上司を診てくれた医者は、免状がコピーだった
その1「ムッシュ・ガリッグ倒れる」
ムッシュ・ガリッグが病気になって寝込んだ。
何の病気かはわからない。彼はトレーニングセンター内で、いちばんしっかりした人間だ。普通は自分で医者を呼べばいい。赴任期間が長いんだから、かかりつけの医師くらいいるはずだ。
ところがなぜかヤイに頼んで、アルジェリアの医者を連れてきてもらった。
友人ということだったが、どうせそこらへんで知り合った仲間のひとりだろう。深い付き合いではなさそうだ。ムッシュ・ガリッグもよほど熱が出て、冷静な判断ができなくなっていたとしか考えられない。
医者は一応診察らしきことをして帰った。その後も何度かムッシュ・ガリッグの家に出入りした。そのたびにムッシュ・ガリッグは、安くはない診察費を払った。やがて病気は治った。しかしヤイが、ムッシュ・ガリッグに重要な情報をもってきた。
「あの医者はニセモノらしいんです」
「本当か?」
ふたりはその医者の居場所を捜し出し、問いつめた。
「医師の免状を見せろ」
「あわてるな。ここにちゃんとある」
確かに免状はもっていた。しかしそれはコピーだった。しかも名前の部分は切り貼りされていた。
真実がわかった。実は看護士の資格もない介護人だった。どこかの病院で働き、医者の口調やしぐさを見慣れていたようだ。当時アルジェリアにいた外国人は、ほとんどが石油や天然ガスに関係していた。金回りもよかった。だから狙われやすかった。
日本で、振込詐欺にあうニュースをよく見る。被害者は、たいがい年配の人だ。そのたびに
「何であんなのに、だまされるんだ?」
と思ってしまう。しかし白衣を着たニセ医者が診察していたときは、誰も気づかなかった。ヤイはもちろん、あのムッシュ・ガリッグでも見破れなかった。信じ込まされるというのは、恐ろしい。
その2「立派な紳士」
アルジェリア人がみんな
「外国人は金づる、標的、獲物」
と考えているわけではない。一方では
「外国人はお客様」
という考えかたもある。これは日本に少し似ている。つまり
「おもてなし」
をしてくれる人が多い。よその国からきた人には、優しく気配りのきいた対応をする。
ぼくはアルジェリア国内を何度も観光した。旅行先の現地人は、仕事上付き合うアルジェリア人と、まったく別の面を持っていた。とても親切だった。ただし向こうから親しげに話しかけてくる連中に、ろくなヤツはいない。
ヤイとふたりで、オランの町にいったときの話。街角で親切そうに声をかけてくる男がいた。年齢は50歳前後。身なりの立派な紳士だった。
「この付近で車が故障したんだ。大事な約束があり、急いでいる。タクシー代を少し都合してくれないか?」
ヤイと話すときは、あたかもぼくの知り合いのような調子でしゃべる。ぼくに話すときは、ヤイの知り合いのような口ぶりで会話をする。
「コイツ、怪しい……」
ぼくらふたりは、お互い顔を見合わせ目配せした。
「あそこにタクシーが走ってます。ぼくらが止めましょう」
「止めるのはワタシが自分でするから、早くタクシー代を……」
ぼくらは同時に走り出した。紳士がドンドン遠くなる。
「へい、タクシー」
「ヤイ、けっこう速く走るな」
「君のほうが速いよ」
振り向くと、ニセ紳士は別の旅行者と話していた。手には紙幣を握っている。
ぼくらは同時に叫んだ。
「あいつがいちばん早い!」




