ポケコン二台で、パリの石油会社に売り込みをかける
その1「ガリッグの頼み事」
当時はまだデスクトップコンピューター、いわゆるパソコンが世に出始めたころだった。ぼくらの間では、ポケットコンピューターがもてはやされていた。小型で持ち運びがカンタン。出張のときに重宝がられた。機能はかなり劣るが、今のノートブックパソコンのような存在だった。
ある日ムッシュ・ガリッグからこんな頼み事を受けた。
「日本にいくことがあればポケットコンピューターを買ってきてくれないか?」
ぼくも興味があったので、自分用と合わせて2台購入した。手に入ったのはいいが、プログラムを組まないと使えない。電卓と同じ機能しか果たせない。せっかく高い金を払って、わざわざ日本から運んできたのに、使い道がない……。結局ふたりとも数ヶ月ほったらかしにしておいた。
しばらくたって、ぼくは講師の仕事にも慣れてきた。時間の余裕ができた。そこでぼくは付属の4色プロッターで簡単なグラフィックを書いてみた。そしてムッシュ・ガリッグに見せた。
「これはいいね。だったらこれで工場の図面、プロセスフローダイアグラムを書いてみよう」
その2「ガリッグの構想」
当時のコンピューターは今から考えると、非常に稚拙だ。スキャナーもプリンターも付属していない。古いSF映画に出てくるコンピューターのように、狭いすき間から6センチ幅の紙テープがつむぎだされるだけだ。
ムッシュ・ガリッグは、この幅のテープに赤青緑黒で図面を書こうという。ポンプや蒸留塔、反応塔……。それらをバラバラに書いた細いテープを貼り合わせ、一枚の工程図にする。途方もない構想だった。彼がその下絵を書き、ぼくがプログラミングしていった。
刑事ドラマか映画で、確かこういうのがあった。シュレッダーにかけられて細長いヒモ状になった紙を、つなぎ合わせて再び一枚の紙に戻す……。あれは真犯人につながる証拠を探し出すため、捜査員を何十人も動員しておこなっていた。それに近いことを、ぼくらはたったふたりでやろうとしていた。今考えるとかなり無理がある。
図面が出来上がった。もちろん部屋に飾っておくわけではない。彼は知り合いの石油会社やエンジニアリング会社に、売り込む計画を立てた。ムッシュ・ガリッグは忙しいはずなのに、なぜかこの副業をしたがっていた。
お金を稼ぎたかったのか? いや新しい分野にチャレンジすることが、好きなのだろう。片や数十億円のスーパーコンピューターを所有する大会社を相手に、当時4万円ほどで買ったポケットコンピューターで対抗しようとしていた。
その3「ガリッグ、パリへ」
いよいよ売り込みの前日。彼はぼくと綿密な打ち合わせをおこなった。ぼくが相手の社長役を演じるリハーサルまでやった。準備は完ぺきだ。
翌日彼はポケットコンピューターを抱え、パリゆきの直行便に飛び乗った。昔からの友人である会社社長を前に、彼はこう力説した。
「この日本製コンピューターを使えば、あっという間に図面が完成します」
ところが……
「ビビビ、ピピピ……」
結果は、コンピューターが図面を描くどころか、エラー表示ばかり出た。
「ムッシュ・ガリッグ、これはどういうことだい?」
「そんなはずはないんだが……」
コンピューターをチェックしたら、なんと信じられないほどの彼の操作上のミスが見つかった。これは時間がかかる。困っているムッシュ・ガリッグに、社長が助け舟を出した。
「ところでこれは一体どうやって動くんだい? 図面はできなくても、計算はできるんだろ」
「そう、これは電卓にもなるんです。簡単な計算をやってみせましょう。たとえば80プラス60は……」
キーをたたいたら、計算モードとプログラムモードを間違えてしまった。画面に計算の答えが出てこない。それどころか、大事なプログラムの80行目に
『+60』
という意味のない文字が打ち込まれてしまった。数百行におよぶ精密蒸留塔のグラフィックプログラムが、ほとんど初期段階でエラーを起こしてしまった。もう前には進めない。
その4「帰国後のガリッグ」
ムッシュ・ガリッグは、日帰りでアルジェリアに戻ってきた。
「どうだった? うまく売り込めたかい?」
「いや、それがどうにもこうにも……」
その話を聞いたぼくは、がっかりというより、あ然とした。
その後、彼とはプログラムを組む作業を何度もした。そのたびに、ぼくの口からこんなセリフが出る。
「え〜、マックス、すごいじゃないか。今度はちゃんとスイッチが入れられるようになったじゃないか」
「……」
「わーお! 計算モードとプログラムモードの区別がつくようになったんだ。えらいなあ」
「……」
つい、からかってしまう。あー、いかん、いかん。本当は品のいい、他人を思いやる、優しいお坊ちゃんのぼくなんだが。しかも相手は『ぼくを変えた人』尊敬するムッシュ・ガリッグだというのに。
このポケットコンピュータープロジェクトは、何度かやり直したが、結局商売にならなかった。




