12
彼女たちがいる廊下の端の反対側から駆け寄ると男たちのリーダー格が、宇野さんの腕を掴もうとしているのが見えた。
俺は全力で走って宇野さんとその男の間に入り、彼らの前に立ちはだかった。
俺が来た瞬間、宇野さんが驚いた表情をしたのが見えた。
「...宇野さんが困ってるんで、やめてもらって良いですか?
まだ天文部の仕事残ってるんで。」
息を切らしながら言うと、リーダー格の男は不快そうに顔を歪めた。
「...なんだテメェ?邪魔だからどけよ。関係ねぇだろ。
俺は宙ちゃんと話してんだよ。」
男たちに凄まれて、正直、恐怖で足が震えそうだった。
でも、俺は宇野さんが困っていたら助けると約束したのだ。
怯むわけにはいかない。
「...宇野さん、明らかに困ってるので。
嫌がってる相手にしつこくするのは良くないですよ。」
「...あー、お前あれだな、あの時の。
それに宙ちゃんと変な噂になってるヤツだろ。
本当にパッとしねぇな。」
男たちは俺を見て、明らかに馬鹿にするような笑い声をあげた。
「お前みたいなショボいやつが、出しゃばってくんじゃねーよ。どけ。」
「...どきません。宇野さんが困ってるんでやめてください。」
目を逸らしたら気持ちで負けてしまう。
俺は必死で相手を睨みながら、彼女を庇うように立っていた。
「...チッ、しつけーな、オラ、どけよ!」
痺れを切らした相手に俺は突き飛ばされた。
俺は勢いよく床に倒れ、全身に痛みが走った。
「うわっ、弱すぎ。ダセー。
調子乗ってんじゃねぇーよ。しょうもねぇ。」
痛みで声が出ない。
相手の言う通り、今の俺はあまりにもダサい。
「天川君!」
宇野さんは倒れ込んだ俺のそばにすぐに寄ってきた。
そして、俺が痛みを堪えてる姿を見た後、男たちの方に顔を向けた。
あの時と同じく彼女は無表情で、目に光は宿っていなかった。
「しょうもないのはどっちですか?」
いつもより一段以上低い声で、宇野さんは話し始めた。
「あなた達、どうせ私の顔しか見てないでしょう?
見た目に騙されて、私に近づいてくるなんて、本当に見る目ないですね。
私がどんな人間かなんて知りもしないで。
天川君は私がどんな人間か知ったうえで一緒にいてくれるんです。
彼はパッとしなくも、しょぼくも、しょうもなくもないです。
私にとって、とても大切な人です。
彼に失礼なことをするのは絶対に許しません。
パッとしなくて、しょぼくて、しょうもないのはあなた達です...ダサすぎ。
ちゃんと言葉にしないと分からないみたいなんで、はっきり言いますね。
あなた達に話しかけれられるの、とっても迷惑だし、気持ち悪いです。
…こう言えばわかりますか?」
まるで人形のように無表情な宇野さんに淡々と詰められて、男達が少し怯んだのが分かった。
「...なんだよ...顔が良いからって調子に乗ってんじゃねぇぞ。
女だからって俺らが、手、出さないと思ってんじゃねぇだろうな?」
「はい、そんな勇気ないと思ってます。ダサいから。」
「...お前!...バカにすんな!」
相手が拳を振り上げた瞬間、宇野さんが覚悟を決めたように目を閉じた。
俺は咄嗟に起き上がり、彼女の顔の前に、自分の顔を出した。
その瞬間、激しい痛みが右頬に襲ってきて、殴られたのだと分かった。
「はい!そこまで!
先輩達、いい加減にしたらどうですか?
ずっと動画撮ってましたよ。」
琢磨がスマートフォンを掲げながら、俺たちの元に近づいてきた。
動画を撮られていると聞いて、あからさまに男達は狼狽えていた。
そして、そのタイミングで階段下から、優吾と峯岸先生が、駆け上がってきた。
「...お前ら、何やってるんだ!!」
峯岸先生は、男達を一喝すると、後から応援に来た先生たちと共に、彼らを生徒指導室まで連れて行った。
一気に事態が動いて、もう、殴られることはないのだと分かると、急に腰が抜けてしまい、俺はその場にへたり込んだ。
...正直とても怖かった。
「天川君!ごめん、私のせいで...早く保健室に行かなきゃ。」
宇野さんが今にも泣きそうな顔をしながら、俺の上体を起こしてきた。
「...ほっぺが腫れてる、どうしよう。立てる?」
生憎だけど、腰が抜けてしまってるので、すぐには立てそうにない。
明らかに動揺している宇野さんに比べて、俺はなぜか冷静だった。
自分の人生に起こると思っていなかったドラマチックな展開を、まるで他人事のように感じてしまっていたのだろう。
ふと、腫れてる時は冷やすのが1番いいのではないかと思った。
「...宇野さん。俺の右のほっぺに、手、当ててみてもらえる?」
俺の突拍子もない申し出に、彼女は驚いていたが、ゆっくりと俺の右頬に触れた。
やっぱり彼女の手はとても冷たかった。
「どんなタイミングでも、冷たいんだね、手。
おかげで気持ちいい。ありがとう。」
俺が軽く笑いながら、そう言うと、彼女は息を呑んで、俺を見つめた後、
「...バカ。」
と呟いた。
「太星、大丈夫か?立てる?」
琢磨と優吾が俺のそばに駆け寄り、心配そうに声をかけてきた。
「えーっと、ほっとしたら、腰が抜けちゃって。
悪いけど、手を貸してもらえる?」
俺がそう言うと、2人が肩を貸してくれたので、なんとか立ち上がることができた。
「全く、カッコつけすぎ。急に走り出して、マジでビビったんだから。
すぐに優吾に電話して、峯岸先生たち呼んでもらって、俺が物陰に隠れながらそっと近づいたら、ちょうど、あいつが太星に詰め寄ってるところだったから、すぐに動画撮り始めたんだよ。
