独学で挑むフランス語、八十は「四の二十」と言うらしい
その1「決意」
ビスクラの旅から帰って、ぼくは変わった。とにかく、ひとつ目標を立てた。
「ここはフランス語圏だ。彼らと仕事をするには、フランス語を知っておくに越したことはない。いい機会だし、フランス語をマスターしよう」
ぼくの同僚、先輩の中には、アルジェリア勤務が最初から決まっている人がいた。そこを皮切りに、ドンドン出世していく。入社当時から幹部候補生として選ばれたエリートたちだ。そういう社員は、あらかじめ会社でフランス語の授業を受けていた。
ぼくは幹部候補生ではない。だから、授業を受けさせてもらっていない。大学の第2外国語も、フランス語じゃなかった。何の予備知識もなく、独学で始めるわけだ。不利といえば不利。でも強制されていない、辞めたくなったら辞めればいいから、気が楽だ。
その2「実行」
実は日本から何冊か、フランス語の入門書を買ってきていた。しかし最初のころは、仕事を覚えるのに精一杯。疲れきっていたので、本のページを開く気にならなかった。ようやく仕事に慣れて余裕が出てきたころに、ビスクラへの旅をした。いいきっかけになった。
まずは毎朝10分間練習をすると決めた。1日1つか2つの言い回しを覚える。
覚えたら、その日に使ってみる。これを毎日くり返した。
このとき、同じ現場にいた日本人の数は2、300人以上。そのうち通訳が20人ほどいた。あの通訳さんも含めてだ。通訳以外でフランス語をまともに話せる人間は、まずいない。
どうして、それがわかるかって? フランス語に興味がある者は、だいたい通訳連中とつき合う。通訳たちはいつも固まっているから、よく目立つ。ぼくもわからないことがあると、あの通訳さんに聞きにいった。いないときは、他の通訳の人にもたずねる。
「ぼくのフランス語、これでいいですか?」
こうして、ほとんどの通訳とは知り合いになった。でもなるだけ、フランス語は現地の人の前で使うようにした。通訳さんたちといると、ついつい日本語で話してしまう。それでは上達しないからだ。
その3「成果」
やがて3ヶ月と経たないうちに、ぼくのフランス語は、かなりアルジェリア人に通じるようになった。あるとき、現場のアルジェリア人にこういわれた。
「あなた、フランス語がうまくなりましたね」
彼にしてみれば、お世辞だったのかもしれない。ぼくは上司に当たるからね。
でもその時は、何よりもありがたいひとことだった。
「そうか、他人が認めるほどうまくなったのか!」
その日から練習は、朝と晩の2回することに決めた。しかも1回10分から、15分に増やした。ぼくは、ほめられて伸びるタイプ。フランス語力は、さらに磨きがかかった。
それから半年が経った。ぼくの語学力は、かなり上達していた。もう日本で授業を受けた同僚や先輩たちより、ずっとレベルアップしている。というか、同僚や先輩のフランス語はまったく何の役にも立っていない。彼らはフランス語の必要性を感じていないし、興味もない。だから、その能力は止まったままだ。小学生の時に背の高かった同級生と、高校で久しぶりに会ったら、背の高さが前のままだった。そんな感じだ。
確かに現場事務所や工事現場にいっても、フランス語はとくに必要ない。
「あれ」
「これ」
「よし」
「だめ」
「コピー」
その程度の単語さえ知っていれば、それですむ。必要性がないと、どんなものもやがて退化する。大昔、人間に生えていたシッポや体毛と同じだ。
その4「日本のフランス語教育」
日本で習うフランス語は、問題が多い。まず、文法にうるさすぎる。動詞の活用が1人称、2人称、3人称の単数、複数とある。時制だけでも、現在形から、半過去、大過去、単純過去、複合過去、未来とある。もうそれだけで、ちんぷんかんぷんだ。さらに直接法、条件法、接続法もある。初めにそれを聞かされたら、九割の人間は間違いなく逃げていく。
しかも、日本での最初のレッスンは
「イラ、エラ、ヌザボン」
といった単語のくり返しから始まる。まるでお経か、魔法の呪文だ。これで大半が興味を失い、脱落する。
その5「数字」
さらにやっかいなのが、数字だ。アン、ドゥ、トロワは誰でもいえる。20くらいまでは、何とか無理すれば覚えられる。それを過ぎると30、40、50、60まではスムーズにいく。パターンが決まっているからね。
問題はこのあとだ。69から70に移ったとき、日本人には信じられないことが起こる。60足す10、60足す11……と続く。おい、70はどうした?
