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結局その日は1日ジャージ姿で過ごし、放課後、理科準備室に向かおうとすると、
「天川君、一緒に行こう。」
宇野さんが笑顔で声を掛けてきた。
いつもはそれぞれ別行動で理科準備室に向かってるので、彼女に誘われたのは初めてだった。
ふと、周りを見渡すと、俺たちの様子をクラスメートたちが、微笑ましく見守っているのが分かった。
…なんか、どんなに否定しても、付き合ってるって思われるだろうな、これじゃ。
俺がそう思って黙ったままでいると、
「…どうしたの?...私と行くの嫌?」
宇野さんは拗ねたような表情で、目を潤ませながら俺の顔を覗き込んできた。
…こんな甘えるような表情をされたら、ますます、仲を疑われる。
俺は半ば諦めながら、
「ううん、そんなことないよ。行こう。」
そう答えて、彼女と一緒に教室から出た。
廊下を歩くと、すれ違う人たちが、俺たちのことを見て、噂話をしているのが分かった。
「ほら、やっぱりあの2人。」
「うわ、怪我してる。宇野さんを庇ったの本当だったんだ。」
「こうやって見ると、意外とお似合いかも。」
前とは違って好意的な意見が多いのだろうけど、やっぱり注目されるのはストレスだ。
ふと宇野さんを見ると、ご機嫌そうに笑顔で歩いていた。
…やっぱり強心臓だな。
「試験まで、あと1ヶ月切ってるもんね、頑張らなきゃ。」
宇野さんはそう言ってから、天文宇宙検定の試験勉強を始めて、勉強中ずっとにこにこしていた。
どうしてそんなに上機嫌なんだろう?
そう思って、彼女の様子をしばらく見ていると、俺の視線に気づいた宇野さんが、声を掛けてきた。
「どうしたの?天川君。何か用?」
「いや…なんか、宇野さんがずっと機嫌が良いから、どうしたんだろうと思って。」
俺がそう言うと、宇野さんはキョトンとした表情をした後に、パッと笑顔になった。
「だって、困ったときは天川君が助けてくれるって分かったから嬉しくて。
今まで、何かトラブルに巻き込まれても、自力で解決しなきゃいけなかったから、ずっと、気を張っててストレスだったの。
でも、今回のことで、私がピンチになったら天川君が駆けつけてくれるってちゃんと分かったから…すごく嬉しい。
本当にありがとう。天川君は最高の協力者だよ。」
そう話す、宇野さんの笑顔はとてもキラキラして見えた。
本当は…よく笑う人なんだな。
いつも、周りを気にして感情を出さないようにしてるんだろうけど。
俺が彼女にとって、良い協力者だと思われているのは…純粋に嬉しかった。
「そっか…、それなら良かった。
宇野さんが困ってたら、俺が、助けるから。
でも、この前みたいに…相手を怒らせるようなこと言ったら、逆恨みされるから気をつけてね。もちろん、俺、助けに行くけどさ。」
あの時、先輩達に反論した宇野さんの姿はカッコよかったけど、火に油を注いでしまったとは思う。
すると、彼女は少し不満そうな表情をした。
「だって…天川君の悪口言ったの、許せなかったんだもん。
…私の大切な協力者なのに。」
そう言われて、確かに、俺が馬鹿にされてから、彼女の目の色が変わったのを思い出した。
そうか…俺のためだったのか。
それなのに、絡んできた相手に、刃向かってはいけないとだけ言うのは、彼女の気持ちをないがしろにしてしまった気がする。
俺は内心反省した。
「そうだったんだ…ごめん、分かってなくて。
それと…ありがとう、怒ってくれて。」
俺が改めてお礼を言うと、彼女は満足そうな笑みを見せた。
「どういたしまして。…それに、後ろで早野君がスマホを構えてるのが見えたから、動画、撮ってるんだろうなって思って。
暴力を振るわれる瞬間の動画さえあれば、向こうが絶対的に不利になるから、わざと殴られようかなって考えたの。」
想像もしていなかったことを言われて、後ろから急に殴られたくらい驚いた。
まさかあの時に、そんなことを考えていたなんて…あまりにも危険すぎる。
「いや、わざと殴られるなんて危ないでしょ。
