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スイスの会社に雇われて、アルジェリアで先生になった件について ~日本人はぼく一人。生徒は砂漠のプラント技術者たち~  作者: Ryoichi


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「これは強制帰国ですよね」と告げ口された日

その1「教務課」


 いつだったか、生徒同士がつかみ合いのけんかになった。ぼくは関係ないが、これでは授業を続けられない。2人を職員室に連れていった。教務課のアルジェリア人担当者は、まず彼らにこういう。


「いいか、お前らよく聞け。これから話すことは男同士の話だ。女子どもの話じゃない。男として自分の言葉と行動に自覚と責任をもて。そして、ちゃんと行動しろ」


 その後、また別の生徒2人を連れていった。教務課のアルジェリア人は、やはり彼らにこういう。


「いいか、お前らよく聞け。これから話すことは男同士の話だ。女子どもの話じゃない。男として自分の言葉と行動に自覚と責任をもて。そして、ちゃんと行動しろ」


 何回連れていっても同じセリフだ。おかしくて、しかたなかった。一度彼に聞いてみた。


「毎回どうして同じことばかりいうんだい?」


 いつもそういうには、理由があった。


「生徒たちは、まだ子どもと変わらない」

「ぼくからは年齢的にも体格的にも十分大人に見える。少しは大人扱いしてもいいのでは?」

 と提案すると、


「かといって生徒たちを、一人前の大人扱いするのか? 無理だろう。彼らにその期待に応えるほどの自覚が、まだないからだ」

と、胸を張ってこう力説した。けれどその担当者自身、まだ若い。背が高いが細くて、風が吹けば飛んでいきそう。貫禄がまったくない。生徒のうちで年齢が上の、まあまあましな人間をそのポストに就かせたといった感じだ。幼稚園の年長組が、年少組に対して偉そうにしているに等しい。ぼくは心の中でつぶやいた。


「あんたも、まだ変わらんよ」



その2「憎まれ役登場」


 ドラマには、憎まれ役がよく登場する。学園物なら教頭先生、刑事物なら本庁公安課、時代劇なら悪代官……。


 この物語はセミドキュメントだが、ドラマに負けない憎まれ役が存在する。我々教師を常に監視し、最悪の場合帰国させるのが生きがいのような人間。それが、さっきの若い担当者だった。そして彼の上司は、初授業で現れたアルジェリア人の検査官だ。最初その若い担当者は、ぼくにかなり好意的だった。それには理由があった。唯一の日本人だからだ。あるとき、彼がこう話しかけてきた。


「ムッシュ、今度いつ日本に帰るんだ? 帰るときにはいってくれ。ちょっと買ってきてもらいたいものがあるんだ」

 といって、購入リストを渡された。A4用紙いっぱいに細かい文字が書かれている。


「どこがちょっとだ、こんなに買えというのか。まずスーツケースを5つは買う必要があるぞ」

 と内心腹が立った。しばらくは帰国する予定もなかったし、無視していた。


 またある時、こう頼んできた。


「ムッシュ、あんたのラジカセ売ってくれないか。まあ安くしてくれよ。ここの給料なんて雀の涙ほど少ないんだから」


 そのとき彼が発した言葉、


「セ・ラ・ミゼール(非常に少ない)」

が非常に印象的だった。彼の貧乏人根性が染み付いた、ぴったりの表現だ。ぼくはついマネして、からかってしまった。


「セ・ラ・ミゼール、セ・ラ・ミゼール、セ・ラ・ミゼール!」


 彼は、このことを相当根にもったらしい。



その3「突然の襲撃」


 ある日のこと。きょうの授業は、生徒も素直に聞いている。時限半ばで一段落ついたし、5分ほど休憩を取ることにした。ぼくは窓際でのんびり外の景色を眺めていた。


 校庭で誰かが急いで駆け出して、校舎の中に入ったのが見えた。いきなり戸口がガラッと開いた。例の担当者がその上司を連れてきた。


「そうか、さっき校舎に入っていったのは、担当者だ。窓際に立っていたのを見て、告げ口にいったんだ」

 とぼくが気づいたときは、もう遅かった。


「教師自ら授業をさぼっていると聞いたが……」

 という上司。いかつい顔つき。背が低く、がっしりした体つきの持ち主だ。


「これはもう強制帰国ですよね!」

と手もみしながら、上司にお伺いを立てる担当者。上司より背がだいぶ高いので、腰をかがめて頭の高さを合わせている。横から見ると、アルファベットのDみたい。まさに、ディーこぼこコンビだ。


