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スイスの会社に雇われて、アルジェリアで先生になった件について ~日本人はぼく一人。生徒は砂漠のプラント技術者たち~  作者: Ryoichi


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17/20

「ん」で始まる名前の同僚は、いつも遅れてきた

『ん』で始まることばは、日本語にはほとんどない。


 方言には、いくつかある。


「んだ」


 といえば


「はい、そうです」


 と東北でよく使われる。


 マンガの中で、よく見かけることばもある。


「ん?」


 なんてセリフは、疑問を感じる時によく放たれる。だが驚いたのは、アルジェリアの現地採用講師の名前だ。彼はコンゴ人かザイール人だが、なんと名前が、


「ンガンドウ」


 という。ちょうどそのころ、数学の講師が不足していた。そこで、ヤイがどこかから見つけてきたんだ。ムッシュ・ガリッグに引き合わせて、採用が決まった。


 ンガンドウと付き合ってみると、


「やはり典型的なアフリカの人間だな」


 と思った。ここでいうアフリカ人は、普通ぼくらがイメージするアフリカ人のこと。西アフリカや中央アフリカの人々を指している。


 黒光りする肌。体も顔もすべてそう。ぼくからすると、額もあごも眉も目玉もただただ黒く見える。白い歯だけが目立って、笑っているのか怒っているのか、初めはよくわからない。だんだん慣れてくると、日本人以上に表情豊かであることがわかる。明るくて物事にこだわらない、いい性格をしている。


 しかし時間にはルーズだ。モーリス夫妻の家に昼食を食べにいっていたころの話だ。講師仲間四人、同じ車に乗り合わせて往復していた。だが、彼はいつも必ず遅れてくる。しかも毎日少しずつ長くなる。ついには、昼休み中に校舎に戻ることが不可能になってきた。たまりかねたぼくは、彼にこう頼んだ。


「もう少し早くきてくれないかな? 今のままじゃ、ぼくら午後の授業に遅れてしまう」


 ンガンドウは強い口調で反論した。


「おれは何も待ってくれと頼んでないぞ」


 一同、あ然。


「おれは誰にも待ってくれと頼んでない!」


 ひとり興奮して、どなり散らしている。ぼくらは返すことばもなかった。その後ンガンドウはほとんど誰とも付き合わなかった。ぼくと会話を交わすこともなかった。見かけほど物事にこだわらない、根っからの能天気な性格でもないらしい。いや逆だ。こういう困難な事態の収拾は複雑だ。能天気だからこそ、苦手だったのだろう。


 その点、ぼくは違う。子どものころ母に反抗したことがある。ンガンドウみたいに


「誰も産んでくれと頼んでないぞ」


 ということばをつい口にしてしまった。あのあと、お互い気まずいまま1日が過ぎた。ふたりの間だけではない。家庭全体が暗くなった。そこでぼくは事態の収拾を図った。心の奥底では


「自分は悪くない」


 と思いながらも、自ら進んで母に謝罪した……。


 ん? 違う、違う。そうじゃない。ついつい、自分の都合のいいように記憶を改ざんしてしまった。


 真実はこうだ。姉3人が、ぼくと母の間に立ってくれたんだ。


「リョウちゃん、ほんとはいい過ぎたと思っているんでしょ?」

「ほら、リョウイチも反省しているようだし」

「お母さん、許してあげて」


 こうして何とか仲たがいは収まった。ぼくもンガンドウも同類の能天気。違ったのは、仲裁役がいたかどうかだけだった。


 ちなみに『ん』で始まる名前は、彼の国では珍しくない。


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