↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スイスの会社に雇われて、アルジェリアで先生になった件について ~日本人はぼく一人。生徒は砂漠のプラント技術者たち~  作者: Ryoichi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/15

カンニングを見つけるたび「セ・ビヤン!」と叫ぶ

その1「ポンプ」


 毎日6時間、授業の日々は続く。授業の後の自習時間は、魔の1時間。生徒が何かと仕掛けてくるのは、前の章で書いた通りだ。


 その後は職員室で1時間同僚と過ごす。おそらく日本の学校なら、職員室は気が休まる場所だろうと思う。しかしここでは、気を許すわけにはいかない。同僚は仲間ではなく、どちらかというとライバルや敵に近い。


 さらにここでは作業の山が待っている。試験問題と解答の作成、答案の採点……。週に2回から3回の試験があるから、仕事量もかなり多い。試験問題の作成は大変だが、まだ相手が紙なだけましだ。試験監督そして採点となると、相手が人間だけに頭が痛くなる。


 試験監督をしていると、こんなことが起こる。わかりやすい問題を出してやったのに、生徒は


「ムッシュ、質問の意味が不明確だ」

と決まって解説を求めてくる。ぼくはしかたなく応じるが、これが曲者くせものなんだ。たとえば問題が


『ポンプの役割を述べよ』

 だとする。生徒はこうたずねる。


「ムッシュ、これは何がいいたいのか?」

「何をいいたいかって? それがテストだ」

「いやもう少し説明してくれ」


 ぼくは、結局ヒントを出すはめになる。


「ポンプはどんな形をしていた?」


 目の前の生徒が黙っていると


「それは円盤が中にあって、ぐるぐる渦を巻いていた」

と誰かが答える。


「そうそう、それで何かの働きをしていたと思うが……」


 ここまでヒントを与えても、生徒は不可解な顔をする。


「えーと、そのー、あのー」

と、いい表現が浮かばない。ここでまた天の声、ならぬ生徒の声。


「だからそれで圧力を上げるんだよな」


 ここまでくると、もうほとんど答えが出たようなもんだ。



その2「天の声」


 天の声は、しばしば答えそのものを口にすることもある。その時だけは教室が静まり返る。みんなせっせと答えを書く。ペンの音だけが響く。そんな静寂は1分と続かない。またすぐに騒がしくなる。あっちでヒソヒソ、こっちでムニョムニョ。試験中、彼らは母国語で盛んに情報交換をしている。そんなときはフランス語が一切混じらない。


「おい、どうして試験中に話をするんだ?」

 と注意すると


「ムッシュ、消しゴムを借りようとしただけだ」

 と弁解する。



その3「カンニング」


 試験監督をすると、毎回のようにカンニングを見つける。


 前の生徒の答案をのぞき込む生徒。小さな紙で、カンニングペーパーを作る生徒。手のひらや腕に、直接答えを書き込む生徒もいる。そんな連中は、どこかそわそわしている。四字熟語なら“挙動不審”。カンニングするメンバーは常連だから、すぐにわかる。


 生徒のカンニングを見つけたときは、必ずひとこと叫ぶ。


「セ、ビヤン!」


 直訳だと


「それはよい!」


 だが、この場合は


「よっしゃ、(カンニングを)よくやったな」


 の意味だ。ぼくが発していた決まり文句。このことばとともに2点、減点をしたもんだ。そのとき、彼らは必ず気まずい顔をする。まるで、おしっこしているところを見られたネコのように。あるとき生徒を呼んで、問いつめた。


