希少種保護及び国家魔力循環法案
その日、街角の大型ビジョンは一斉に同じ臨時ニュースを映し出していた。
『――続いてのニュースです。かねてより国会で審議されていた【希少種保護及び国家魔力循環法案】が、本日未明、正式に可決・施行されました。これにより、対象となる男性には、国家が選定した女性との定期的な性交が義務付けられることになります』
アナウンサーの無機質な声が、冬の乾いた空気に吸い込まれていく。
滅びの足音がいよいよ耳元まで迫ってきた国家が、ついに本格的な「種の存続」のための強権を発動した瞬間だった。
他国では、とっくの昔に同様の法が施行され、男は管理されていた。それに比べれば、この国での法制化は遅すぎるくらいだった。それは、この国の女性たちが持つ「他者の尊厳を奪ってまで生きながらえることへの恥じらい」と「高い誇り」が、システムによる家畜化をギリギリまで拒み続けていたからだ。
しかし、魔力枯渇による死亡率が臨界点を突破した今、国家はその気高い倫理観を「緩やかな自殺」と見なし、ついに最後のカードを切ったのだ。
数日後。ハルの手元に、特務機関から分厚い封筒が届いた。
中に入っていたのは、今後の「業務命令書」だった。
そこには、ハルが週に一度、指定されたホテルへ赴き、国家が選定した見知らぬ女性たちと性交しなければならない旨が、事務的な箇条書きで記されていた。
そして、その「業務」に対する対価として、莫大な額の税金がハルの口座に振り込まれることも。
「……ついに、来てしまったか」
ハルは、手元の命令書を見つめたまま、深い絶望に沈んでいた。
大前のおばちゃんたちが狂奔した地方の町での「共有」と、本質的には何も変わらない。国家という巨大なシステムが、ハルから「個人の意思」を完全に剥奪し、彼を正式に『公共のインフラ』へと作り変えたのだ。
金銭を対価に、愛も感情もない相手へ義務として種を注ぐ。
それは、ハルがこれまで美月や八重、そして静流たちとの間に築いてきた「尊厳のある繋がり」を根底から否定するものだった。白い部屋で薬漬けにされているあの男たちと、自分は何が違うというのか。
ハルは自室のソファに崩れ落ち、頭を抱えた。
このまま心が死んでいけば、自分は本当にただの「機械」になってしまう。
だが、暗い絶望の底で、ハルの脳裏に紫苑の遺した手紙の言葉が蘇った。
『ハル、あなたが誰かの命を救うとき、それはただの延命じゃない。あなたが繋いだ命が、いつかまた、誰かの心を動かす光になる。だから、あなたのその優しさを、どうか捨てないで』
そして、麗華が語った世界の真理。
『感情のやり取りが伴わない命の授受は、いつか必ず人類を絶滅に導く』
ハルは、ゆっくりと顔を上げた。
国家は、滅びを先延ばしにするために男をインフラ化した。しかし、感情のない交わりを強制するこの法案は、皮肉にも人類の滅びを「確定」させる悪手だ。ならば、自分にできる最後の抵抗は何か。
「俺は……機械にはならない」
ハルは、命令書を強く握りしめた。
相手が国家に選定された見知らぬ女性であろうと、これが法に縛られた「官製恋愛」であろうと、関係ない。自分は絶対に、彼女たちを「魔力の器」として扱わない。
週に一度、わずか数時間しか与えられない関係。
それでも、せめてその時間だけは、本物の恋人のように振る舞い、彼女たちの心に寄り添おう。不安に怯える声を聞き、震える手を握り、彼女たちが「ただの資源」として扱われるこの世界で、少しでも人間らしい温もりを感じられるように。
それは、金で買われた義務の性交を、ハル自身の意志で「尊厳ある救済」へと塗り替えるための、悲壮で静かな覚悟だった。
(たとえ世界が俺を道具として扱っても、俺は、彼女たちの心を愛する)
週末に指定されたホテルの一室。
ハルは、深呼吸をしてドアを開ける。そこに待っているのがどんな女性であろうとも、ただ誠実に、一人の人間として向き合うために。
滅びの法案が施行された狂気の世界で、一人の無力な青年による「心を通わせる」という名の、誰にも気づかれない孤独な戦いが幕を開けた。
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