顔に怪我したら大変だったよ。」
「まぁ、痛いのは嫌だけど、大きな傷は、頑張れば、擬態能力で治せるから、それでもいいかなって思って。
ただ、怪我を治すのは、かなりのエネルギーを使うから、避けたいところではあったんだけど…これで、あの人たちと関わらなくて済むようになるなら、そっちの方がマシかなって。」
あまりにも好戦的すぎるけど、彼女の言う通り、結果的に彼らに関わらなくなったのは良かったのかもしれない。
でも目の前で宇野さんがひどい目に遭うのを見るのは、俺が嫌だ。
宇野さんは大事な友達だから。
「…とにかく、無茶しないでね。
俺、宇野さんがひどい目に遭うのなんて見たくないから、頼ってね、すぐに。」
俺がそう言うと、宇野さんは目を瞠った後に、ゆっくりと笑顔になった。
「うん、すぐに相談する。よろしくね。
あと、明日、ちょっと調査で出かけるから、放課後、天文部には来られないと思う。ごめんね。」
「わかった。大丈夫だよ。気をつけてね。」
そう、やりとりをした後、2人で試験勉強を続けた。
翌々日、昼休みに優吾と琢磨とご飯を食べていると、宇野さんがやってきた。
「鍵だよね?はい、どうぞ。」
いつものように屋上の鍵が欲しいのだと思い、渡そうとすると、
「…天川君、話したいことがあるの。一緒に来て?」
そう言ってくる彼女は、昨日までのご機嫌な様子と打って変わって、明らかに表情が暗かった。
どうしたんだろう。
「…分かった、一緒に行こう。」
心配になった俺は、そう答えて、2人で理科準備室に向かった。
理科準備室に入り内鍵を閉めると、彼女はポケットからスマホを取り出して、俺に画面を見せてきた。
「これ、見て欲しいの。」
そう言われ、スマホを受け取って画面を確認すると、それは画像を共有するSNSのとあるアカウントが表示されていた。
捨てアカウントのようで、そのアカウントには、制服姿で帰宅する宇野さんの写真が複数枚アップされていた。
コメント欄は閉鎖されているけど、きっと制服からどこの学校かは特定できるだろう。
ヘタしたら彼女の個人情報まで特定できてしまうかもしれない。
「…さっき、夏美ちゃんが教えてくれたの。これは昨日の私。
今まで、毎日、天川君に送ってもらってたけど、転校初日以来、初めて1人で帰ったら、こんな写真がアップされてた。
勝手に写真が拡散されたら、今後の調査に支障を来すかもしれないし…
何より、誰か分からない相手に写真を撮られてるなんて、気持ち悪いし、怖い。」
これは...ストーカー?
「…昨日の帰り道、誰かに後をつけられてるような感じした?」
「ううん…正直、全然分からなかった。」
姿の見えない相手に対して警戒しなければいけないのは、相当なストレスだろう。
彼女の表情は硬かった。
「...昨日初めて撮られたってことは、天川君と一緒に帰ってれば、撮られることもないかなって思うの。
部活の帰りに送って欲しいのと...もしよかったら、朝も一緒に行かない?」
宇野さんが1人の時を狙っているなら、たとえ俺のようにひょろひょろでも、一緒にいれば安全なのかもしれない。
「分かった、そうしよう。とにかくこのアカウントは事務局に通報しておこう。」
「ありがとう。よろしくお願いします。」
俺が了承すると、宇野さんはまだ、不安そうな表情ではあったけど、少しだけホッとしたようだった。
それにしても、誰が何のために、こんなアカウントを作ったのだろう。
翌朝、いつもの曲がり角で、宇野さんを待ちながら、あのアカウントを作ったのは誰か考えていた。
なんでわざわざ鍵のかかってないアカウントで、彼女の写真をアップしたのか。
昨日はストーカーの仕業だと思ったけど、ストーカーだとするなら、わざわざ自分が撮影した写真を人に見せるだろうか。
なんとなく、自分1人で楽しむために、他人には見せないイメージがある。
捨てアカウントをつくってまで、盗撮した写真をアップするのは、どちらかと言うと、宇野さんを困らせるための嫌がらせなのではないだろうか。
そんなことを考えていると、宇野さんがやってきた。
