教壇の机で眠ったら、教室が砂だらけになっていた
その1「やっと帰宅」
入国ビザの有効期限は、わずか5分を残してセーフとなった。しかし、まだまだ目的地は遠い。今度は幅広い道路を、時速140キロのスピードで激走する。なにしろ朝9時には、授業を始めなければならない。
オランの町を通り過ぎたのは、午前2時過ぎ。ムッシュ・ガリッグのいるアルズーキャンプに、一度立ち寄った。といっても、彼ら夫婦を起こすわけにはいかない。
『無事アルジェリアに帰ってきました。きょうから授業を再開します。 リョウイチ』
と書き置きをポストに入れて、再び出発。
とりあえず、ヤイのいるアルズーに戻った。車を中庭に入れる。周囲を起こさないよう、できるだけ音を立てずに駐車した。家の鍵を開ける。ヤイの高いびきが聞こえた。
「ジャンの電話ではヤイも心配しているといっていたけど、ぐっすり眠ってる」
コイツは起こしてもいい。電灯を点ける。
「おい、今帰ったぞ」
「な、な、何だ、リョウイチか?」
「ベッドを借りるぞ」
「ああ、いいよ。むにゃむにゃ……」
ヤイはすぐにまた寝息を立てた。ところがぼくのほうは、なかなか寝付けない。無事帰還できた興奮が、頭の中をかけめぐっている。やっとウトウトしたころには、空が明るくなっていた。
「もう出勤の時間になってしまった……」
もう一度ヤイを起こし、ふたりでトレーニングセンターへ向かう。
その2「職員室」
職員室に着くと、ムッシュ・ガリッグがぼくを温かく出迎えてくれた。
「書き置きを読んだよ! 無事でよかった!」
「心配させてすまなかった……」
思わずふたりで抱き合った。やはり彼は本当に待っていてくれた。ヤイと違って。
こんな感動の瞬間を、あのヤイがじゃまをする。
「おい、授業開始まで5分もないぞ」
本当のところ、ぼくはヘトヘトで授業ができる状態じゃなかった。ここ3日間まともに寝ていない。しかもハラハラドキドキの連続。今ここに戻ってきているのが、信じられないほどだ。しかし人生は厳しい。
「とにかく授業をしなければ……」
重い体をむち打って、階段を上がる。教室の扉も、かなり重く感じた。
その3「授業開始」
「それでは授業を始めます」
生徒の前に立つと、緊張感から何とか授業ができた。しかし30分ほどで限界がくる。眠気と疲れ、けだるさが猛烈におそってきた。ついにぼくは、その場にへたり込んでしまった。
「あとは自習だ」
管理官に見つからないように、教室の扉に鍵をかける。そして教壇の机の上をベッド代わりに、あおむけになって眠り始めた。生徒なんか、ほったらかしだ。
その4「授業崩壊」
それからどのくらい時間が経過しただろう。
「なんだと、この野郎!」
「そっちこそ、なぐられたいのか!」
生徒たちの怒鳴り合いと、机やイスが倒される音で起こされた。目を開けると教室中が、砂ぼこりでもうもうとしている。教室には、1辺30センチの立方体の砂箱がいくつか置かれている。灰皿代わりだ。これが生徒たちのケンカでは、武器に変わる。つまり投げたり、けったりするための道具として利用される。いくつもの箱が飛び交い、教室中が砂だらけとなった。机やイスは壊される。
みんなが総立ちになった。騒然としているが、誰もけんかを止めようとはしない。靴や本、ノートが宙を舞う。天井の蛍光灯に当たり、割れてガラスくずが落ちてくる。
「やっとアルジェリアに帰ってきたら、またこれか……。1ヶ月経っても、こいつら何も変わっちゃいない。何が断食月だ。普段より力を持て余しているじゃないか。もううんざりだ。そのうち、とばっちりがくるかもしれない。何といってもうるさくて寝ていられない」
ぼくは渋々起きて、教室を出ようとした。よそで寝場所を捜すためだ。ところが何人かの生徒たちに腕をつかまれ、止められた。
「ムッシュ、だいじょうぶ。いかないで」
「すぐ終わるし、たいしたことじゃないよ」
「とにかくここにいてくれ。また授業は再開できる」
最初、ぼくは感激した。
「一部の生徒には、こんなに慕われているのだ。ぼくを待っていてくれたのは、講師だけではなかった!」
ところが、実はそうでなかった。彼らは、告げ口されると勘違いしたらしい。ただの引き止め作戦だった。そう気づくと彼らに付き合ってはいられない。かといって振り切って外に出るほどの気力はない。結局教室のはじでイスを並べ、おおっぴらに横になった。そのうち騒ぎが収まった。みんな黙々と片付けを始める。
「こんな時がいちばん静かだな」
やがてぼくは熟睡した。教室に響く音は、イビキだけになった。




