明後日から大寒波らしいから一気に寒くなるよ。
寒い中、接続の悪い電車とバスを待つのと、温かい車の中でゆったり移動するのどっちがいい?」
確かに天気予報では繰り返し大寒波に注意と言っていたし、ヘタすれば積雪の可能性があることも付け加えられていた。
正直、俺も寒いのは苦手だから、車で送迎してもらうという申し出は、とてつもなく魅力的ではある。
でも、やっぱり、俺の恋愛事情に興味津々のお母さんと宇野さんを合わせるのは、気が進まない。
それに彼女だって、付き合っているフリをしている相手の親に会うなんて、嫌だろう。
「…急に、か、彼氏の親と会うなんて、嫌がるに決まってるじゃん…。」
これは至極まっとうな意見だと思う。
もし、自分が付き合い始めてすぐに相手の親に会いに行こうと言われたら100%尻込みする自信があった。
俺の発言を受けて、お母さんは腕を組んで考え込んでいた。
「…確かに、太星の言うことも一理ある。怖がらせちゃうかもしれないもんね。
でも、1回聞いてみてもらえない?
もし、雪が降ったら電車もバスも遅延するかもしれないし、そうなったら車で行くしか手段はないから。
例え、断られても、私は彼女に悪い印象を持つことはないし。
付き合いたてで彼氏の親に会うなんて緊張するよねとしか思わないから、お願いね。」
「…分かった。」
一応その場では了承したけど、宇野さんには言わずに断るつもりだった。
面倒なことは避けたい。
俺は再び味噌汁を啜った。
翌日も天気予報は明日からの大寒波を伝え、この地域にしては珍しく積雪を予想していた。
「明日、雪なんだよね。電車とバス大丈夫かな?」
理科準備室で試験前日最後の勉強をしながら、窓の外を眺める宇野さんが呟いた。
「そうだね…昔、雪が積もった時は、遅延とか、止まったりしてたかも。」
「そっかー、心配だな…頑張って勉強してきたのに会場にたどり着けないのだけは嫌だな。」
彼女は恨めしそうに窓の外に広がる曇天の空を眺めていた。
…お母さんの送迎は避けたいけれど、そのせいで試験に受けられなければ元も子もない。
それに、彼女が断れば、それはそれでいいはずだ、そもそも話さないようにしようと思っていたのだから。
俺は腹を決め、深呼吸をしてから、口を開いた。
「あのさ…うちのお母さんが、よかったら試験会場まで車で送迎しようかって言ってるんだけど…。」
躊躇いがちに俺が言うと、彼女はパッと目を輝かせた。
「え!いいの?わざわざ、ありがたすぎる。お願いしたい。」
「え?良いの?本当に?」
彼女の即答っぷりに俺が慌ててしまった。
「正直、悪天候だと公共交通機関使うの難しそうだし、寒いから外で待つのしんどそうだって思ってたからありがたいよ。お礼持って行くね。」
避けようとしていた方向にトントン拍子に話が進みそうで、俺の方が待ったをかけた。
「い、いや、でも、お母さんが、その…俺と宇野さんが付き合っているって話を、優吾のお母さんから聞いてて、宇野さんに会いたいって言ってたから…質問攻めされるかもしれない。
付き合ってるのが嘘だってばれたり、ヘタしたら…宇野さんの正体が、ばれちゃわないかなって…」
俺が懸念していることをつらつらと話すと、彼女はキョトンとしていた。
「いや、むしろ、車乗せてもらうなら、お付き合いしてますって報告しようと思ってたよ、私は。
話なんて私は天川君のお母さんにいくらでも合わせられるから、天川君は、私たちの会話に相づちを打ってくれれば良いよ。
それに、私もそこそこ地球での調査経験があるんだよ?
さすがにほぼ初対面の人に自分の正体を知られちゃうようなヘマしないから安心して。」
そう言ってにっこりと笑った。
彼女がそう言うなら引き下がるしかない。
「…まぁ…宇野さんがそう言うなら…。」
「じゃあ、お母さんの好きなお菓子教えて?菓子折渡すから。」
「えーっと…洋菓子なら全般好きかな?フィナンシェとか。」
「了解、今日中に買わなきゃね。
帰り道に洋菓子屋さんに寄るから付き合ってね。
あと、お母さんの前で、私のこと"宙"ってちゃんと呼び捨てにするんだよ。
普段から気を抜くとすぐ宇野さんって呼んじゃうんだから。
ちゃんと恋人らしくね、よろしくね。」
彼女は一通り言い終えて満足したのか、勉強を再開していた。
俺は、明日2人が直接会うことを考えると、気が散って、しばらく勉強に集中できなかった。




