罪と重すぎる罰
『……続いてのニュースです。最新の国勢調査によりますと、全人口に対する男性の比率がさらに3ポイント低下し、ついに2.2パーセントとなりました。これは深刻な人口減少とも連動しており、政府としての抜本的な対策が急務と……』
朝。ネクタイを締めながら何気なくつけていたテレビから、アナウンサーの無機質な声が流れてきた。
「2.2パーセント、か……」
ハルは小さく呟き、テレビの電源を切った。
いつかはこの国から男が完全に消滅するのではないか。そんな漠然とした終末論は、ハルが子どもの頃からずっと囁かれている。アパートを出て通勤電車に揺られていても、視界に入るのは女性ばかりで、同性の姿を見ることはまずない。自分が「希少種」であることを、日常の風景が嫌でも突きつけてくる。
新しい赴任先であるオフィスビルに到着すると、そこは異様な空気に包まれていた。
エントランスには警察車両が停まり、フロアの入り口には黄色い規制線が張り巡らされている。スーツ姿の捜査員たちが段ボール箱を抱えて慌ただしく行き交い、出社してきた社員たちは遠巻きにその様子を眺めてざわめいていた。
「どうしたんですか、これ」
ハルが近くにいた同僚に尋ねると、彼女は声を潜めて答えた。
「上のフロアの女性社員が、昨日の夜、逮捕されたのよ。『性交詐欺』に引っかかってね。今は会社ごと家宅捜索を受けているみたい」
性交詐欺――すなわち、買春行為だ。
この世界において、金銭の授受を伴う性行為は重大な犯罪として厳しく取り締まられている。女性に絶大な恩恵をもたらす「男」を、金や、他の物理的な物や力で得ようとする行為は、かつて男性を過度に重要視し、過保護にし、男性がやりたい放題だった暗黒時代を再びもたらすため、国家に対する重大な犯罪とされていた。
捕まれば、金を払った方(女性)も、受け取った方(男性)も逮捕される。
しかし、その「罪の重さ」には決定的な違いがあった。
買春した女性に下されるのは『終身刑』。魔力を遮断し、使えなくなる施設の中、死ぬまで懲役を受ける。
対して、売春した男性に待っているのは、死よりも残酷な地獄である。
逮捕された男は、国家のそれ専用施設へと収容される。そして、ランダムに選ばれた女性たちに対し、食事と睡眠を除く「すべての時間」を性行為と受精のためだけに費やすことを義務付けられるのだ。
当然、生身の人間がそんな激務に耐えられるはずがない。そのため、男たちは国から特殊な薬を投与される。ごくわずかな刺激で強制的に射精できるようになる肉体改造薬だ。
しかし、その薬には取り返しのつかない副作用があった。薬に脳を焼かれた男は、一切の理性や喜怒哀楽、そして「自分」という自我を完全に喪失してしまうのだ。
――ただひたすらに、女に命を注ぎ込むためだけの『生きた機械』となる。
ハルは、規制線の奥で立ち働く捜査員たちを見つめながら、背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。
脳裏に蘇るのは、中学生の時の記憶だ。
この国では、第二次性徴期を迎えたすべての男子生徒に、社会科見学として「その現場」を見せつけることが義務付けられていた。
分厚いマジックミラー越しに見下ろした、無機質な白い部屋。
そこにいたのは、虚ろな目をしてヨダレを垂らしながら、無表情で機械のように腰を振り続ける「かつて人間だったモノ」たちの姿だった。恐怖も、悲しみも、惨めさすらも通り越した、人間の尊厳の完全な死。
『自身の価値を勘違いし、安易に身体を売れば、お前たちもああなるのだ』
引率の教師の冷たい声が、今でも耳の奥にこびりついている。
「ハル君。今日はフロアに入れないわ。室長から、本日は全員自宅待機とするようにと指示が出たから、帰りなさい」
不意に後ろから声をかけられ、ハルはハッと我に返った。
振り返ると、上司の静流が、かつての記憶の悪寒を引きずっているハルの顔色を気遣うように見つめていた。
「……はい。わかりました」
踵を返し、ハルは来た道を戻り始めた。
逮捕された見知らぬ女性は、どんな思いで金を払ったのだろうか。魔力が枯渇する死の恐怖に耐えきれなくなったのか。それとも、純粋に愛を求めてしまったのか。
そして、今頃自我を失う薬を打たれているであろう男は、今何を思っているのだろうか。
「……こんな世界、やっぱり狂ってる」
平日朝の人が行き交う街を一人歩きながら、ハルの胸には、やり場のない鉛のような重さが居座っていた。自分の足元にある日常が、いかに薄氷の上に成り立っているかを突きつけられた、なんとも言えない吐き気を伴う帰り道だった。
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