「おはよう、ありがとう…ごめんね、天川君。」
彼女は少し申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「おはよう、大丈夫だから、気にしないで。じゃあ、行こうか。」
俺は笑顔で応えたけど、宇野の表情はまだ暗かった。
2人で並んで歩き始めてから、改めて彼女の顔を見ると、目の下にクマができていた。
「...宇野さん、寝られてないの?」
「...うん、なんか色々考えちゃってね。
考えすぎてもどうしようもないのは分かってるけど。」
「そっか...とにかく、基本的に登下校は俺と一緒にいよう。
あと、ひどくなるようなら、この前お世話になったお母さんの知り合いの弁護士の先生に相談することもできるから。」
そこまで言ってから、俺は彼女の顔を覗き込んだ。
「1人で抱え込むのだけはやめてね。俺に頼るって約束して。」
「...うん。ありがとう。」
そう言うと、彼女は少しぎこちないけれど、笑顔を見せてくれた。
毎日彼女と一緒に登下校をしながら、周囲を気にしていたけれど、怪しい人物は見なかったし、あのアカウントに、新たな写真が追加されることもなかった。
「アカウント、通報したけど、やっぱりすぐには削除されないね。」
「うん。通報したところで、また別のアカウントが作られるだけかもしれないけど...誰でも画像が見られる状態なのは、やっぱり怖い。」
盗撮された写真がアップされて以来、宇野さんは基本的にずっと元気がない。
やっと、彼女がたくさん笑顔を見せてくれるようになったのに、誰かのせいで不安な気持ちを抱えなければいけない状況を、とてももどかしく思っていた。
「...俺が、優吾みたいに強かったらな。」
休み時間に、ふと、そう漏らすと、優吾と琢磨は怪訝な顔をした。
「ん?何の話?」
「いや...優吾ってガタイもいいし、パッと見て強そうだし、亜季ちゃんも安心だろうなって思って。」
「何、急に?なんかあったの?宇野さん絡み。」
「うーん...なんとなくね。」
宇野さんから、このアカウントについて、周りに広めないようにしたいと言われていたし、千島さんにもそう伝えているようだった。
善意だとしても、誰かに盗撮写真を見られるのは嫌なのと、騒ぎを大きくしたくないかららしい。
俺たちだけで解決することができるか分からない状況で、周囲を頼れないことも、もどかしく感じる要因だった。
俺が詳しく話したがらない様子を見た優吾は、少し考えた様子を見せた後に口を開いた。
「...まぁ、確かに、パッと見てデカいと舐められにくいって言うのはあると思うけど、大事なのは、相手を守りたいって思う気持ちと、行動力でしょ。
この前、先輩から宇野さんを守ったんだから、太星は、大丈夫だよ。
何があったか分からないけど、悩みすぎんなよ。」
「そうそう、なんかあったら、俺らに言ってね。」
温かい言葉をかけてくれる優吾と琢磨は本当に優しい。
「ありがとう。助かる。」
そうお礼を言ってから、千島さんと話す宇野さんを見た。
笑顔を見せながらも、どこか不安を隠せない様子に胸が痛んだ。
翌日の昼休み、事態は動いた。
「天川君、ちょっと来てもらえる?」
そう声をかけてきた宇野さんの目には、今までのような怯えはなく、何か確信を得たような光が宿っていた。
一緒に理科準備室に向かい、中に入ってから内鍵をかけると、彼女はスマホで例のアカウントを見せてきた。
「これ、見て。」
そこには新たな写真がアップされており、その写真には、教室で笑顔を見せる宇野さんが映っていた。
「この写真...じゃあ、このアカウントの持ち主って、校内に入れるってこと?生徒が犯人か、生徒の協力者がいるのか...」
流石に部外者が校内に侵入して、この距離で写真を撮ることは難しいだろう。
「うん。この写真見て分かったよ。誰がこのアカウントを作ったか。」
「え!本当?」
驚いて彼女を見ると、彼女は俺のことをまっすぐ見ながら頷いた。
「天川君。放課後、話をつけに行くから、一緒に来て欲しい。」




