「ん」で始まる名前の同僚は、いつも遅れてきた
『ん』で始まることばは、日本語にはほとんどない。
方言には、いくつかある。
「んだ」
といえば
「はい、そうです」
と東北でよく使われる。
マンガの中で、よく見かけることばもある。
「ん?」
なんてセリフは、疑問を感じる時によく放たれる。だが驚いたのは、アルジェリアの現地採用講師の名前だ。彼はコンゴ人かザイール人だが、なんと名前が、
「ンガンドウ」
という。ちょうどそのころ、数学の講師が不足していた。そこで、ヤイがどこかから見つけてきたんだ。ムッシュ・ガリッグに引き合わせて、採用が決まった。
ンガンドウと付き合ってみると、
「やはり典型的なアフリカの人間だな」
と思った。ここでいうアフリカ人は、普通ぼくらがイメージするアフリカ人のこと。西アフリカや中央アフリカの人々を指している。
黒光りする肌。体も顔もすべてそう。ぼくからすると、額もあごも眉も目玉もただただ黒く見える。白い歯だけが目立って、笑っているのか怒っているのか、初めはよくわからない。だんだん慣れてくると、日本人以上に表情豊かであることがわかる。明るくて物事にこだわらない、いい性格をしている。
しかし時間にはルーズだ。モーリス夫妻の家に昼食を食べにいっていたころの話だ。講師仲間四人、同じ車に乗り合わせて往復していた。だが、彼はいつも必ず遅れてくる。しかも毎日少しずつ長くなる。ついには、昼休み中に校舎に戻ることが不可能になってきた。たまりかねたぼくは、彼にこう頼んだ。
「もう少し早くきてくれないかな? 今のままじゃ、ぼくら午後の授業に遅れてしまう」
ンガンドウは強い口調で反論した。
「おれは何も待ってくれと頼んでないぞ」
一同、あ然。
「おれは誰にも待ってくれと頼んでない!」
ひとり興奮して、どなり散らしている。ぼくらは返すことばもなかった。その後ンガンドウはほとんど誰とも付き合わなかった。ぼくと会話を交わすこともなかった。見かけほど物事にこだわらない、根っからの能天気な性格でもないらしい。いや逆だ。こういう困難な事態の収拾は複雑だ。能天気だからこそ、苦手だったのだろう。
その点、ぼくは違う。子どものころ母に反抗したことがある。ンガンドウみたいに
「誰も産んでくれと頼んでないぞ」
ということばをつい口にしてしまった。あのあと、お互い気まずいまま1日が過ぎた。ふたりの間だけではない。家庭全体が暗くなった。そこでぼくは事態の収拾を図った。心の奥底では
「自分は悪くない」
と思いながらも、自ら進んで母に謝罪した……。
ん? 違う、違う。そうじゃない。ついつい、自分の都合のいいように記憶を改ざんしてしまった。
真実はこうだ。姉3人が、ぼくと母の間に立ってくれたんだ。
「リョウちゃん、ほんとはいい過ぎたと思っているんでしょ?」
「ほら、リョウイチも反省しているようだし」
「お母さん、許してあげて」
こうして何とか仲たがいは収まった。ぼくもンガンドウも同類の能天気。違ったのは、仲裁役がいたかどうかだけだった。
ちなみに『ん』で始まる名前は、彼の国では珍しくない。