70歳は日本では古希だが、フランスには還暦までしかないのか? ま、疑問をもちながら79まで越えたとしよう。しかしそのあとには、最大の難所80が待っている。
80は、60足す20ではない。70足す10でもない。何と『4の20』といういいかたに変わる。
なんじゃい、こりゃ? ここで残りの大半の日本人が脱落する。その率80%。
いや、統計を取ったわけじゃないけど、だいたいそのくらいだろう。
『4の20足す10』が、90。『4の20足す11』が91……ときて、99は『4の20足す19』となる。
フランス人は恋多き民族。しかし離婚率は高い。それは彼らに、添い遂げようとする気持ちがないからだ。日本には、夫婦のためにこんなことわざがある。
「お前百まで、わしゃ九十九まで」
彼らなら、こういわなければならない。
「お前百まで、わしゃ四の二十足す十九まで」
こんないいかたじゃ、夫婦仲を長く続けようという気にはならない。
その6「勘定」
こんな数えかたをするからなのか、フランス人は計算が苦手だ。
レストランで会計を済ませるとき、日本人は戸惑う。たとえば合計が115フランだったとする(1999年から単位はユーロ)。500フラン札を渡すと、給仕はまず偽札ではないかと透かしを見る。次に彼はレジから5フラン硬貨を出し
「120」といって勘定用の皿に乗せる。115に5を加えたというわけだ。次に10フラン硬貨を1枚ずつ足していく。130、140、150、そして50フラン札で200に届かせる。あとは100フラン札で300、400、500となって、勘定がやっと済む。皿には385フランが乗っている。
その7「語学上達のコツ」
要するに、日本でフランス語教育を受けた者は、8割以上が脱落するといっていい。ぼくも日本で語学の授業を受けていたら、20まで数える前に辞めていただろう。ああ、エリートでなくてよかった。
要するに語学上達のコツは、このふたつしかない。
『センスと情熱』
とにかく覚えて、毎日使い続ける。文法なんか気にしていたら、終わりだ。長い月日を経て、やっとわかった。
以前ある人に語学のコツを話したことがある。そのとき、こんな質問を受けた。
「情熱はわかります。でも自分にセンスがあるか、ないかはわかりません。それを知るには、どうすればいいのですか?」
うーん、難しい質問だ。えっ、ぼくがいつ自分にセンスがあると知ったかって? はっきりいって今もよくわからない。実は、韓国語をマスターしようとしたこともある。しかしそのときは、どうしてもモノにならなかった。だからそれぞれの言語に、向き不向きがあるようだ。
その8「上達の早道?」
語学勉強となると、こんなことがよくいわれる。
『上達の早道は、その国の異性と仲よくなること』
これには異論がある。友だちになった最初のころは、語学にも熱が入るだろう。いろいろ話をしたり、理解を深め合ったり、口説いたり。それが過ぎると、語学上達は別だ。男女の関係になれば、もうことばはいらない。ボディーランゲージに没頭し始めたら、フランス語の甘いささやきも不要だ。よって、語学堪能者に美男美女はいない。
誰だ? ああ、なるほどね、納得したといっているヤツは!
その9「ようやく帰国か」
こうして赴任3年後。ぼくのフランス語はかなりの腕前となった。日常会話にとどまらない。工場で使う専門用語も使いこなせる。ここまできたら、ぼくは通訳として自立できると自信がついた。
やがてようやくフランス本国に戻れることが決まった。どんなにうれしかったか! ところが顧客からこんな要請を受けた。
「引き続きコンサルタントとして、あと1年残ってほしい」
皮肉なものだ。長い間活躍した有能な人間ほど、現場に必要とされる。こうなると、むげに断るわけにもいかない。2、3人が帰国不可能組に選ばれた。そのメンバーに、ぼくも含まれていた。
「まだあと1年ここに残るのか!」
そのときは、心底アルジェリアが嫌いになった。さらに1年が過ぎた。本当にフランスに戻れる日がやってきた。ぼくは誓った。
「もう2度と、アルジェリアには戻ってこないぞ」
そこで、ある計画を立てた……。




