最後の授業で、ぼくは「セ・ビヤン」を贈った
その1「減っていく生徒と講師」
ぼくがこのトレーニングセンターにきて、約1年が経った。新しい工場の建設もあらかた終わったらしい。そうなると現地スタッフの教育も必要なくなる。最盛期には30以上あったクラスも、ずいぶん減った。
生徒たちは、どんどん卒業した。今残っているクラスは、ふたつだけだ。建設にたずさわるスタッフはもういらない。あとは運転員と呼ばれる、工場を動かす人間さえ育てればよい。
そうなると、教える人間もいらない。一時期40人もいた講師は、10人以下に減った。実際授業をおこなうのは、2、3人。残りは残務整理だ。ぼくは運転員のクラスを担当できるので、最後まで残っていた。運転員クラス担当教師も、多い時は7、8人いた。今は大半が帰国している。
その2「最後のクラス」
最後に残ったクラスは、ぼくにとって一番疲れるクラスだった。もっともクセのある生徒が集まっていた。ほら、ぼくをバカ野郎呼ばわりして辞めていった生徒のいたクラスだ。正直いって担当なんかしたくなかった。
「最後のクラスをお願いする」
とムッシュ・ガリッグから頼まれたとき、ぼくは1度断った。
「なんでぼくがいちばん疲れる役回りをしなければならないんだ?」
「ムッシュ・リョウイチ。顧客からの要請だ。引き受けてくれ」
こういわれたら、しかたない。結局このクラスを押しつけられた。
ここには、自習時間に決まってコーランを大声で読む生徒もいた。ぼくは、こうした宗教的行為には絶対口をはさまないと決めていた。しかし、生徒同士の口論が絶えない。結局ぼくが間に入らなければ、おさまらなかった。
ある日、その自習時間もその生徒はコーランを読み上げていた。すると例のバカ野郎発言で退学となる生徒が、彼に食ってかかった。
「てめえ、毎日毎日、同じことばかり叫びやがって。うるせぇぞ、いいかげんにしやがれ!」
もうひとりも負けてはいない。
「お前こそ、ありがたいコーランに対してなんたる侮辱! 天罰が下るぞ!」
その日は口論で1時間が終わった。あのふたりも、そしてぼくも疲れて帰った。自習室にいた生徒全員が、勉強をさまたげられた。
人を救うための宗教が、癒しを与えるどころか苦痛を与えた。
その3「最後のあいさつ」
メロディー付きの時計を鳴らす生徒がいたのも、このクラスだった。
そんな問題児ばかりのクラスだから、授業についていけない生徒も多い。ひとり抜け、ふたり抜け、だんだん数が減ってゆく。終わりのほうは、かなり落ち着いてきた。
そんな4月のある日。最後の総まとめと、テストをおこなった。授業は淡々と進む。テストもいつものように終わった。これで、このクラスも終了した。ぼくの1年近い講師生活もピリオドとなる。教壇の上に立つのも、これでおしまいだ。
ぼくは、彼らに別れのあいさつをした。つい肩に力が入る。
「みんな、よく残ったな。くどくどいうのは、ぼくの性に合わない。最後にひとこと、このことばを君らに贈る」
生徒たちは、きょとんとしている。聞いているのか、いないのか。筆記道具を片付けて帰りかけている者もいる。ぼくほど感慨はないらしい。ぼくは叫んだ。
「セ、ビヤン!」
直訳では
「それはよい!」
だが、この場合は
「よっしゃ、よくやったな!」
の意味だ。しかしほめるために使ったことは、今まで1度もない。生徒のカンニングを見つけたときに、ぼくが発していた決まり文句だ。
「よっしゃ、(カンニングを)よくやったな」
このことばとともに2点、減点をしたもんだ。今回この聞き慣れたことばを、初めてほめことばとして使った。彼らもそれがわかったらしい。
「セ、ビヤン!(よっしゃ、よく卒業したな)」
といったとたん、生徒から拍手がわき起こった。
職員室に戻ると、今までにない気持ちが押し寄せてきた。
「これで終わった……」
うれしさ、満足感、開放感がこみ上げてくる。そして、さびしさも感じた。