 ぼくだけでなく、生徒たちも憤慨した。


「ムッシュは授業中に休憩時間を与えてくれる、いい先生だ、何ひとつ悪くないのに……」

 と同情してくれたらしい。彼らは、次々とフォローしてくれた。


「日本では適度に休憩を取ることが、学力アップにつながるそうなんです」

「禅の思想です。心を一度無にすることが、次の飛躍につながるんです」

「だからあの国は戦争に負けて一度無になって、そこからあんなに発展したんですよ」

「黒沢映画の侍たちが強盗集団に勝ったのも、禅の力です」


 口々に自分たちの知っている日本の知識を並べた。以前生徒と宗教論を戦わせたとき、少し禅のことを語った。あれが、こんなときに役立つとは。さすがのいかつい上司も二の句が継げず、すごすごと教室を後にした。担当者も舌打ちしながら、腰ぎんちゃくのようにくっついて出ていった。


 その日、職員室でムッシュ・ガリッグと顔を合わせた。ぼくはきょう会ったことを彼に話した。すると彼は


「ムッシュ・リョウイチ、他の教師たちも彼らには困っている。しかし私から、止めろとはいえない。そうだ、これから授業中は教室に鍵をかけるようにしたら?」

 とアドバイスをくれた。



その4「第2の襲撃」


 アメリカもソビエト(現在のロシア)も、ナチスドイツに対抗するため手を組んだ。仲の悪い嫁と姑も、酒癖のひどい暴力亭主には共同戦線を張る。あのころのぼくと生徒たちも、そうだった。次の日から、必ず授業中は鍵をかけるようになった。担当者たちがきてドアを叩く。


「ドンドン、ドンドン」


 ぼくは鍵を開ける前に、寝ている生徒を起こす。


「ムッシュ、おれは家事で疲れて……」

 と、普段なら言い訳して起きようとしない生徒も


「おい、あいつらがきた」

 と告げるやいなや


「ムッシュ、わかった!」

と背筋を伸ばし、しゃきっとした姿勢で机に向かう。いつもこうしてくれるといいんだが。あたかも授業の真っ最中といった状況になったら、緊張感をもって鍵を開ける。


「さあ、どうぞ」

 とぼくは笑顔で彼らを迎え入れる。外では待たされ、ふてくされた顔をしたふたりが立っていた。教室を見渡して何1つ指摘する所がないことがわかると、上司は苦々しい顔つきで教室を立ち去ろうとする。帰り際、若い担当者は黒板のほうを振り向いた。その日は、2行ほど数式を書いただけだった。彼はすかさず上司を呼び止め、告げ口する。


「黒板の文字がこんなに少ないですよ。本当に授業をしていたんでしょうかねえ?」


 上司は黒板をちらりと見た。


「きょうはもういい。帰るぞ」


 どうやら化学の知識が乏しいらしい。指摘しづらかったようだ。



その5「第3の襲撃」


 別の日、こんなこともあった。また担当者たちがきてドアを叩く。


「ドンドン、ドンドン」


 ぼくは鍵を開ける前に寝ている生徒を起こす。これで準備完了、鍵を開けようとした瞬間、生徒の一人がぼくを呼び止めた。


「ムッシュ、黒板に一文字も書かれていない!」


 ぼくはあわてて黒板に数式や化学記号を書き始めた。


「ドンドン、ドンドン」


 担当者が急がせる。


「まだか、早く開けないと強制帰国だぞ!」


 何人かの生徒たちが教壇に駆け上がった。


「ムッシュ、おれにも書かせてくれ」

「おれのほうがきれいな字を書く。おれにも書かせろ」

「おれのほうが書くのが早い。おれも書く」


 たちまち黒板は文字で埋まった。


「さあ、どうぞ」

 ようやくぼくは笑顔で彼らを迎え入れた。相当待たされたふたりは、すでに怒りが表情に現れている。彼らは黒板を見渡した。よく見ると、それぞれの数式や記号につながりがない。しかし上司にはそれがわからない。若い担当者は理解しているので、


