スペインの飛び地で、鍵を車内に残したままドアを閉めた
その1「3連休の計画」
11月のカレンダーを見たら、週末と祝日がつながる3連休があった。3日もじっとしているなんて、もったいない。授業のストレスが溜まっている。気分転換したい。日常生活から脱出したい。
ぼくはこれを利用して、ひとり旅を計画した。スケジュールは、こうなっている。まずは、西の隣国モロッコに入る。さらに約200キロメートル進み、海沿いに向かう。
そこには、スペインの飛び地メリリャがある。セウタが、ジブラルタルをはさんだスペイン領なのと同じ。ここも地中海を渡ったスペイン領となっている。
ここを目的地に選んだのには、ふたつ理由がある。
ひとつは、行楽シーズンだからだ。11月でも、日中はまだ暖かい。バカンスには最高の時期。ぜひいってみたい。
それと、もうひとつ理由がある。8月、スペイン領セウタからモロッコに入国できなかったことへのリベンジだ。あのときはバチが当たったと思って、死んだおばあちゃんに祈った。そして何とか帰れた。すごい経験だった。
しかし、本来あんなことは起きないはず。今度こそスペイン領から車に乗ったまま、トラブルなくモロッコ国境を越えたい。そうしないと、一生トラウマを抱えてしまう。
その2「メリリャの休日」
朝、オランを出発。昼前には国境に着いた。国境に近づくと必ず警備隊員がいる。そこを抜けるとモロッコ入国となる。メリリャに入る時も、モロッコ国境がある。そこで出国手続きをする。スペイン側には、そうした手続きは何もない。
国境を越えると、とたんに聞こえてくることばが変わる。スペイン語圏にきたので、別の国にきたという実感がわいた。アルジェリアからモロッコにきても、別の国にきた気にならなかったのに。ついでにいうと、フランスにいっても旅行の気分にはならない。帰国したような感覚に近いから。
メリリャは、どこでもあるような港町だった。これといった観光名所もない。唯一の名物は、ハムやソーセージなどの豚製品。別にこの町に養豚場があるわけじゃない。アルジェリアやモロッコなど、イスラム諸国では手に入らない物が食べられるということ。
レストランに入ると、まず生ハムを前菜として注文した。次々と出てくる皿には、どれも豚肉が調理されている。久々のスペイン料理に舌つづみを打った。ここで味わえるのは、豚肉だけじゃない。目の前は地中海だから、魚介類も豊富だ。しかも日本人の口に合う調理をしてくれる。遠くからきたかいがあった。
食事を終えると、腹ごなしにホテルまで歩いた。あちこちに、大売り出し中の露天商や夜店が並んでいる。まだ十一月だというのに、もうクリスマスセールらしい。ホテルのすぐそばでも、それは同じだった。少年がマイクをもって
「大売り出し! 大売り出し!」
と声を張り上げている。スピーカーがその声を増幅するので、部屋に戻っても、中まで騒々しく聞こえてきた。
ぼくは朝早く起きたので、もう眠くてすぐにベッドに入った。しかし騒音は夜中過ぎまで続く。あまりにうるさくて寝られない。この国には
「近所迷惑だよ!」
と警察に訴えるオバサンは、残念ながらいないらしい。おかげで、翌日は寝不足。でも気分がハイになって、逆に異国にきた実感が増した。
2日目は、町や港を観光した。見るべき物は何もないんだけど、やっぱり楽しい。あのつらい授業から脱出できたと思うと、それだけでスキップしたくなる。
その3「鍵」
3日目の朝。名残惜しいが、きょうはもう帰らなければならない。
「ほんとは、ずっとここにいたい。授業なんか出たくないよ」
そのときのぼくは、登校拒否児童のような心持ちだった。そんな強い拒否感が、気のゆるみにつながったらしい。ぼくは会計を済ませ、ホテルの駐車場にやってきた。車のドアを開けて、荷物を乗せる。
「まだ時間が早いし、すぐ国境にはいきたくないな。最後にメリリャの町を、ぐるりと一周ドライブしよう」
そうなると、天気予報が気になった。
「ホテルのロビーに戻れば、現地の新聞が置いてある。それで確かめよう」
と車のドアを閉めた。ロビーから戻ると、重大なことに気づいた。 鍵がない。
「そうだ、荷物といっしょに車に積み込んだんだ!」
ドアは、オートロックになっている。
「後ろのドアを開けてみよう。鍵がかかってないかもしれない」
「よし、ドアの窓ガラスを下ろしてみよう。爪で引っ掛ければ、何とか開けられるかもしれない」
「車を揺さぶったら、どこかがはずれて開くかも」
いろいろと試みてみたが、どうしようもない。しかたなくホテルのフロントに頼み込んだ。
「市内のHONDAディーラーを、呼んでもらえますか?」
その4「作業員」
やがて作業員がやってきた。50歳過ぎの貧相な男だ。今から思い出すと、蛭子能収を西洋風にした感じの顔だった。
「この人で、だいじょうぶだろうか?」
