第6話 ライラの訪問
「突然の訪問をお許しいただき、ありがとうございます」
丁寧に淑女の礼を取るライラ様。
少し前に、ライラ様からの先触れが届いた。
「…どうぞこちらへ」
ライラ様を応接室にご案内し、私は彼女をソファへと促す。
向かい合わせに座るが、私は彼女の顔を真正面から見る事ができなかった
「失礼いたします」
侍女がお茶を出し、退出する。
ライラ様が一口飲むと、軽く息を吐いた。
「「……」」
続く沈黙。
話の内容は何となく予想がつく。
クレマンド様の事でしょう…
事あるごとに私との約束を反故にされ。その理由は全てライラ様と過ごすため。
とどめに私の誕生日会に来られなかった。来たのはプレゼントだけ。
この日もきっとライラ様といたのよね…
ライラ様は何を言うつもりなのかしら。
やっぱり『クレマンドと婚約破棄して欲しい』ってところかしら。
それがいいかもね。
クレマンド様と恋人同士と分かっているんだから。
最初は政略結婚だから割り切ろうと思って、クレマンド様に『白い結婚』を提案したけれど…考えてみれば3年も我慢しなければならないのって時間の無駄でしょ?
3年後って私、21歳じゃない。
いくら純潔とは言え、21歳で離縁の経験がある女性が次の結婚ってすぐに探すのは難しいわよね?そもそも石女の汚名を着せられるなんて、割に合わなくない?!
同じ傷ならやっぱり18歳で婚約破棄の方が軽いでしょ?
そうよ、さっさとこんな婚約止めちゃえばいいのよっ
事情を伝えればお父様もきっと分かって下さるわ!
そもそもライラ様がお好きなら、最初から婚約なんかしなければ良かっただけの話。
従妹なら、両家とも喜ばれたでしょうに。
ああでも…私との婚約話が持ち上がったから今まで気づかなかった気持ちに気づいた…っていう事もあるかしら。
いいえ、もうクレマンド様のお気持ちなど、どうでもいいわ。
せめて婚約破棄にしてもらって、慰謝料という誠意を見せてもらわなきゃ。
私と別れたら、大手を振ってすぐに彼女と婚約するんでしょうからっ
私と過ごした時間は彼にとっては些末な事だし?
私にとってもあんな…二股かけるような男性、こっちから願い下げよ!
慰謝料で海外でも旅行してこようかしら。
他の国でクレマンド様よりず―――――っと素敵な人と出会ったりして。
そしたらすぐに彼の事なんか忘れちゃうんだから!
絵画展で助けてもらった事も
お見合いの席で見せてくれた照れ臭そうな微笑みも
珈琲はミルクと砂糖が多め
動物が苦手で、小さな犬を避けていた事も
全部全部忘れてやるんだから!
忘れて……わす……っ
「アドリナ様?!」
「え……」
視界がぼやけてライラ様の顔が良く見えない。
いつの間にか頬が濡れている。
拭っても拭っても溢れる涙が止まらない…っ!
「何…これっ …う…ぅぅ〜〜…っ!」
「え、嘘っ ちょっと待って待ってっ」
ライラ様があわててポーチからハンカチを出し、私の横に座ると涙を拭いて下さった。遠慮がちに私の背中をそっと撫でる彼女の優しさに、ますます涙が溢れた。
「やだぁ〜っ なんで優しくするんですかぁ〜っ!」
私は子供のように泣き喚いた。
「ア、アドリナ様…っ ご、ごめんなさいっ 本当にごめんなさい! 私とクレマンドは全く何の関係もないのよっ 全部芝居なの!」
ライラ様が私の目の前で深く頭を下げた。
「え?」
「…わ、私が変な助言をしたからこんな事に…」
「ど、どういう事…」
彼女の言葉に涙が止まった。
「クレマンドが…あなたに異性として意識してもらうにはどうすればいいかって…悩んでいて…それで…他の女性と一緒にいたりしたらやきもち焼くんじゃないかって…そ、それで……それが……こんな事に……。クレマンド…あなたに言われた事でとても落ち込んでいて……だから私…本当の事をお話ししなければ…と…」
「……なん…ですか? それ……」
「本当に本当にごめんなさい! 実はそのテを使って、彼に意識してももらった事があったから……今回も使えるかと……」
「……か、彼? ライラ様、お付き合いされている方がいらっしゃったんですか?!」
「そ、そうなの。テレンスといって、クレマンドの友人なの。まだ婚約はしていないけれど将来…」
「…………………最低です」
私は膝の上で両手を握り締めた。
「え?」
「お二人とも最低です! そんな…人の気持ちを試すような事をするなんて! どれだけ傷ついたか分かりますか? 好きな人が自分以外の人を優先するなんて…苦しいに決まってます、悲しいに決まっていますっ そのテレンス様だってきっとつらかったに違いありませんっ!」
「!」
「それが分からなかったんですか!?」
私はポロポロとまた溢れる涙に構わず、まっすぐとライラ様を見据えた。
「―――! ――…わ…たし…ご…ごめんなさい……本当にごめ…っ 私なんて事してしまったんだろう…あなたにも…テレンスにも……ごめんなさいっ ごめんなさ…っ…」
ライラ様が泣き出した。
「……わ、私が悪いの…っ 私が余計な事を言ったから…っ クレマンドは…っ」
「けど結局は、あなたの提案を受け入れたんですよね…っ」
「許せないのはわかります…私も彼を許してあげて…なんて言える立場ではない事も…ただ…一度だけ話を聞いてあげてくれませんか? クレマンド…本当に後悔していて…」
「………」
“でも”
…心の中でその二文字が浮かぶ。
「クレマンドは四人兄弟の長男で、下は男の子ばかり。寄宿舎に入るまでは男性の家庭教師についていて、その後は3年間寮生活。あまり女性と関わる事がなかったから…そういう面に関してはとても不器用で…。結婚も貴族の務めと割り切ってたのよ。………あなたに会うまでは」
「え……」
「クレマンドが私の屋敷に出入りしていたのは、犬に慣れる為だったの」
「犬?」
けど、クレマンド様は動物が苦手なはず…
「彼、動物が苦手なのよ。予想もつかない行動をするからって。けれど、アドリナ様がお好きだと聞いて…あなたが好きなものを苦手なままにしたくないって…。うちには犬がいるの、それで…。けどある日、私の犬がクレマンドにじゃれていた時、彼ケガをして感染症による発熱を起こしてしまったの。だから誕生日の当日、行けなかったの…」
「じゃあ…誕生日会に来られなかったのは…」
私のために、動物に慣れようとして…
その為にケガをして…具合が悪くなって…
ライラ様と出かけていたわけではなかった。
「彼、熱があるのに出席しようとして…家中の者に止められていたらしいわ」
「……クレマンド様……」
私は思わず彼の名を呟く。
「あと…彼ね…今でも大事に持っているの。あなたと初めて会った時の絵画展の半券…」
「……!…っ わ、私も…持っていますっ ……今も」
「彼…絵に全く興味がなかったのに、毎日美術書を読むようになったのよ」
「え…」
絵に詳しかったのは、わざわざ勉強されていたの?
犬の事も……私のために……
「その半券を捨てないでくれた気持ちがまだ少しでも残っているのなら…お願い…っ クレマンドに一度会ってやってくれませんか? ……お願いしますっ!」
ライラ様はまた深く私に頭を下げた。
「ライラ様…」
私の胸の中で、ひとつの想いが込み上げる。
私は何も言わず、ライラ様の手をそっと取った。
ライラ様と話し終えた後、私はセルマール家へ向かった。