俺が加勢したところで、人数少ないのに勝てる自信なかったし。
もうすぐ先生達が来るのは分かってたから、ちゃんと証拠さえ残しておけば、あとあと有利になると思って。」
俺が深く考えず、突っ走っている間に、冷静に対応してくれた琢磨は本当にすごい。
「琢磨、ありがとう。おかげさまで助かったよ。」
「いや...それでも、太星を助けるためにら飛び込むべきだったかなって反省してる。
太星、自分の顔見えてないから分からないだろうけど、だいぶ顔腫れてるよ、一目で殴られたって分かる...すぐ助けに行けなくてごめん。」
琢磨は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいから、気にしないで。俺が何も考えず飛び込んじゃったせいだから。本当にありがとう。」
俺がそう言うと、琢磨は少しだけ笑顔を見せてくれた。
「いやー、偉いよ、太星。頑張ったな...カッコよかったよ。」
優吾はそう言いながら、俺の背中をポンと叩いた。
「...ありがとう。まぁ、普通に殴られたけどね。」
俺が苦笑いをしながら言うと、
「何言ってんだよ、あそこで立ち向かう勇気が1番大事だから。
フィジカルの強さなんて、あとからつければいい。
俺がボクシングの特訓してやろうか?」
優吾が俺の背中をさすりながら誘ってきたので、
「...気持ちだけ受け取っておく。ありがとう。」
丁重に断っておいた。
俺が2人とそんなやり取りしながら歩いている間、宇野さんは黙ったまま、後ろからついてきた。
保健室に行き、先生に応急処置をしてもらってから、ここまでの状況を説明し終わったタイミングで、学校から連絡を受けたお母さんが大慌てでやってきた。
「太星!大丈夫?」
お母さんはベッドに腰掛けて、手当を受けていた俺の元に早足で近づいてきた。
「急に、殴られて怪我したって連絡が来てびっくりしたんだから!
痛みはどう?目は見える?視野欠けてない?」
「うーん、じんじんするけど、視野は全部見える。」
「そう…でも心配だから、とにかく早く病院行こう。
先生、お友達も皆さん、ありがとうございました。
お先に失礼します。」
お母さんが俺を立たせてその場を立ち去ろうとすると、
「あの!すみません…ちょっと良いですか?」
それまで何も言わずに俺が処置される姿を見ていた宇野さんが声を上げた。
お母さんは初めて見る宇野さんの美しさに驚いているようだった。
「...私、天川君の同級生で、同じ天文部の宇野宙と言います。
初めまして。」
そう言って彼女がお辞儀したので、お母さんも恐る恐るお辞儀をしていた。
「...何度も私にしつこく声をかけてくる先輩達がいて、天川君はその人たちから私を庇って怪我をしたんです。
私が向こうを怒らせるようなことを言ったせいで、天川君が殴られちゃって...だから、天川君が怪我をしたのは私のせいなんです。
本当にすみませんでした。」
宇野さんがそう言って深く頭を下げる様子を、お母さんは目を丸くしながら見ていた。
そして、微笑んでから、彼女に優しく声をかけた。
「宇野さん、頭を上げてね。
そういう話なら、宇野さんは何も悪くないから。
しつこく言い寄ってくる人たちが悪いし、太星の怪我もその人たちのせいだからね。
あなたが罪悪感を感じる必要なんて全くないんだから、気にしないでね。
…って言っても、たぶん気にしちゃうだろうから...早く元気出してね。
あなたは太星がここまで身体を張って守ろうとしたんだもん。
太星はあなたの元気な姿を見たいと思うから。」
お母さんが話し終えると、宇野さんはまた泣きそうな顔をしながら、頭を下げていた。
「...ありがとうございます。」
言い終わった後、宇野さんは俺のことを見つめた。
「まだちゃんと言えてなかったから、言うね。
本当にありがとう。とっても助かりました。」
そう言って、目を潤ませながら笑顔を見せてくれた。
「どういたしまして。助けられてよかった。」
俺も笑顔で返した。
「琢磨、優吾、申し訳ないけど、帰り道、宇野さんを送ってもらえる?
もう遅いし、あんなことがあった後だし、俺は今から病院行くからさ。」
俺が頼むと、2人は快諾してくれた。
「もちろんそのつもりだったよ。
ただ、悪いけど、亜季も一緒でいいかな?
待たせちゃってるから。
...それに、亜季、宇野さんに憧れてて、いつか話してみたいって言ってたから、もし一緒に帰れたら、喜ぶと思う。」
「もちろん。可愛い彼女さんとご一緒させて。」
「俺も、送るつもりだったから大丈夫だよ。
太星は自分の怪我のことだけ考えな。」
そう答えてくれた2人に宇野さんを託して、俺はお母さんが運転する車で病院に向かった。
「女の子を守るために、身体を張るなんて...やるじゃん、太星。」
車内でお母さんが話しかけてきた。
保健室に入ってきた時は、動揺していたけど、腫れている割に、俺の症状がたいしたことないので、安心したようだった。
そしてなにより、俺が宇野さんを守るために行動したことが嬉しそうだった。
「...まぁ、約束してたから。」
「どんな約束?」
「...困ってたら、助けるって。」
「ふーん...なるほどね。お母さん安心しちゃったな。」
「...どういうこと?」
お母さんの発言の意図が分からず、質問すると、
「自分が傷ついても守りたい存在ができて、よかったって思ったの。」
お母さんは進行方向から目を逸らさず、笑顔で答えた。