一見心配になった。しかし彼の腰には、大きな鍵束がぶら下がっている。
さらに大きな作業用バッグから、細長いヘラのような道具を取り出した。どうやらそれを窓から差し込んで、ドアを開けるようだ。ぼくは、それらを見て安心した。
「あとはよろしくお願いします」
といって、ホテルのロビーで時間をつぶした。30分ほどして、駐車場に戻ってきた。ぼくは、目を疑った。
なんと、運転席側の窓ガラスがこなごなに割れている。ガラスの破片が、座席に散らばっていた。先ほどの作業員が申し訳なさそうに、ぼくを見ている。彼を責めてもしかたがないとわかっていながらも、彼をちらりと見た。とたんに彼は、
「アユダ、ソラメンテ。アユダ、ソラメンテ」
と、くり返した。
スペイン語は、フランス語に近いのである程度わかる。
「アユダ」
を訳すと『手伝い、援助、ヘルプ』。
「ソラメンテ」
は『だけ、のみ、オンリー』の意味。
つまり
「手伝っただけだから、おいらに責任はないよ。あくまで好意でやっただけ」
と弁解したいらしい。
「君と話してもしかたない。とりあえずこの車を、君らの工場にもっていってくれないか?」
彼はクレーン車を呼んだ。ぼくも同乗して工場に向かう。
その5「修理工場」
工場に入ると、ぼくの車に数人の作業員が集まってきた。例の作業員が、スペイン語でなにやら説明している。ぼくが口出ししても、どうなるものでもない。しばらく静観していた。
やがてひとりが、透明なプラスチックをもってくる。同じ型のガラスがないので、そのプラスチックを切ってはめ込むつもりらしい。手先の器用さでは日本人にかなうまいと思い、期待しないでいた。しかし、彼らもなかなかやるもんだ。まあまあの出来の窓ガラス、いや窓プラスチックがはめ込まれた。完成まで、2時間かかったけど。
さて次はどうするのか、相手の出方をみる。はっきりいうけど、壊したのはそちらさんだぞ。作業員の中でもリーダー格が、話しかけてきた。年は40歳を超えたところか。
「セニョール、費用は6000ペセタだ」
「なんだと! 被害者はぼくだ。なんでぼくが払う必要があるんだ?」
さきほどの50歳過ぎの蛭子能収似の作業員が、またくり返す。
「アユダ、ソラメンテ。アユダ、ソラメンテ」
納得できないが、この貧相な作業員をこれ以上責めるのは気が引けた。とはいえ、6000ペセタは高い。
首を傾げながら、財布から半額の3000ペセタだけ出す。
蛭子能収似の作業員が、奪い取るようにすぐさま受け取った。無言でリーダーを見つめる。
「これでいいことに、しておきましょうよ」
という表情で。リーダーは不服そうだったが、ぼくに車のキーを渡してくれた。
その6「帰路」
もう、メリリャ市内をドライブする時間はない。工場を出ると、まっすぐ国境に向かう。
「新車にプラスチックの窓なんて、かっこ悪いだろうな」
と不安だったが、実際にはガラスと見た目は変わらない。
ながめる光景も、そう悪くない。
「これなら割れないし、窓は全部プラスチックにすればいいのに」
とまで考えた。
ただし、困った点も見つかった。太陽の光が少しキラキラする。これではフロントガラスに使えない。それと、窓が開かないのには参った。
やがて国境を越え、モロッコに再入国。地中海を左手に見ながら、ナドール、ゾンアンダストリエルの町を南下。途中で東へと進路を変えた。エイアイオウン、ナイマと通り過ぎ、最東端の町ウジュダに着く。
ここから先は、アルジェリアとの国境があるだけだ。再入国する前に、腹ごしらえをしたくなった。とはいっても、レストランに入る時間もお金もない。車中で食べられる物を探すため、町を周回する。くだもの屋の前で、めずらしいフルーツと野菜を見かけた。アルジェリアには売ってない。
ひとつは、バナナだ。なぜかアルジェリアでは輸入禁止。別にぼくはバナナ好きじゃない。ぼくの子どものころ、バナナはぜいたく品だった。でもわが家では、おやつ代わりに食べていた。坊ちゃん育ちだからね。その分昔からそんなに食べたいと思わない。それでもアルジェリアに帰ればもう食べられないと思うと、むしょうに食べたくなった。ひとふさ買って帰る。
もうひとつは、アボカド。アボガドと発音する人がいるが、それは間違い。『カ』には濁点がつかない。フランスでは、アボカといって前菜によく出る。
こちらは種もあって車中で食べづらいので、買わなかった。左手にハンドル、右手にバナナ。こんな運転で、夕刻にはオランに戻った。
誰だ? おさるの電車※みたいだという読者は!
(※1948年から74年まで上野動物園内を走っていた)
今回はスペインからモロッコに、乗車したまま入国できた。何の問題もなかった。もうこれで、国境越えを恐れる必要はなくなった。その後、国境でトラブルが起きたことは一度もない。




