システムハック
二回目の「義務」の日。
指定されたホテルのドアの前に立ち、ハルは深く深呼吸をした。
(先週のような悲しい思いをしている女性なら、全力で心に寄り添おう。俺が、彼女たちの尊厳を守るんだ)
静流との誓いを胸に、悲壮な覚悟で扉を開ける。
そこにいたのは、地味なスーツを着た、図書委員のように真面目そうな女性だった。
ハルはホッと胸を撫で下ろし、いつものように温厚な笑みを浮かべてお茶を淹れようとした。
「あの、まずは少し、お話を――」
カチャリ。
背後で、重厚なドアの鍵が二重に閉められる音がした。
振り返ると、先ほどまで大人しそうだった女性が、スーツのジャケットを脱ぎ捨てながら、ギラギラとした肉食獣のような目でハルを見つめていた。その手には、どこから取り出したのか、革製の鞭のようなものと、怪しげな魔力具が握られている。
「お話? いいえ、すぐに始めましょう。私、この日をずっとずっと楽しみにしてたの!」
「えっ?」
女性は舌なめずりをしながら、ハルにじりじりと歩み寄る。
「私ね、普段は同性のパートナーたちと複数人で、魔力を使ってハードなSMプレイを嗜んでるの。でもねぇ、やっぱり『本物の希少な男』を嬲れる機会なんて、一生に一度あるかないかじゃない? ああ、もう我慢できないわ!」
「ちょ、待っ、これは国家の神聖な義務で……!」
「義務よ!? 私が気持ちよく魔力を補給するためのね!」
ドサッ!
ハルはあっという間にベッドに押し倒された。温厚で天然なハルの性格などお構いなしに、彼女はハルの服を強引に剥ぎ取っていく。
「ああっ、ダメ、そこは……!」
「ふふふ! いい声鳴らすじゃない! もっと私の魔力で、深くまでいじめてあげる!」
悲壮な覚悟も尊厳の守護も、変態的な性欲の暴走の前には無力だった。ハルは完全にタジタジとなり、彼女の圧倒的なリードに翻弄されるしかなかった。
しかし、彼女がハルの上に跨りながら、ふとこぼした不満げな言葉が、ハルの運命を大きく変えることになる。
「もうっ、国もバカよねぇ。こんな一回こっきりの相手じゃ、表面的な魔力しか回復しないのに。本当に深い魔力の底上げをするには、『特定の相手と継続的に波長を合わせる』のが一番効率がいいに決まってるじゃない! 私のいつものパートナーたちみたいにね!」
(……特定の相手と、継続的に?)
ハルの脳内に、雷のような閃きが走った。
そうだ。国家の目的は「男の共有」ではない。最終的な目的は、あくまで女性の魔力回復効率の最大化と、人口増だ。
もしハルが、毎回の義務の後に提出する『業務報告書』の数値を意図的に操作し、『魔力同調不全。最大効率を引き出すためには、継続的な心理的ペアリング(複数回の接触)が必須』という所見をつけたらどうなる?
ハルは特務機関のデータ処理の裏側を知っている。官僚主義のこの国では、システムは「最も効率的な回復プラン」を自動で選択する。ハルが「この女性は一回で終わらせると魔力がロスする。あと3回は継続して会う必要がある」と論理的かつ専門的にレポートを書けば、システムは「独占」ではなく「魔力回復の最大化」として、合法的に同じ女性との再会をセッティングせざるを得ないのだ!
(これだ……! この『法の穴』を突けば、俺はただの使い捨ての種馬にならずに済む。心を通わせたあの人にも、もう一度会えるかもしれない!)
「ちょっと! なにぼんやりしてるのよ! 次はこっちの道具を使うわよ!」
「ひぃっ! お手柔らかにお願いします!」
数時間後。
「いろいろ」なことをやり尽くされ、魂が抜けかけたようなフラフラの足取りで、ハルはホテルを後にした。身体中のあちこちが痛いし、男としてのプライドはずたぼろだった。
しかし、夜風に吹かれながら歩くハルの表情は、絶望どころか、かつてないほど晴れやかだった。
「……やれる。これなら、やれるぞ」
ハルは、自分がただの無力な存在ではないことを悟っていた。
自分には、誰にでも警戒されずに心を開かせる「人の良さ」がある。そして何より、巨大な組織の隙間を縫う「事務処理能力(報告書の捏造と誘導)」がある。
(俺が、このふざけた官製恋愛のシステムをハックしてやる。本当に心を救うべき女性を見つけ出して、俺の権限で何度でも会いに行ってやるんだ)
淫乱な女性の予想外の猛攻は、結果的にハルに最強の「武器」を与えてくれた。
帰り道の足取りは軽い。ハルは、先週別れてしまったあの不器用な女性にもう一度会うための「魔力回復・継続フォローアップ申請書」の文面を頭の中で組み立てながら、夜の街をウキウキと歩いていくのだった。




