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男女比20対1の残酷な世界:魔力ゼロの僕が、女性たちから命がけで求愛されている件  作者: 虹の箸


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失落した聖母

そもそも、この世界における「魔力」とは何なのか。

それは単なる炎や氷を出す超能力ではない。思考を現実に直結させる、神の如き「万能の力」である。

もし一個人が桁外れの魔力を保有し「地球を消し去りたい」と願えば、地球は消滅する。「世界の富を我が手に」と願えば、黄金が雨のように降り注ぐ。魔力とは、世界のことわりを書き換える暴力そのものだった。

ハルの実の母は、その魔力の代償と真の恐ろしさを理解できるほど賢い女性ではなかった。

奇跡的な確率で「魔力を持たない男」であるハルを具現化した彼女は、莫大な魔力のボーナス(増幅)を受け取った。一気に世界トップクラスの魔力保有者となった彼女は、狂ったように魔力の無駄遣いを始めた。

豪邸を具現化し、欲しいものをすべて魔法で手に入れ、尽きることのない享楽に酔いしれた。しかし、どれほど増幅された魔力であろうと、使えば必ず減る。

愚かな母は、底なしの欲望の果てに魔力を枯渇させ、あっけなく死んだ。

残された幼いハルは、世界共通の共済システムである【揺籠ゆりかご】に引き取られた。

揺籠は、決して権力者のための腐敗した組織などではない。親を失った子どもたちを無償で愛し、魔力に苦しむ女性たちを支援する、人類が作り上げた最も美しく、気高い相互扶助のセーフティネットだ。ハル自身も、揺籠の温かい庇護と教育があったからこそ、真っ直ぐな青年に育つことができた。揺籠というシステムそのものは、間違いなくこの世界の光だった。

ただ一つ、彼を保護する担当者となった最高幹部の一人、麗華れいかという個人の内側に、底なしの「病み」が潜んでいたという事実を除いては。

「……今年も、よく来てくれましたね。私の可愛いハル」

揺籠の本部、外界から完全に隔絶された麗華の私室。

白亜のベッドに腰掛け、艶やかな微笑みを浮かべる彼女は、揺籠の理念を体現するような慈愛に満ちた聖母として世界中から尊敬を集めている。

しかし、彼女は自らの絶大な権力と立場を密かに悪用し、ハルを独占し続けてきた。

ハルが第二次性徴を迎え、子どもを成せる身体になって以来、彼女は「彼の健康管理と特別保護」という名目で、年に一度、極秘裏にハルをこの部屋に呼び出していた。

麗華は一年に一度ハルを抱き、彼の子を身籠り、産み落とす。揺籠の維持には莫大な魔力が必要だという大義名分を盾に、常に自身の魔力を最大値(ボーナス状態)に固定し続けていた。しかしその本音は、世界を救うためなどではない。生きた奇跡であるハルを、永遠に自分だけの「所有物」として繋ぎ止めるための、狂気的な執着だった。

しかし今年、ハルの目はかつてのように諦めで濁ってはいなかった。

彼の脳裏には、明日を生きるための魔力すらなく、それでも必死に尊厳を守って死のうとしていた美月の姿が焼き付いていた。

「……もう、ここへは来ません」

ハルは、ベッドへ誘う麗華の白い手を拒絶し、静かに、しかし冷たい声で告げた。

「なんですって?」

「揺籠は素晴らしいシステムです。俺も心から感謝している。でも、あなた個人のやり方は間違っている。外の世界には、尊厳を守るためにギリギリで戦っている女性たちがいるのに、あなたは自分の果てない魔力と執着を満たすためだけに俺を使っている。……こんなの、フェアじゃない」

