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スイスの会社に雇われて、アルジェリアで先生になった件について ~日本人はぼく一人。生徒は砂漠のプラント技術者たち~  作者: Ryoichi


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断食月ラマダン、野原で始まった羊の解体ショー

その1「ラマダンとは?」


 日本にいたとき、ぼくは宗教にまったく興味がなかった。とくにぼくが生まれ育ったのは長崎。お寺も教会も多かったんだけどね。仏教にもキリスト教にもほとんど知識がなかった。


 でも何年もアルジェリアにいると、多少はイスラム教についてくわしくなる。


 日本人が義務としておこなう仏教行事といえば、葬式や法事くらいだ。でもイスラム教徒(ムスリム)は、次の5つの義務を果たさなければならない。これを「五行」という。


 1 アッラーの他に神はいない、ムハンマドは神の使徒だと証言すること(シャハーダ=信仰告白)


 2 毎日5回神におがむこと(サラー=礼拝)


 3 収入の一部を恵まれない人に渡すこと(ザカート=喜捨)


 4 人生に1度は聖地メッカにいくこと(巡礼=ハッジ)


 残りひとつの義務が「断食(サウム)」だ。


 イスラム暦第9月の30日間、日の出から日没まで飲食を絶たねばならない。この月の名前がラマダン。断食の意味じゃないよ。イスラム暦は純粋な太陰暦。1年が360日だから、1年に11日ほど期間が早まる。そうなるとラマダンの季節も年をへるごとにずれていく。春のラマダン、夏のラマダン……。およそ33年で季節が一巡する。


「ムスリムは、同じ季節のラマダンを人生で2度経験する」


 といわれている。


 そういえばイラストレーターの山藤章二が、こういっていた。


「阪神ファンは、タイガースの優勝を4回経験すると人生が終わる」


 あの球団は、20年に1度くらいしか優勝しないからな。



その2「断食と宴会」


 ぼくが教壇に立った年、ラマダンは初夏だった。ぼくらイスラム教徒以外の人間から見ても、これは苦行の1ヶ月でたいへんだと思う。冬は冬でつらいそうだが、夏もきびしい。しかしそれは昼間トレーニングセンターで仕事しているアルジェリア人の姿を見て、そう想像してしまうだけだ。


 実際彼らにとっては、お祭りの1ヶ月らしい。というのも、断食は夕方まで。日没の合図とともに大宴会が始まる。それが明け方まで続く。何のことはない。昼間取らなかった食事量以上の分を、一晩飲み食いしているわけだ。


 夜明け前に最後の食事をすると、その日は半分終わったようなもの。力仕事は朝10時を過ぎるといたってスローモードになる。去年スキクダの現場ではそうだった。1ヶ月は非生産的期間となる。なおラマダン中は多くのレストラン、食料品店が休みとなる。開店しても、時間は限定されている。



その3「ラマダン明けのお祭り」


 そして1ヶ月が過ぎると、ついにラマダンが明ける。ほんとは毎晩食べ放題だったんだから、もう胃袋は限界だろう。打ち上げパーティーはやめればいいと思うのだが、そうはいかない。


 ラマダン明けのお祭りが始まる。これがまた毎夜の宴会とは、比べ物にならない規模だ。町中が羊のにおいで満たされる。あちこちで羊を殺した血の跡が残っている。このころは多くの食料品が店頭から姿を消す。バター、卵、肉、野菜……。どれも羊料理の材料だ。


 羊料理? そう、ほとんどの日本人にはなじみがない。ぼくも現地にいくまでは存在すら知らなかった。定番はこんな感じだ。メインディッシュは羊の丸焼き。ニワトリではなく羊。大きな皿から四本の足がはみ出ている。


 これに、以前紹介したクスクスをかけて食べる。硬い小麦の細かい粒に、羊や野菜を煮込んだスープだ。その他に、羊肉とピーマン、タマネギの串焼きでおなじみのシシカバブも登場する。サイドメニューとして、ハリラという豆をつぶしたスープも出されることが多い。



その4「羊の料理ショー」


 スキクダにいた時、羊の丸焼きパーティーに招待されたことがある。12、3人呼ばれて、うち日本人が10人ほど。場所は家の前の野原だった。まず生きた羊が連れてこられる。ぼくの口から、こんなことばがつい出てしまった。


「小柄でやせた羊だね」

「太った羊は脂(あぶら)が多すぎる」


 リーダー格のヒゲづらの男が答えた。右手に鋭利なナイフをもって。一瞬ぼくはビビった。


「怒らせたかな? いわなきゃよかった。どうか刺さないで」


 彼はこう続けた。


「あなたがた日本人には、脂の少ないこの羊のほうがおいしいはずだ」


 怖いのは見かけだけ。おもてなし精神にあふれた人だった。その男と、もうひとりの男がふたりがかりで羊を引き倒した。


 のどを先ほどのナイフで切る。当然血がほとばしるが、下に置かれた洗面器が受け止めている。集めた血は、あとで料理に使うらしい。不思議なことに、この場にいたっても羊はおとなしい。引き倒され、のどから血をダラダラ流しているのに、なぜかおとなしい。3分もたつと、羊の目がトロンとしてくる。そのまま寝てしまいそうだ。彼らは慣れたもので、用意した水を羊ののど元にかける。


 血で汚れたのどを洗う。さすがに傷口に水がしみるのか、羊はバタバタと暴れだす。もうひとりの男が加わり、3人がかりで押さえつける。バタバタは1分も続かない。やがて静かに息を引き取った。


