生徒の家に招かれ、GANTZのようなどす黒い球体を差し出された
どのクラスにも、問題児が何人かいる。同時に、優秀な生徒も必ずひとりはいる。中には成績がいいだけでなく、クラスのリーダーを兼ねている生徒も、たまにいる。そこでぼくは、こう考えた。
「彼を手なずければ、授業もスムーズに進められるぞ」
さっそく、ぼくは実行に移した。
その1「休日ドライブと食事」
次の休日は、彼とのドライブとなった。オランの町はずれの海岸に連れていく。例のおしゃれな通りのある所だ。遊んだり、彼の欲しい物を買ってやったりした。
最後は、そこのいちばん高級なホテルで食事をした。彼は、全部平らげた。
「ごちそうさまです、ムッシュ」
「きょうは一日楽しかったかい?」
「ええ、もちろん。ぜひ帰りは、自分の家に寄ってください。家族に会ってほしいんです」
「ああ、いいよ」
ぼくは彼の家に着いても、車のエンジンを止めなかった。玄関先で家族にあいさつすれば、それでいいだろうと思っていたからだ。ところが、彼はそれを許さなかった。
「エンジンを止めて、家の中に入ってください。もうすでに食事が用意されているんですから」
確かに、歓待の準備が整っていた。
「さあ、どうぞ召し上がってください」
ぼくはあぜんとした。テーブルには、所せましと料理が広げられている。ぼく1人に対し、5人分のごちそうの量だ。しかも彼の他には誰も顔を出さない。家族へのあいさつは、食べ終わったあとになる。とにかく食べるしかない。
しかも中には、自分の口に合わないメニューもある。
「こりゃあ、おいしいね」
ぼくは食べるふりをする。彼が席を立つと、それをゴミ箱へ。気づかれないように、何とかごまかした。
その2「最後の料理」
ところが最後に出された料理には、ギョッとした。これを料理といっていいものかどうか?
形は球体。大きさは、野球のボールをひと回りデカくしたくらい。色は、どす黒い。おまけに表面が、ブツブツとした突起物でおおわれている。食欲をそそるどころか、鳥肌が立った。ぼくは手を出したものか、悩んでいた。完全に体が固まっている。すると、彼がうれしそうに皿を差し出した。
「ムッシュ、これは我が家のいちばんのごちそうです。ぜひ食べてください!」
「こ、これは何だい?」
「羊の内臓を血とともに固めたものです。先日、羊の丸焼きをした材料で作りました。最高の料理です」
「そ、そうか、最高の料理か……」
しかたなく、ボール状のものをナイフで切る。ひと切れをフォークで突き刺した。こわごわと口に運ぶ。
「ふぁ、わぁ、はぁ」
羊のニオイがむっとくる。吐きそうになるのをこらえながら、別の料理を口に入れる。息を殺して、水で一気に胃袋に流し込む。水洗トイレになった気分だ。
しかしこの程度ではごまかしきれない。ニオイは口の中に充満している。
彼は、その一部始終を見ている。表情を見れば、うまそうか、つらそうか、わかりそうなものだ。ところが彼は、ぼくにこう聞いてきた。
「どうです、ムッシュ、うまいでしょ?」
「そ、そうだな。うん、いやあ、とっても何というか珍味だな」
「そうでしょう。ムッシュはとっても運がいいです。この料理は、そうそう食べられるものじゃないですから。年に1度か2度作るだけなんです」
「そうか、ぼくはラッキーだな」
胸の奥は複雑な心境だ。このままだと、この不気味な球体をすべて食べ終わるまで、この家から帰してもらえないだろう。
人間、追い込まれると強い。必死になって、ふだん以上の能力を発揮する。
とっさにアイデアが浮かんだ。
「そうそう、実は明日、ぼくの家でパーティーを開くんだ。ムッシュ・ガリッグをはじめ、講師をみんな呼んでね」
「ムッシュ、そうなんですか」
「だからこんなおいしい珍味を、ぼくだけ食べるのはもったいない。ぜひ、みんなにも味わわせたい。だから、この料理をいくらかもって帰っていいだろうか?」
「ムッシュ、そんな遠慮しないで。全部もっていってくれ」
こうして、ぼくはその場を切り抜けた。アレはビニール袋に入れて、持ち帰ることとなった。
その3「母親のあいさつ」
最後に彼の母親が出てきてあいさつをした。
「わたしの息子よ(注:自分の息子の友人などには、こんないいかたをする)」
「お母さん、ごちそうさまでした」
「きょうは本当によくきてくれたわ。きっと神様も祝福してくれるに違いない。またいつでも好きなときにきてちょうだい」
「ありがとうございます」
「そして困ったことが起きたら、何でも相談してね。ここは自分の家だと思ってくれていいから」
そこまでいわれると気が重い。とにかくお礼をいって、引き揚げた。それからリーダー格の生徒を手なずけようとすることは、2度となかった。
ここまでいうには、深い訳がある。あのどす黒い球体を2度と食べたくないだけじゃない。今までも、彼らアルジェリア人からは
「ほしいものがあれば、何でも用意するからいってくれ」
と、よく聞かされてきた。しかし、この国にほしいものなどほとんどない。仮にあっても、自分で買ったほうが気が楽だ。というのも、その見返りを必ず要求されるから。
しかもひとつやふたつではない。フランスや日本に休暇で帰国すると知ると、彼らは長いおみやげリストを渡しにくる。
「これとこれを買ってきて」
その量も金額もハンパない。そのくせ代金を支払ってくれる保証はまったくない。たとえ払っても、現地通貨だ。こちらに、あまりメリットはない。さらに、こんな要求もしてくる。
「現地通貨を外貨に替えてくれ」
これは違法だ。しかも正式のレートと闇市場のレートでは、2倍から5倍の開きがある。親切心で替えてやったはいいが、それで捕まっては元も子もない。
結局彼らと深く付き合おうとすると、こういう関係になると改めてわかった。手なずけるどころか、手に縄をかけられる。
その4「球体料理の最期」
えっ、あの料理はどうしたかって? 翌日職場で、ムッシュ・ガリッグに手渡した。
「ムッシュ・リョウイチ、おれもこれは食べたくないよ」
「勘違いしないで。サムのエサにしてほしいんだ」
サムは最初アレでボール遊びをしていた。やがてうまそうに全部平らげてしまったそうだ。あいつには、ラッキーな食べ物だったらしい。