「ここは蒸留についての公式、この化学記号はメタン、エタン、プロパン……。おかしいですね、関連性がありません」

 と痛い所を突いてくる。上司は黙ったままだ。担当者が急かせた。


「どう思われます? さあ早く何かご意見を」


 上司の顔が真っ赤になった。しかし、これはぼくへの怒りでなかった。


「もういい! 今まで何度この教室にきた? そのたびにムダ足になった。まずお前を強制帰国させたい!」

といって教室を飛び出していった。後から担当者が追いかける。


「強制帰国ですって? ワタシはアルジェリア人ですよ〜っ」



その6「ポケットの中のGPL」


 最初のころは受難続きでも、数ヶ月たつとだんだん生徒の興味をひく方法がつかめてくる。ぼくにも教師の面白さが少し分かってきた。


 ある授業で、ぼくが生徒たちにこんな質問をした。


「さてここではジャンボGPLといっているが、GPLとは知っているか?」


 一同黙ったままだ。


「じゃあそれを見た者もいないな?」

「……」

「おいおい嘘をついちゃいかんぞ」

「ムッシュ、おれたちは確かに無知かもしらんが、嘘つきではないぞ」


 他の生徒も怒りだす。


「そうだそうだ、いい過ぎだ。いっていいことと悪いことがあるぞ!」


 ぼくの九州男児度が急上昇する。


「うるさ〜い、黙っとれ! 誰も見たことないとかいっているが、家の台所にプロパンガスのボンベがあるだろ。ないヤツは手を挙げろ」


 誰も手を挙げない。当時彼らの家庭燃料の大半はLPガス。LPGのことをフランス語ではGPLという。


「ところで、そのGPLの中身は分かるか?」

「……」

「見たことのある人は?」

「……」

「ほらほら、また嘘をつく」


 みんな、きょとんとしている。


「今ここで見せてやる。しかもそれは今お前さんがたがもっているんだぞ」


 一同、一斉に驚く。


「タバコを吸うヤツいるか?」


 ほとんどが手を挙げる。


「プラスチック容器入りの安いライターをもってるだろ。それがGPLだ」


 この辺りから、生徒たちが少しずつ興味をもち始める。


「天然ガスや石油ガスが採れるが、これを蒸留するといろんな成分に分かれる。最も軽い物から水素・メタン・エタン・プロパン……」


 ちょっと難しいワードが並ぶと、すぐに生徒は興味を失っていく。そこでまた質問して、緊張感を与える。


「さてこの中で、これは炭素がいくつあるかな? よし、誰かに聞いてみよう。じゃあ、そこのヒゲを生やしたかっこいい君、知っているかい?」


 急に当てられ、とまどっている。結局答えられない。これは昨日の授業で教えたばかりだ。「ハムサ、ハムサ……」 後ろから小声が聞こえる。クラスメートが、アラビア語で正解の数字を伝えている。彼は半信半疑それをフランス語に直して答える。当然正解で、彼もほっと一息つく。そこでぼくがこう続ける。


「よくできた。すごいな! ところでぼくも少し習ったんだ、アラビア語の数字。ウワハッド(1つ)、ズーズ(2つ)……」


 ヒゲの生徒の顔が、みるみる青ざめる。


「フランス語しかできない東洋人だとなめていたら、完全にばれていた……」


 んん? 読者のほうから、こんな声が聞こえる。


「意地悪な質問を連発しては、他人の心を逆なでする。あげく全員の前で恥をかかせる。品のいいお坊ちゃま育ちとは、とても思えませんですわ」


 うるさ〜い、黙っとれ!


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