 さあ、そこからが興味深い。マグロならぬ羊の解体ショーが始まる。まずは、前足のくるぶしあたりに穴を開ける。ストロー状の管を差し込み、ひとりは息を吹き込む。もうひとりはふくれた皮をパンパンとたたく。ふくらみを全身にまんべんなく広げる。しまいに、羊全体が風船のようにふくらむ。


 腹の皮をたてに裂く。羊は音も立てずにしぼんでいく。これで毛皮と肉をはがすための準備ができた。


 首を切り落とし、腹の皮をたてに裂いて、そこからはがしにかかる。


 ふたりが毛皮を引っ張る。ひとりが拳(こぶし)で肉と皮の間をうまくはがすように押し込む。はたからながめると、手際よく楽にやっているように見える。実際にはかなりの重労働だろう。暑くもないのに、3人とも額から汗が吹き出している。


 つるりと皮がむけたら、後ろ足をそろえてしばる。近くの木の枝にかける。宙づり状態だ。ここからは羊の吊るし斬りだ。アンコウみたいに。


 腹にナイフを突き立て、深くたてに割る。そこに手を突っ込む。腹膜に包まれた内臓がベロンと出てくる。


 このころ、もうひとりが穴を掘っている。深さ30センチ、直径1メートルほどだ。そこで火を起こす。ぼくはこう思った。


「この穴で丸焼きをするのだな。ズバリ正解だろう」


 ところが火を起こした男は、そこから2メートル離れた場所で石を積んでいる。あれ、不正解か?


 残りの男ふたりは、先ほど取り出した内臓からレバーや睾丸(こうがん)を取り出している。これらはこの場で料理するための食材だ。それにレースの布のような物をもっている。よく見ると、羊の脂肪だ。これを適当な大きさに切る。レバーに巻き付け、バーベキューにする。


 さて、いよいよ丸焼きだ。3メートルの長さの丸太に、羊の前足と後ろ足を伸ばしてくくりつける。


「これを先ほど用意した火のそばに置くのだな」


 と、ぼくは推理した。が、見事にはずれた。2メートルほど離れた所に、ふたつの石の山が積み上げてある。高さはどちらも約30センチ。そっちのほうに丸太をもっていく。


 積み上げたふたつの石の山にまたがるように、丸太の両はしを置く。火からはかなり遠い。でもそれくらい離れないと表面だけがこげる。中は生煮え状態になるらしい。5分ごとに少しずつ丸太を回転させる。


 1時間もたつと、表面はこんがりキツネ色に。そのころには、香ばしい羊の丸焼きのにおいが漂ってくる。


 野原に木製テーブルをもってくる。こんがり焼けた羊を丸太からはずす。羊をテーブルの上に乗せる。前足をそろえて首を座らせた状態に置く。まるでスフィンクス像だ。テーブルの周りをみんなで囲む。日本人だけが心の中で叫ぶ。


「いただきます!」


 このことばは


「あなたの尊いお命をいただきます」


 からきたという。今はまさにその通りだ。ふだんは考えたこともないが、このときはあの羊に感謝した。


 肉の表面は茶色にこげている。カリカリした部分がとてもうまい。やせた小柄な羊だったが、結局みんなで半分も食べられなかった。その上日本人にとっては少々脂っこい。もしこれが丸々肥えた羊だったら……。リーダー格の男がいっていたのは、ズバリ正解だった。


 その点睾丸は、日本人の味覚に合っていた。4つに切って焼く。つまり8人しか食べられない、貴重な食材だ。歯ごたえは、やわらかくて香ばしい。味付けは塩のみ。物足りなく聞こえるかもしれないが、これがいける。



その5「ラマダン中の授業」


 さて、ラマダンが近づいたころ、ぼくは不安になっていた。


「1ヶ月間、ここでの授業はうまくいかないだろう」


 と予想していたからだ。スキクダでの従業員が仕事をまともにできなかった経験が、頭から離れない。まだあの工場で働いていたのは、大人だ。このトレーニングセンターに通うのは、見た目はともかく中身は子ども。もともと教室でウトウトしている生徒が多い。ラマダンに入ったら、午後には半分以上の生徒が寝てしまうだろう。


「たぶんまったく授業にならないな。しかし講師としては聞いてなくても進めるしかない」


 悲壮な覚悟をしていた。


 ところが、そのときは事情が違った。いきさつはよくわからない。とにかくラマダン月の間、ぼくら講師陣にバカンスが与えられたのだ。ヤッホー!


 まだここに着任して4ヶ月にもならないのに、1ヶ月もの間休暇をくれる。


 しかも有給だ! キャッホランランッ! 日本ではまず考えられない。でもここではそれが起こる。


 謎なのは、ここの元請け会社が外資系でないこと。れっきとした日本企業だ。


 日本企業である証拠か、休暇中の1週間、教育学のトレーニングをおこなう予定になっていた。やはりただ1ヶ月の休みを与えるわけにはいかないらしい。


 でも場所は、イギリスの研修センターだ。イギリスに、会社のお金でいける。


 しかも研修の前後は、自由に国内を回ってもいい。ある意味バカンス旅行といえなくもない。


 この時期は、ぼくが教師生活にやっと慣れたころ。同時に疲れがたまり始めたころでもある。ラマダンはちょうどいい休養期間となるはずだった……。


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