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スイスの会社に雇われて、アルジェリアで先生になった件について ~日本人はぼく一人。生徒は砂漠のプラント技術者たち~  作者: Ryoichi


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キスの回数も記録してるのか?

その1「フランスゆきの機内」


 つい数日前に赴任したばかりの講師数人を残し、ぼくらはみんなオランを出発した。講師研修のあるイギリスにいくまでは数日の余裕がある。そこでムッシュ・アミエルといっしょに、まずフランスのトゥールーズに飛んだ。機内ではぼくはあるメモをしていた。


「何を細かく書いているんだ?」


 アミエルがたずねる。ぼくはノートを見せた。


「ここにはフライトの回数が書いてある。今まで通算100回目近くになる。こちらは利用した航空会社の名前だ。十数社になる。一番後ろのページには搭乗券が貼ってある」


 アミエルは驚き、あきれた。


「君は食事の回数や献立、キスの回数まで記録しているんじゃないだろうね?」

「ぼくは記録マニアじゃないよ。フライトが終わったら、預けた荷物をちゃんと受け取るために書いているんだ。荷物が届かなかったときや、破損したときにこのノートが役に立つ。実際2度スーツケースが壊されて弁償してもらったことがあるからね」


 アミエルは、やれやれといった表情をした。ぼくは子どものころから、こんな風にきっちりしつけられている。ほんとに品のいい坊ちゃんなのだが、彼には理解してはもらえなかったようだ。



その2「ポー」


 空港に着くと、アミエルとは別れた。ぼくはポーに向かった。パリから800キロ離れた学園都市。ぼくがパリの面接を受ける直前まで住んでいた町だ。


 なぜポーにいくのかって? まだぼくの荷物の大半が、残してあるからだ。赴任は年契約だから、またここに戻らなければならない。ポーでは部屋を片付けた。アルジェリアにもっていきたい物は分けておいた。帰りにまた取りにくるつもりだ。


 一通り用事はすんだ。でもまだロンドンにいくには早すぎる。そこでマルセイユに立ち寄ることにした。そのあとパリに向かい、ロンドンへという予定だ。


 なぜマルセイユかって? あそこはヤイの家がある。どうせなら一度いってみたい。いろいろ立ち寄るので、けっこうハードスケジュールだ。でも旅には慣れている。東京、大阪、鹿児島を順に回るようなもんだ。海外旅行の移動距離に比べたら、苦にはならない。



その3「マルセイユ」


 マルセイユは港町だ。大きな船が数隻とタグボート、その他小さな漁船がいきかう。だだっ広い倉庫が並び、クレーンが何本も立っている。


 少し進むと市場がある。倉庫と違い、人が多く活気にあふれている。そこが町の中心部だ。後ろには山が連なっている。すり鉢状に港の周りを取り囲んでいる。


 高台には、マルセイユのシンボルがそびえている。金色に輝く聖母像だ。町の中からなら、どこからでも見える。東京におけるスカイツリーみたいなものだ。


 この町は他のフランスの町に比べ、アラブ人、特にアルジェリア人移民が多い。アルジェリアから船でやってくる最初の町がここだからだ。


 しかも以前アルジェリアはフランスの植民地で、ひとつの県だった。関係は深い。この町にくると、またアルジェリアに戻った気分になる。他のアフリカの国からの移民も多い。かつてフランス領だった所が多いからだ。


 ヤイ自身ギニア系フランス人、彼の妻はセネガル人だ。彼らは子どもといっしょに、郊外の高層アパートに住んでいる。ぼくが彼らの家をたずねると、家族総出で出迎えてくれた。


 いっとくけど、高層といっても高級じゃない。移民や肉体労働者が多く住んでいる。治安に問題がありそうだ。夜は日本のようには出歩けない。ただ彼らは気さくな人たちだ。あまり気を使わなくてすむ。初めて会っても、何年も前からの知り合いのような気がする。そんなところが、ぼくの性格に合っていた。


 夜9時を過ぎていたので、すでに家族は夕食をすませている。ぼくの食事だけ残してあった。少し遅い夕食を済ませると、ヤイがこういった。


「いっしょに出かけようぜ」

「ああ、いいね。すぐいこう」


 ふたりは迷わず車に乗り込んだ。


「ヤイのいく所だ。どんな場所だろう、ワクワクする。たぶんかなりいかがわしい所だろうな。なにしろ歩く歌舞伎町みたいな男だし」


 妄想が頭の中を渦巻いて、ドキドキする。



その4「歓楽街」


 町の中心までいって、適当な所に車を停めた。すぐ近くの歓楽街に足を運ぶ。


 バーが立ち並んでいる。酒が目的ではないから、あまり飲むつもりはないらしい。帰りの運転のことは気にしていないようだ。


「ここに入ろう」


 ヤイが入ったのは、港のそばのとある安居酒屋。そこには、店の雰囲気にピッタリの安っぽいホステスがふたりいた。ひとりがフランス人、もうひとりがアラブ人だ。ヤイはアラブ娘をしきりと口説いている。


「君の足、とても美しい。ミニスカートによく似合っているよ」


 彼女は大柄で、ただ足が長いだけ。どうということもない。もうひとりのフランス娘は小柄だ。でもかわいくも、美人でもない。はっきりいって貧相だ。ぼくだったら5分も話せば話題がなくなりそうなほど。たいして魅力のない、退屈な女の子たちだった。それでもヤイは


「ああだ、こうだ、こうだ、ああだ」


 としゃべりまくり、ほめまくる。しつこいくらいに。はたから冷静、客観的に観察していると、こっけいそのものだ。思わずこのセリフをいいそうになった。


「こんなしょうもないホステス、口説いても時間のムダ」


 ぼくは、以前日本で観たテレビ番組を思い出した。それは動物番組で、南洋の鳥たちを紹介していた。


 その中に、こんなシーンがあった。オスがメスの気を引くため、いろんなことをする。歌を歌ったり、奇妙なダンスを踊ったり、石を並べたり……。ついこう思った。


「それに何の意味があるの?」


 でもその努力が、動物も人間も必要らしい。


 アルジェリアではモテ男のヤイも、フランスではからっきしダメだった。そりゃそうだ。フランスの女は、外貨など必要ない。ヤイが、自分の魅力でモテてなかったことが証明された。それでも何とかヤイがひとりのホステスを口説き、連れ出そうとした。


「ダメだよ、許可しないよ」


 店のママが止めた。当たり前だ。これからが稼ぎ時。女の子がふたりしかいないバーで、ひとりが欠けたらどんなに困るか、誰でもわかる。店を出るとヤイはすっかり白けていた。


「もう1軒いく気にはならないな」


 その夜はあきらめて帰った。家に着くと、奥さんが出迎えた。


「今夜もダメだったみたいね。毎晩ああやって狩りに出ているけど」


 すべてお見通しだった。


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