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「急に呼び出してごめんね。
単刀直入に言うけど、このアカウント作ったの、瀬尾さんだよね?」
放課後、理科準備室で俺と宇野さんは瀬尾綾香と対峙していた。
呼び出された彼女は何も言わず、俺のスマホに表示された例のアカウントをじっと見ていた。
瀬尾さんは吹奏楽部に所属する同じクラスの大人しい女子だ。
宇野さんから犯人として彼女の名前を挙げられた時、正直とても意外だった。
こんな思い切った嫌がらせをするような人には見えなかったのだ。
「初めて写真がアップされた日のは水曜日で、部活が休みなのは吹奏楽部を含めて4つだけ。
私が夏美ちゃんに、今日は用事があるから天文部に寄らずに帰るって話してた時、机の場所的に瀬尾さんが近くにいたし、この教室の写真も、体育から戻ってきた直後で、女子何人かしかいなかった。瀬尾さん、その場にいたよね?
状況証拠しかないけど、私は瀬尾さんがこのアカウントを作ったんじゃないかと思ってる。」
宇野さんが話している間、瀬尾さんは俯いて黙ったままだった。
「今、自分がこのアカウント主だって認めて、アカウントごと削除してくれるなら、大ごとにはしない。
でも、認めないなら、弁護士にお願いして開示請求をするし、学校にも報告する。」
開示請求の話が出た時、瀬尾さんが肩がビクッと動き、彼女がスカートの裾を掴んだのが分かった。
動揺している。
それでも、彼女は何も言わなかった。
その様子を見ていた宇野さんが、口を開いた。
「瀬尾さんが、なんでこんなことをしたか、想像はついてるの。
...海老名君だよね。私、海老名君によく見られてる気がするから。」
宇野さんが、瀬尾さんと同じ吹奏楽部の海老名勇輝の名前を出した瞬間、瀬尾さんがハッとした表情をしたのが分かった。
宇野さんにじっと目を見られていた瀬尾さんは、観念したように口を開いた。
「...海老名君、宇野さんのこと、好きなんだ。
天川君と付き合ってるんじゃないかって話を聞いても、諦めきれないって、ずっと宇野さんのこと見てる。
...私がどんなにずっと、海老名君のこと見てても、私の気持ちには気づかない。
...海老名君に好かれる宇野さんが羨ましかった。
海老名君に好かれてるのに、天川君と楽しそうにしてるのを見て...ずるいって思った。
勝手な嫉妬だって分かってたけど、写真をアップしたの。嫌がらせで。
これで宇野さんがちょっとでも困れば良いって思っちゃったの...ごめんなさい。」
きっと、本格的に嫌がらせをしようと思えば、もっと手の込んだ細工をして、自分だとバレないようにできたはずだ。
宇野さんが気づくような、脇の甘い手口を見ると、彼女が後先考えずに、突発的に行動したんじゃないかと思った。
それにコメント欄を閉鎖していたのも、彼女の良心からの行動な気がしていた。
「瀬尾さん。このアカウントができてから、正直、私、すごい怖かった。
誰かが私のことをどこかで見てるんじゃないか、いつか襲われるんじゃないかって...もう、やめてほしい。」
宇野さんは、瀬尾さんから目を逸らさず、まっすぐ見つめたまま自分の気持ちを伝えていた。
瀬尾さんは明らかに肩を落としていて、泣きそうな表情になっていた。
「...宇野さん、ごめんなさい。勝手に嫉妬して。
宇野さんは悪くないのに。本当にごめんなさい。」
そう言って瀬尾さんは深く頭を下げた。
瀬尾さんからの謝罪を受けて、宇野さんは、ほっとしているように見えた。
「...瀬尾さん、今、この場でアカウントを消してくれれば、この話はここで終わりにする。
もう、絶対にこんなことしないで。」
「...はい。消します。本当にすみませんでした。」
瀬尾さんは涙目になりながら、謝った後、その場でアカウントを削除し、彼女のスマホに残っていた宇野さんの写真も、消してもらった。
これで一件落着だ。
俺が安心していると、宇野さんは再び、瀬尾さんに話し始めた。
「瀬尾さん。余計なお世話なのは分かってるけど、好きなら、見てるだけじゃ伝わらないと思う。
私が海老名君の気持ちに応えることはないから、安心してね。」
そう言うと、宇野さんは、俺の腕を両腕で掴んだ。
「私、天川君と付き合ってるから。」
「…え?!」
予想もしていなかったことを言われて、思わず大声を出すと、宇野さんは俺の耳元に顔を寄せて小声で呟いた。
「いいから、話、合わせて。」
俺たちの様子を見ていた瀬尾さんは目を丸くしていた。
「…やっぱり2人は付き合ってたんだ。」
「うん。最近ね。目立ちたくないから内緒にしてたんだけど。」
さんざん、人前で腕を掴んだり、手を繋いだり、頬を触ったりしていたくせに、目立ちたくないは矛盾している。
「私は前から好きだったんだけど、天川君、なかなか振り向いてくれないから、押して押して押して…やっっと付き合えたんだ。
だから…瀬尾さんも頑張って。好きならちゃんと気持ちを伝えなきゃ。
私のことを海老名君が好きなら、私に彼氏がいることを伝えた上で、落ち込んでる彼に"私じゃダメかな?"って聞くのとかどうかな?