「お前、カンニングしただろ?」

「ムッシュ、そんなことは絶対やっていない」

「いいや、お前がやった。証拠もある。認めろ。認めたら今回だけは許してやる」

「証拠? あるなら見せてくれ」


 ぼくは、しかたなく彼の答案を取り出した。


「じゃあ、これを見ろ! お前はカンニングで答えを写しただけでなく、隣の名前までそこに書いたのだ。お前の名前が書かれた答案用紙がないんだよ」


 彼は真っ赤な顔をして、ようやく認めた。



その4「男の一言いちごん


 テストは書き終えた者から退室できる。1時間の予定なのに30分で済ませる生徒がいた。あまりに早い。ぼくが答案に目を通すと、いくつか間違いがあった。


「おいおい。早いのはいいが、もう少し落ち着いてみ直したらどうだ?」


 しかし彼はそんな助言に耳を貸さない。一刻も早く教室を出たいらしい。


「いいや、それでいい。男の一言いちごんだ。絶対良い。俺は出る!」


 彼は息巻く。ぼくはからかうしかない。


「男の一言とはよくいうよ」


 このやりとりの間も、生徒たちは母国語で盛んに情報交換をしている。それが彼の耳にも入る。その答えが自分の解答と違い、しかもそっちが正解のようだ。


 不安になったらしく、とたんに態度が急変した。


「ムッシュ、えーと、あのー、いやー、さっきはどうかしていた。どうも少し勘違いをしていた。やはり見直したほうがいいようだ。答案を返してくれ」


 あまりに空々しい。ぼくはこう返事した。


「おいおい、男の一言はどうした? さっきはあんなにいい張っていたのに。なぜそんなにコロコロ変わる? えーっ、男の一言だろ? 一言!」


 彼は、しどろもどろだ。まともな返答ができない。ぼくはさらにたたみかけた。


「だいじょうぶだよ。テストで1問や2問間違えても死にはしない。心配するな。お前の未来はバラ色だ。さあ、いった、いった!」


 さっきまでと立場が逆転。渋々あきらめて教室を出ていく。


「よくやった。勇気あるぞ、若大将!」


 最後の追い打ちをかけた。彼はもう引き上げるしかない。


 また読者の声が聞こえる。


「自称“品のいいお坊ちゃま”が聞いてあきれますわ。これじゃ完全にサディストですよ。今の日本の学校でここまでしつこくしたら、マスコミに叩かれますわ。あなた、コンプライアンスってご存知?」


 しかたないんだ。ぼくだって、最初からこんなキャラクターだったわけじゃない。とにかくここでは、カンニングが当たり前。


「努力して、いい点取って合格しよう」

「仕事を覚えて、早く自立しよう」


 なんて意欲は、みじんもない。ズルして楽することしか考えていない。そんな生徒たちと長く接していると、だんだんゆがんだ性格が身に付く。常に疑いの目で人を見る。何を頼むにも、くどくなる。誰に対しても、先生と出来の悪い生徒との関係になってしまう。自分が必ず上の立場にいて、相手を一人前の人間として扱えなくなる。



その5「PTSD」


 日本に戻ってからも後遺症が出た。イラクの戦場から戻った米兵のPTSD(心的外傷後ストレス障害)のようなものだ。


 たとえば取引先の社員から質問されると、


「非常にいい質問だ」

と前置きし、相手の失笑を買う。部下が気の利いた解答をすると、こう返す。


「わーお、それはすごい。とっても進歩したな」


 本来品のいいお坊ちゃんだから、気軽に他人に物を貸す。ところが、アルジェリアから帰ったあとは


「鉛筆を貸してくれ」

「消しゴムを貸してくれ」

と頼まれると、どうしてもこのひとことが出る。


「ああいいよ。でもちゃんと返してね」


 フランスでは、こんな恥をかいた。仕立て屋でズボンを買ったとき、すその丈を直してもらおうとした。片方をピンに留めて


「この長さに、すそを詰めてください」

と頼んだまではよかった。が、また余計なひとことが出た。


「もう片方も同じ長さに」


 仕立て屋のマダムは、こう切り返した。


「当たり前でしょ。それともあなたは左右の脚の長さが違うの?」


 違わないから念を押したのに。


 とにかくしつこく、何度もくり返す習慣がついてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。