ハルのその言葉に、密室の空気がピキリと凍りついた。

麗華の顔から、慈愛に満ちた「聖母」の仮面が剥がれ落ちる。

「フェア……? フェアですって?」

麗華の声が、低く、湿を帯びたものに変わっていく。

自分が手塩にかけて育て上げた、自分だけの可愛い小鳥。それが、下界の泥水をすするような惨めな女たちに目を向け、心を痛め、あろうことか自分を拒絶している。

その事実が、完璧な聖母であったはずの麗華の心を、どす黒い嫉妬のバケモノへと変異させた。

「あんな薄汚い羽虫たちと一緒にしないで! あなたは私のものよ! 私が育て、私が愛し、私だけがその命を繋ぐ権利を持っているの!」

ドロリと、部屋の空間が歪む。

「あなたのその生意気な意志も、下界に向く視線も、すべて私が魔法で塗り潰してあげる。一生、このベッドから動けないようにしてあげるわ……っ!」

麗華の放つ規格外の魔力が、目に見えるほどの黒い茨となってハルに襲いかかった。

空間を封鎖し、精神を書き換え、肉体を縛り付ける絶対の魔法。

それがハルの身体に突き刺さろうとした、その瞬間――。

パァンッ!!!

甲高い破裂音と共に、ハルに触れた黒い茨が、まるでガラスのように粉々に砕け散った。

「……え?」

麗華は目を丸くし、己の手のひらを見つめた。

万能であるはずの彼女の魔法が、ハルには一切通じていなかった。精神支配も、物理的な拘束も、彼の皮膚一枚すら貫くことができない。

それが、この世界におけるもう一つの絶対法則だった。

『男は魔力を一切持たない。それゆえに、魔力による一切の干渉を受けない』

「……気づいていないとでも思ってましたか」

砕け散った魔法の光の粉を払うこともなく、ハルは静かに麗華を見下ろした。

「俺には、あなたの魔法は効かない。そしてもう一つ――俺が今日、何の準備もなしにここへ来たとでも?」

ハルは上着のポケットから、一つの小さな通信端末を取り出した。

それは、揺籠の『監査委員会』に直結している回線だった。

「揺籠は、本来美しく気高い組織です。だからこそ、俺はあなた以外の幹部たちに、あなたのこれまでの独占と職権乱用、そして今日、俺を無理やり引き留めようとする可能性をすべて報告していました。今のあなたの発言も、魔法による攻撃も、すべて記録され、他の幹部会に共有されています」

「な……っ!」

麗華の顔が、怒りから一転して蒼白になる。

端末から、別の幹部の静かで、しかし氷のように冷酷な声が響いた。

『――麗華。揺籠の理念を穢すあなたの専横、これ以上は見過ごせません。直ちにあなたの最高幹部としての権限を凍結し、ハル君への一切の接触、ならびに揺籠のシステムを用いた私的干渉を固く禁じます』

それは、絶対的な権力者であった麗華の、完全な失墜を意味していた。

揺籠の強固なシステムは、正しく機能したのだ。個人の狂気から、一人の青年の自由を守るために。

「そんな……嘘よ、私が……私が揺籠を支えてきたのに! ハル、ハル……っ!」

権限を剥奪され、膝から崩れ落ちる麗華を背に、ハルは隔絶された密室の扉を自らの手でこじ開けた。

背後から、麗華の絶叫に近い声が響く。

「逃がさない……逃がさないわよハル! 幹部の座なんてどうでもいい! 権力なんてなくても、私の魔力は私だけのものよ! あなたが愛する下界の女たちを、あなたのささやかな日常を、這いつくばってでも私が……っ!」

正気を失った元・絶対者の愛と狂気が、ハルの背中に重くのしかかる。

しかし、彼はもう立ち止まらなかった。

揺籠のシステムによって麗華の権力は削がれ、彼女が今までのように好き勝手に世界を操ることは不可能になった。しかし、絶対的な権力を失ったことで、彼女のハルに対する「病的な執着」は、より陰湿で、予測不可能な個人的な怨念へと姿を変えたのだ。

ハルの「魔力干渉を一切受けない肉体」は、彼女の魔法から身を守る最大の盾となる。

だが、権力を失い、暴走した彼女の魔法の矛先が、「ハルの周囲の大切な人間」や「ささやかな日常」へと向けられた時、彼はそれをどうやって守るのか。

しかし、ハルの目に迷いはなかった


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