なんか、健気で一途な感じがする。」
宇野さんの中で、勝手に俺たちの馴れそめが作られている。
そしてそれを利用して、瀬尾さんに恋のアドバイスまでしている。
俺は呆気にとられてしまい、何も言えなかった。
「そっか…うん、そうだよね。
宇野さんみたいにモテる人も頑張ってるんだから、私も頑張らなきゃダメだよね。ありがとう。迷惑かけて本当にごめんなさい。」
「うん、もういいよ。頑張ってね。」
宇野さんがそう言うと、瀬尾さんは何度も頭を下げながら、理科準備室から出て行った。
「いや、宇野さん、付き合ってるって…どうして?」
2人っきりになってすぐ、彼女にその意図を聞いた。
今までは、噂をされても、否定しておけば良いと言っていた彼女が、わざわざ噂になることを宣言する意図が分からなかった。
「私としては、天川君と付き合ってる雰囲気さえ出ていれば、私のことを好きな人たちも諦めてくれるんじゃないかと思ってたんだけど、こういうことがあった以上、正式に付き合ってるって断言しておいたほうが良いかなって思って。あくまでフリだけど。
吹奏楽部は部員も多いし、きっと明日には学校全体に話が広まるんじゃないかな?
これでもう、同じような嫌がらせをされることも無いと思う。」
確かに、付き合っているという噂が真実だと広まって、公認のカップル扱いになれば、今回のように一方的に思いを寄せられてトラブルになることは減るかもしれない。
でも、本当は宇宙人と協力者の関係なのに、周りにそう宣言するのは…正直気が進まない。
どうしたものかと思い、黙っていると、宇野さんが俺の顔を覗き込んできた。
相変わらず、距離が近い。
「前に、私と付き合ってるって噂されるの嫌じゃないって言ってたでしょ?
私から好きになって、何度も告白して付き合ってもらったって話にするから、天川君のイメージが悪くなることも無いと思うんだけど。
今後の調査協力もスムーズになると思うから、お願い。」
そう言って両手を合わせて上目遣いで俺のことを見てきた。
調査の役に立つと言われると、もう反論はできない。
俺は彼女に協力すると約束しているのだから。
「…わかった…俺、誰かと付き合ったことないから、そのフリをするのも色々ぎこちなくて上手くできるか分からないけど、それで良ければ。」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう。とっても助かる。」
「まぁ…協力するって約束してたからね、宇野さんの調査に。」
「じゃあ、馴れ初めだけど、私が部活を一緒にやってて、天川君の優しさに徐々に心惹かれたから、告白したけど、本気だと思われなくて、そこから何回か告白してもダメだったんだけど、文化祭での件があって、やっぱり私は天川君を諦めたくないって思って今までで一番の熱量で告白したらOKをもらったって話にしていい?
天川君が私の告白を断ってたのは、こんな美人が俺のことを本気にするわけがないし、揶揄われてるって思いこんでいたからって理由にして。」
一瞬で創作したとは思えないリアリティのある馴れ初めだと思った。
俺の若干卑屈な性格も反映されていて、その話なら疑われにくそうだ。
「うん。いいよ、それで。
...ただ、個人的にはその馴れ初め以上の話はしなくていいかなと思う。
付き合ってる2人の間のことは、2人だけで共有した方がいいかなって。
大事なことだから、誰かに喋っちゃうのって...なんかもったいない気がする。あくまで俺の意見だけどね。
…それに、あくまでフリだけど。」
話している途中、まるで本当に付き合っているかのように自分の考えを述べているように感じて、恥ずかしくなってしまったけれど、宇野さん嬉しそうに、にまにましながら、頷いていた。
「そうだね、大事なことだから2人だけの秘密にしたいって言えば、聞いてきた人も引き下がるだろうし、ノリが悪いと思われても、良くない印象は持たれなさそう。」
宇野さんが同意してくれてほっとした。
正直、馴れ初め以外のエピソードを創作したとしても、忘れてしまいそうだし、2人で言ってることが矛盾しそうだとも思っていたのだ。
「…じゃあ、次は呼び方を変えよう。宇野さん、天川君、呼びだと他人行儀だし、本当に付き合ってるのか疑われそうだから、私は太星君って呼ぶね。
太星君は私のこと宙って呼び捨てにしてね。
みんなの前だけでいいから。
まず、練習してみよう。」
…女の子の名前を呼び捨てにしたことなんて人生で一度も無い。
恋人いない歴=年齢の人間にはハードルが高すぎる。
軽く絶望して、唸ってしまったが、彼女はじっと俺のことを見つめて、名前呼ぶのを待っている。
ええい、ままよ。
俺は深呼吸をしてから覚悟を決めて口を開いた。
「…そ…宙。」
俺がそう言うと、彼女は少し恥ずかしそうに目を伏せながら、にんまりしていた。
「うん。太星君。よろしくね。」
明日以降、教室でどんな冷やかされ方をされるのだろうと思うと、少し気が重かった。




