第4話 婚約者の愚かな行動 1
僕は15歳まで家庭教師のもとで勉学に勤しみ、16歳からは高等寄宿学院に入学。
そこから3年間は男子しかいない寮生活だった。
つまり女性に免疫がない。
そりゃあ…時々、ダンスホールに行ったり夜会に参加したりしたけれど、特別親しい女性などできなかった。
逆にけばけばしく香水臭い令嬢たちに辟易し、避けるようになっていた。
唯一、親しい女性と言えるのが従妹のライラ。
女性というか…身内であり、妹のような存在。
異性として見た事はただの一度もない。それはライラにしてもしかり。
そもそも、将来父が選んだ令嬢と婚約を経て結婚するだろう事は理解していた。
それは当たり前の事であり、貴族の務めだ。
僕はずっとそう思っていた。
アドリナに会うまでは…
あれはライラに誘われた絵画展。
一緒に行く予定だった友人にキャンセルされた…と、ライラに無理矢理付き合わされた。
正直、絵なんて全く興味がない。
どれだけ歴史的価値のある画家の作品だとしても、僕からみたら上手いか下手かそれだけで判断できる世界。
そもそも人の絵を見て何が面白いのか全く分からない。
そんな事に時間を潰すより、乗馬に行きたかった。
今日は特に天気もいいから、絶好の遠出日和だったのに。
そんな事を思いながら展示場を見るともなくふらふらしていたら、一緒に歩いていたはずのライラと逸れた。
「あ――…ま、いっか。最悪出口で待っていればいい事だ」
正直もう出たかったが、一応一通り回ってからにしようと思い直し歩を進める。
人は得てして、元を取りたがるものなのだ。
決して、セコイわけではない。
「……!」
そんな僕の視界に入って来たのがアドリナ。
一人大きな絵と向かい合わせに立ち、夢中になってに仰ぎ見ている。
その瞬間、ふらりと後ろに倒れる君。
とっさに走り寄り、彼女の身体を支えた。
軽い…
彼女の肩越しで目が合う。
深いアプリコットの瞳。
ふわりと頬を霞めたやわらかな金髪。
まるで羽根のように軽い華奢な体。
どくんと鼓動が胸を打つ。
今まで経験した事がない緊張を感じた。
僕は倒れそうになった彼女の身体を、壊れ物のようにそっと起こした。
「あ、ありがとうございます。ご迷惑をおかけして…」
顔を真っ赤にしながらお辞儀をする姿に好感を持った。
「いいえ、これだけ素晴らしい作品を目にすれば僕でも同じ状態になりますよ」
我ながらよく言う。
絵に全く興味がないのに。
けれど、つい格好つけたくなってしまった。
「やっとみつけた~っ!」
彼女の友人らしい女性が、軽く息を弾ませながら現れた。
ここで長居をしてもしかたがない…
「では、僕はこれで」
僕は軽く会釈をしその場を立ち去った。
立ち去る際、一瞬足が止まったがすぐに歩き出す。
後ろ髪を引かれるように出口へと向かった。
「あっ クレマンド! どこいってたの? 探したじゃないっ」
ここではライラが僕を探していたようだ。
僕はライラの存在をすっかり忘れていた。
「え? ああ…ごめん…」
「ん? どうかしたの?」
「いや…なんでもない」
刹那の出来事。
もう会う事もないだろう女性。
けれど、僕の心の中から彼女の姿が消えない…
だから思い出として絵画展の半券を残した。
それから数か月後、父が縁談話を持ってきた。
前の僕ならすんなりと受け入れられたであろう話が、今は鉛を飲んだような気分になった。
渡された肖像画は、絵画展で会った彼女に似ている気がした。
重症だ。
けど、僕は後継者だ。
その責務を果たそうと、気持ちを切り替えた。
「君は…っ」
「あなたは…っ」
両家顔合わせの場で再会した彼女。
身上書と一緒に入っていた肖像画を見て、『彼女に似ている』と思ったが、まさか本当に彼女自身だったとは夢にも思わなかった。
彼女も僕の事を覚えてくれていた。
これを運命の再会と思わずして何というのだろう。
けれど僕はまともに女性と交流をもった事がない。
だから、女性がどのような物を好むのか、どのような事に喜ぶのか皆目見当もつかない。
男友達はいるけれど、男同士で女性の事に関してあれこれ悩んでも参考になるはずもない。
そんな時、唯一相談できる女性で思い浮かんだのがライラだった。
ライラには僕の友人のテレンスという恋人がいる。
(近々、婚約する予定だ)
二人がうまくいくように協力した事もあった。
今度はライラに助けてもらおう。
そう思って相談した。
まさかそれが全て裏目になるなど…この時の僕は全く予想もしていなかった。




