校内をうろつくホームレス風の男は、機械工学博士だった
髪はぼさぼさ、フケだらけ。白髪まじり。シャツはよれよれ、シワだらけ。
黒ずんだ靴は、かかとを踏みつぶしている。まるで貧相を絵にかいたようだ。
しゃべることばは、下品で方言丸出し。しかも俗語の宝庫。汚いスラングのオンパレード。こんな男がトレーニングセンター内をうろついている。
彼は何者か? 校内に入ってきたホームレス? それがアミエル。これでも機械工学博士だ。
初めて彼に会ったのは、ぼくがムッシュ・ガリッグのマンションを訪ねた時だ。
そこには、ぼくの前任者ムッシュ・カトーがいた。他にも4、5人が集まって雑談をしていた。ぼくもソファに腰かけ、出されたコーヒーを飲んでいた。そこにイスにも座らず、ムッシュ・ガリッグのそばで床に立てひざをつき、静かにしている男がいた。あたかも、いいつけられる用事を待っている召使いの印象だ。話している内容も、みんなの用事を一手に引き受けているようす。
ぼくは、てっきり雑用係だと思った。フランスでは、その人がどの社会階層に属するか、顔や服装を見ればはっきりとわかる。その基準でいくと、彼の見かけはエンジニアや機械工学の専門家から最も縁遠い。良くてせいぜい旋盤工だろう。
会話の内容もひどい。下層労働者のレベル以下。しかももって回った話しかたをする。学歴が高ければ、相手に正確に伝えるため簡潔明瞭を心がけそうなものだが。
授業が終わり職員室に着くと、彼の第一声はいつも決まっている。
「おいおい、みんな知ってるか? トップシークレットだぞ!」
人差し指を立てて、周りの注意を引こうとする。しかし誰も関心をもたない。
「また始まったか……」
冷ややかな目で彼を見るばかりだ。アミエルは続ける。
「これはオイラもさっき知ったばかりのホットなネタだ。そう簡単には教えられんな」
このもったいぶった物言いも、毎度のこと。下手に相手をすれば増長するのは、目に見えている。全員が無視していても、彼には関係ない。
「ま、本当はいえないんだけど。ほんのちょっとバラすとな……」
まことに思わせぶりな話しかたが、えんえんと続く。結局全部終わっても、たいした内容でなかったことがわかる。テレビを見ていると
「CMのあと、さらに意外なことが……」
とつなげながら、さほど面白いことも起こらないバラエティ番組がある。あれに近い。そういうときはチャンネルを変えるかスイッチを切ればいい。それ以上は聞かずに済む。
アミエルは違う。強制的に最後まで聞かされる。それに付き合った者は聞き疲れ、大きなため息をもらすしかない。
こんな彼にも家族がいる。宿舎からアルズーに移り住んだ時、フランスから家族を呼び寄せた。ぼくは、夫に似た白髪まじりの老けた中年女性でもくるのだろうと予想していた。
アミエルは、職員室に一家を連れてきた。ぼくは驚いた。奥さんは、若くて美しいアルゼンチン人女性だった。彼女にそっくりな5歳くらいの娘さんもいる。娘は黙っていると、天使のようにかわいい。話し始めると、これまた天使のようなかわいい声。しかし、ぼくはがっかりした。
「やはりアミエルの子どもだな」
と感じた。父親が低俗なことばばかり使うので、その影響をすでに受けている。
将来は悪魔にならないか、心配になった。
このあと一度、南仏の彼の住まいに遊びにいった。海外勤務でたくわえた貯金で買った家らしい。こじんまりしたいい家だった。美しい南仏の景色。美しい妻と娘に囲まれたアミエル。ぼくの目には、幸せいっぱいのファミリーに映った。
ぼくの耳には、そうは聞こえなかったが……。




