第5話 婚約者の愚かな行動 2
「え? おまえと親しくしているところを彼女に見せつけるだって?」
「そう、私がテレンスに意識してもらうためにやった事を、今度はあなたがするのよ」
僕とアドリナの婚約は、政略結婚ありきだ。
だからこそ、僕は彼女に好意をもって欲しかった。
一人の男として意識して欲しかった。
そんな事を相談しにライラの屋敷に来たが、彼女からの思い付きに僕は戸惑った。
それは…ライラとテレンスがつきあう前の話。
親戚であるライラは時々、叔母上と一緒に我が屋敷へ遊びに来る事があった。
その日は僕の友人のテレンスが来ていた日だった。
『彼女は僕の従妹のライラ・コルト。ライラ、彼は僕の友人のテレンス・ミラーだ』
『テレンス・ミラーです。よろしく』
ライラの手を軽く取り、洗練された所作でお辞儀をするテレンス。
そんなテレンスに見惚れているライラを見て、思わず噴き出しそうになったっけ。
それからよく三人で会う事が増えた。
というか…ライラが“今度はいつテレンス様はいらっしゃるの?”と、そんな連絡がしつこくくるようになったからだ。
ライラは『テレンス様に私の事、意識してもらいたいの』
そう言い出して、持ち掛けてきたのが【やきもち作戦】
なんというベッタベタな作戦。
もちろん相手役にさせられたのは、この僕。
しかしこの作戦は、多少なりとも相手も好意を持っている事が前提だと思う…と突っ込みたくなった。
けど、もともとテレンスもライラに好意を寄せていたようだった。
だからライラの作戦勝ちなのかはよく分からないけれど…まぁ…結果オーライだろう。
だが、今回もライラの作戦が功を奏するかは…一抹の不安を覚えた。
“大丈夫! 私がうまく行ったからクレマンドもうまく行く!”
そんなライラの勢いに押されて、僕は下手な芝居を演じる事に決めた。
アドリナの授業が終わる頃、迎えに行った馬車でライラを連れて行った時、彼女はとても驚いていた。
当然だ。
そしてそのままアドリナを残すなんて…
「本当に…こんな事して彼女が僕を意識してくれるだろうか…」
馬車に乗り込んだ後、思わず呟く。
「彼女、戸惑っていたじゃない。効果が出ている証拠よっ これからこれからっ」
「……っ」
ライラがやる気になればなるほど、僕の不安は膨らんだ。
その後、アドリナからの誘いを断ったり、約束を反故にしたり。
そんな事を繰り返す度に彼女の表情が薄くなっていくのを感じていた。
本当にこれでいいのか?
この時、素直に彼女に謝っておけば良かったんだ…
そして僕は決定的な大失敗を犯してしまう。
彼女の誕生日会に出席しなかったのだ。
行きたくても行けなかった。
犬に噛まれてしまったから。
『将来、犬が飼いたいんです』
『素敵だね、犬王国でも作ろうか』
動物が苦手なのに、また格好つけてそんな事を言ってしまった。
犬王国は難しいけれど…とりあえず触れるようにならなければ。
そう思いながら、犬を飼っているライラの屋敷へ通っていた。
犬はポメラニアン。
ふわふわな毛並みに黒飴のようにつややかな目。
見るだけなら可愛いのだが……
最初は全く近づく事も出来なかったが、最近は撫でられるようになってきた。
犬の方も僕に懐き始めた。
事件はそんな時に起こった。
「わぁ!!」
「だ、大丈夫?! クレマンド!」
僕の手から滴り落ちる血を、慌てて布で押さえるライラ。
犬が突然歯を剥き出し、僕の手を噛もうとした。
僕は慌てて手を引くと、犬歯に手の甲が引っかかり傷を負ってしまったのだ。
後でライラに聞いたところ、それはじゃれて甘噛みをしようとしていただけだったそうだ。本噛みとか甘噛みとか分からないよ…
傷は大した事はなかったが、その夜、僕は熱を出した。
感染症を発症してしまったからだ。
処置が早かったので1〜2日で熱は下がると言われたが、翌日はアドリナの誕生日だった。
婚約して初めての彼女の誕生日。
何としてでも行こうとする僕を両親と使用人たちは必死に止めた。
彼女へ用意していたプレゼントはアドリナが好きな画家の画集。
限定発売だったから手に入らなかったと残念がっていた。
それがようやく手に入った。
この画集を見たら、きっと彼女は喜んでくれるだろう
絵に興味はなかったけれど、彼女が好きだから勉強した。
画集を一緒に見ながら、いろいろ話がしたかったな…
『18歳のお誕生日おめでとう。出席できず、申し訳ありません』
メッセージカードを添え、プレゼントともに執事に託した。
僕の体調の事は固く口止めして。
この事が彼女にとって、僕を見限る決定打になるとは思ってもみなかった。
2日後熱が下がり、お詫びをしたくて彼女の屋敷を訪ねた。
そこで僕は彼女から思いもしない事を言われる。
『どうぞ、婚約者である私以外のご令嬢をエスコートするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい』
『将来ライラ様を愛妾として迎え入れられたらよろしいと思います』
『私たちは“白い結婚”とするのです。その間にあなたはライラ嬢とお子を儲けて下さい』
『私、クレマンド様とライラ様の事は一切気にしておりませんから』
アドリナの言葉が頭の中でぐるぐると回っている。
ドアに向かう彼女を止めようと手を掴むが言葉が出てこない。
何を言っても嘘臭い言い訳になりそうだったから…
アドリナは僕を残し、部屋を出て行った。
それからどうやって屋敷に戻って来たのか記憶にない。
気づけば自室のソファに座り込み、動かざること3時間。
「……どうして…なぜこんなことに……っ」
終始微笑みを称えていたアドリナ。
まるで人形のように貼り付けられた笑顔。
あんな表情を見るのは初めてだ。
彼女の陽だまりのようなあたたかな微笑みに、いつも僕の心は満たされていたのに。
けれど…さっきの彼女の笑顔に、僕は冷水を浴びせられた気持ちになった…
そしてアドリナの言葉を聞いて、僕の行動がとんでもない間違いだったと気づいた時にはもう遅すぎたのだと思い知らされた。
「僕はただ…ただ君に僕の事を好きになって欲しかっただけなんだ……」
僕は後悔ともに、自分の愚かさに絶望した。




